米原 |
さきほど、「型」っておっしゃったけども、
通訳は、それとは違いますね。
つまり、先ほどいったように、
「字句どおり通訳する」
ということは不可能で、結局は
話し手の言いたい内容を伝えるというのが
いちばん簡単なんだけれども‥‥
その、言いたい内容を伝える時には、
言っている人の立場になる方が早いんです。
話し手の立場になった方がいい。
同時通訳するときには、
何を言うかわからないまま聞いています。
次に何を言うか、予想しながら
文の形をつくっていくわけですね。
そうすると、予想する時には、
その人の立場になった方が
予想しやすい、ということなんです。 |
糸井 |
イタコですね。 |
米原 |
そうそう、イタコみたいに。
だから「そうなるふり」が必要なわけ。
一方で、それをちょっと突き放して見る立場と、
今度は聞き手の立場と‥‥ぜんぶが必要です。
だから、完全に「型」ではないんですけれど。 |
糸井 |
そうか。 |
米原 |
それで、とんでもないとおっしゃるけれども、
字句どおり訳すことの方が、ずっと大変なんですよ。
字句どおり訳せる人は、
天才だと私は思うんですね。 |
糸井 |
そういう人もいるんですか。 |
米原 |
時々いるんです。本当に早口で。 |
糸井 |
ああ、そうか。
その場合、「早口」が大事ですね。 |
米原 |
早口で、かつ、
聞き取る能力もすごくある人。 |
糸井 |
つまり回転数の高い人ですね。 |
米原 |
思考の回転も舌の回転も早い人ね。 |
糸井 |
そうか。
マシンとしてすごい優秀じゃないと
できないですよね。 |
米原 |
できないです。
ただ、そういう人の訳が
わかりやすいかというと、わかりにくいんです。 |
糸井 |
長所の中に欠点ありですねえ。 |
米原 |
そうなんですね。 |
糸井 |
そうでしょうねぇ。
僕は今、聞いているだけで
つらかったですもの。
どのようになさっているかを
説明受けているだけで‥‥。
割と僕は同化するタイプなんです。 |
米原 |
イタコ的な才能があるわけね。 |
糸井 |
どうもパターンとしては
宗教家タイプなんだと思うんですけど、
相手がつらいだろうなと思うと、
どこかそれを引きずっちゃうタイプなんで。 |
米原 |
俳優に、向いているんじゃないですか。 |
糸井 |
向いてないんです。
俳優よりもスタッフの側にいるものだから、
「どう自分が下手か」がわかっちゃうんです。 |
米原 |
ああ、そうか。 |
糸井 |
だから、重心が違うんでしょうね。
でも、きっと俳優さんは
そういうセンスをもっと投げ出せるんでしょうね。 |
米原 |
そうですね。 |
糸井 |
きょう、ちょうどその話を、朝していたんだけど。
ぼくはたまにお遊びで
俳優の役をさせられる時があるんです。
そういうことは好きだから、カラオケと一緒で、
「やるよ」っていってやるんですよ。
絶対下手なのがわかっているわけだけど、
でも、ものすごく好きなんです。
その話をかみさんは知ってるもので、
かみさんは俳優だから、
「あなた、好きだから」なんて言うわけです。
「もう、おかしくてしょうがない」みたいに。
で、
「何でできるわけよ?
おまえだって、最初にやったときは
素人じゃないか?」と訊いてみたら、
「でも、できると思ってた」っていうんです。
その姿勢の差は大きくて、つまり、ぼくは
俳優を「できない」と思ってやっているんですね、
とても好きなのに‥‥。
彼女は、できない時から、
「できた」と思いこんでいるんですよ。
だから、彼女の場合は、今見ると、
とんでもない下手くそなのに、その時から、
演技する場面が終わるたびに、自分では
「できた!」と思って帰っていたというわけです。 |
米原 |
そうですね。
さめ過ぎてるとできないかもしれない。
踊りでもそうですよね。
自分が夢中になってないと、
人を夢中にさせられないですよね。 |
糸井 |
ということは、
米原さんも通訳しているときには、
何かあるモノが憑いているみたいに
なっているんですかねえ。 |
米原 |
どうなんでしょうね。 |
糸井 |
さっきの神様の立場を
もうひとつ持っているわけですよね。 |
米原 |
ただ、本人だけは
「自分はきちんと通訳している」
と思いこんでいるけれど、
客観的に見るとすごい誤訳、というのが
いっぱいあるんですよ、他人のを見ていると。
自分のは棚に上げちゃうんだけれども。
ロシア語だから、おそらく両方できる人は
日本にあんまりいないじゃないですか。
だから、かなりウソを言ってもバレないですが、
そういう誤訳は、やまほどありますね。 |
(つづきます) |