ほぼ日WEB新書シリーズ
人を表現するのに、
天才だの達人だの鬼だの名人だのという
冠になるような言葉があるのだけれど、
米原万里さんのような人は、
どう言われるのだろうか。
高等数学の記号を扱うような
細密さで言葉をあつかい、
しかも笑顔のような見えない言葉も見逃さない。
米原さんの本を読んでいたら、
すごい人だなぁということはわかるのだけれど、
じかにお会いして、正直言って、ぼくは圧倒された。
こういう人に会うのは、初めてのことだった。
米原さんの冠が、
天才なのか達人なのかわからないけれど、
数十年後にも確実に残っている人なんだろうなぁ
ということは、つくづく思った。
そんなぼくのショックが、
伝わってくれたら、おもしろいんだけど。
────糸井重里
第8回
神と透明とのジレンマ
米原 英語の通訳だと、
もう、どの会社にもどの官庁にも、
「俺は英語がよくできて、
 きょうから来た通訳なんかよりも
 ずっとできるから、
 あいつが間違えたら俺が指摘してやって、
 教養あるところを見せてやろう!」
というような人がいます。
EFGH(匿名)県の知事なんかも、そうですけど。
糸井 嫌だなあ。(笑)
米原 嫌なんですよ。
もともと、それを指摘したくて
しょうがないというだけの人だから。
糸井 あぁ‥‥わかるなぁ、そのムード。
米原 姑みたいに、
どうでもいいところで指摘するんですよ。

ですから、通訳をやっている最中は、
「ここにいる中では、私が一番うまい。
 私がやるしかないんだ!」
という風にやっていないと、
パフォーマンスは、よくないんです。
糸井 でしょうねえ‥‥。
米原 ところが、その気持ちを、
姑の指摘みたいな形でくじかれると、
その後、もうやっていけなくなっちゃう。
糸井 たまんないでしょうね。
米原 うん。
それをIJKL(匿名)知事にやられて、
3か月間、失語症に陥った通訳がいますね。
糸井 失語症になるほうの気持ちは、
めちゃくちゃわかりますよ。

例えば、クライアントの中に、
クリエイティブ出身の人がいるとして‥‥。
今はキャリアができちゃったんで、
「言っていいですか」
みたいな感じの指摘になるんだけど、
ぼくが若くて相手が年上で元クリエイティブだったら、
「その案はさあ、一つの可能性としてね」
なんて言われると、嫌なんだなぁ‥‥。

まちがいじゃない指摘なだけに、
「わかっちゃいるんだけど、
 おまえとケンカしている場合じゃないよ」
というところもあるじゃないですか。
重しをつけて走らされているみたいな。
米原 そうですね。
ただ、やっている最中は
「自分しかいない!」と思って
やらなくちゃいけないんだけれども、
そのパフォーマンスがよくなければ
二度と雇われないわけですから、やっぱり
客観的に自分を評価できないとダメですけど。

通訳をやる前は自信がないまま、
そのぶん一生懸命準備した方がいいし、
やり終わった後、やっぱり反省しなくちゃ、
うまくなっていきませんからね。

通じなければ二度と雇われないわけですから。

そうすると、やっぱりやってみて、
その時は本当に話し手になり切りながら、
しかも同時に、客観的に、神様みたいに
ちゃんと冷たく見ている目も必要なんですよ。
糸井 役割として上に立たない限りは、
仕事にならないということですよね。
言語に関してね。
米原 そうですね。
糸井 その場の司祭みたいな役割を
果たしちゃいますね。
米原 そうですね。
けっこう、権力持っちゃいますね。
糸井 持っちゃいますよね。
‥‥そういう方だったんですか(笑)
米原 英語の場合は、けっこう難しいと思うんですよ。
そこらじゅうにわかる人がいるから。

でも、そうじゃない言語の場合は、
完全に違うストーリーを聞かせて
満足させるということもありますので。
糸井 ワザを見せちゃうわけ。
米原 生命にかかわるときとか、
ちょっとそれを言いますね。
食事を選ぶときなんか、
自分が食べたいものに誘導していくとか。
糸井 あぁ、それはした方がいいね。
そういうことも混ざんないと、
仕事内容が、カラダに悪過ぎますね。
米原 どうなんでしょうね。
ただ、そういう時に、
自分が勧誘して誤訳したというのは
何か申しわけないというか、
罪の意識を持つんですよ、宗教的に‥‥。
糸井 最高権力を持っていながらも、
自分はゼロであれという、
すごい引き裂かれた場所にいるわけですから。
米原 そうですね。
糸井 リーダーシップをとるというのが、
あらゆる場所で日本人はとっても苦手で、
リーダーじゃないという顔をしながら
動かすのが、いちばん好きですよね。
米原 そうですね。
責任はとらなくていいですからね。
糸井 で、「何かあったら水に流して」とか、
いろんなやり方でその都度やっていくのが、
非常に日本人に向いている生き方なんだけれども、
今のお話を聞いていると、米原さんは、
自分がここではいちばん言語に関しての
リーダーシップを、実際に持っているわけです。

「そこの場所に立つ」という決意は、
何か相当思考の大転換がないと
できないと思うんですけど‥‥。
その考えを獲得するのって、いつですか?
米原 いや、本当に通じてなくて
困っている時に通じたというのは、
話している両方ともがうれしいし、
私も、うれしいんですよ。
糸井 つまり、
「私がやっていることは人のためになっている」
という実感があって、リーダーシップをとるわけだ。
米原 そうそう。
これは、何か本当にうれしいみたいですね。
糸井 みたいですねって。(笑)
米原 ほんと。
わかりあえるというのがあって、
それはたとえ誤訳であるがための
誤解であってもね‥‥でも、
何を言っているのかがわかるというのは、
すごくうれしいんですよ。
(つづきます)
2014-08-17-SUN
(対談収録日/2002年10月)


第1回
もうひとつの世界を持つということ
第2回
「他人の代表」という集中力
第3回
大事なところを掴めばいい
第4回
無難な翻訳=誤訳
第5回
真意をごまかさない方がいい
第6回
どれだけ自分を殺せるか
第7回
イタコになること
第8回
神と透明とのジレンマ
第9回
ロシア語の地獄
第10回
オクテの方が、完成度は高い
第11回
愛と憎悪
第12回
感情をこめると、相手に通じる
第13回
熱演だけじゃ、説得できない
第14回
ソ連の作文教育
第15回
書く訓練
第16回
グローバルスタンダードはない
第17回
日本の特色を聞かれたら
第18回
ロジックは記憶の道具
第19回
記憶は創造の源泉