米原 |
私が通った学校は
だいたい50か国ぐらいの
子どもたちが学んでいました。
ロシア人が半分、
ロシア語をできる人が半分で、あと半分は
まったくできない子ばっかりだったんですけど、
私も含め、半年後には
全員が、できるようになっちゃうんですよ。
それは外国語の才能とは、関係ないんです。 |
糸井 |
カリキュラムというのは、
1日何時間で毎日、みたいな‥‥? |
米原 |
低学年は、45分の授業が4時限。
4年ぐらいから6時限になるのね。
それで、1クラス20人ぐらいで。 |
糸井 |
で、理科だ、社会だみたいなことを
教えるわけですよね。 |
米原 |
ええ。
だいたい、3年までは国語と数学しかない。
毎日国語の時間がたくさんあって、
国語でぜんぶ教えちゃうのね。
理科も社会も歴史も地理も、ぜんぶ国語で。 |
糸井 |
つまり、読みものとして、
例題として、社会があるわけだ。 |
米原 |
そうそう。
読みものの内容が
社会的なものだったりするんだけれども。
ロシアは、とにかく
「言葉があらゆる学問の基礎体力だ」
という考え方なのね。
だから、これを徹底的にやるんです。
国語といっても文法と文学に分けて、
文法はむしろ、本当は母国語なのに、
徹底的に外国語として
突き放して勉強していましたね。 |
糸井 |
そのメソッドは、
今、考えても、いいものだった? |
米原 |
非常にいいですね。
日本人が外国語を勉強する時に苦労するのは、
結局、私たちは日本語の、自分の国の言葉の
文法を、ちゃんとやってないからなんですよ。 |
糸井 |
そうです。 |
米原 |
つまり、客観的に一つの体系を、
自分の国の言葉を持ってないんです。
だから、もう一つの体系をやるときに
ゼロからやらなくちゃいけないんですね。
でも、ひとつの体系をきちんと把握していれば、
次の体系を身につけるのは、
はるかに楽になるはずなんです。
だから、母国語でそれをやる方がいいんです。
母国語を、きちんとやった方がいいんです。
‥‥と、私は思うんですけど、
まあ、それはそれとして。
とにかく50か国の子供たち、ロシア語を
半年後にはみんな自由にしゃべれるように、
また、書いたり読んだりできるようになるんですね。
ただ、おもしろいことに、
ロシア語と親戚関係にあるスラブ語の、
例えばチェコ語とかポーランド語、
そういう国から来た子は、大体2〜3カ月で
ロシア語ができるようになります。近いから。
スラブ系ではなくても、
同じインド・ヨーロッパ語族、
フランスとかドイツから来た子は4〜5カ月かかる。
で、日本なんて遠いじゃないですか。
言葉としての親戚関係は全然ない言葉ですね。
アラブとか、モンゴルとか、朝鮮とか、
そういうところから来た子は
やっぱり6カ月ぐらいかかる。時間がかかる。 |
糸井 |
でも、2カ月しか違わないですね。 |
米原 |
まぁ、そうです。
でも、大きいですよ、
子供にとっての時間というのは。
ただ、身につけたロシア語を見ると、
言語的に離れた国のほうが、完璧に身につけるの。 |
糸井 |
え?
それはどういう‥‥? |
米原 |
私も電話で話すとロシア人に間違えられる。
これは自慢じゃなくて、日本人はみんなそうです。
モンゴル人とか、離れている子はみんなそうなの。
言葉の選択とか、文法とか教科書では
明示されない言葉の相性とか、いろいろ細かい
文章化されない規則がありますでしょう?
そういったものも正確に身につけるんですよ。
それからイントネーションとか発音なども完璧に、
本国人と変わらないものを。
ところが、とても近い言葉を母国語にして、
実際にロシアで生活してゆくような子、
この子たちは永遠に自分の国の
なまりを引きずったまま、
ロシア語を、しゃべるんですよ。
その後もそのままロシアに留学して、
大学へ行って出て、
大人になってロシア語で生活してるのに、
自国語なまりそのまま丸出し。何年やっても。 |
糸井 |
何かわかる気がしますね。 |
米原 |
結局、よくわかったのは、本人が
努力家だとかまじめだとかというのとは
まったく関係なく、
脳には省エネ装置がついてるの、サボり装置が。
だから、自分が既に持っている
言葉のパターンがあって、
それが似ているロシア語があったとすると、
新しいものを身につけないで、
もう既に持っているもので
間にあわせようとします。 |
糸井 |
そうできているんだ? |
米原 |
だから、近隣国の子は、覚えが早いんです。
ところが、日本語みたいに離れていると、
使える引きだしがないんですよ。
だから、最初のまっさらから
身につけなくてはいけないから、
そうすると完璧に身につくんですよ。 |
糸井 |
そうだ。 |
米原 |
だから、何かに関して、
すごく習熟が遅い子とかいるじゃないですか。
それは別に言葉に限らず、そういう子って、
逆に完璧に身につく可能性があるんですよね。 |
糸井 |
ということは、回り道をした方がいい、
ともいえますねえ。 |
米原 |
そう。
だから、すごく器用で、
すごく早く身につける子というのは、
優秀ではあるんだけれども、
表面的だったりするんですよ、身につき方がね。
言葉については本当に私自身の体験で、
これは確信を持っていえますね。 |
糸井 |
一番遠い語族だったからよかったと。 |
米原 |
遠いから、うまくなる。 |
(つづきます) |