ほぼ日WEB新書シリーズ
人を表現するのに、
天才だの達人だの鬼だの名人だのという
冠になるような言葉があるのだけれど、
米原万里さんのような人は、
どう言われるのだろうか。
高等数学の記号を扱うような
細密さで言葉をあつかい、
しかも笑顔のような見えない言葉も見逃さない。
米原さんの本を読んでいたら、
すごい人だなぁということはわかるのだけれど、
じかにお会いして、正直言って、ぼくは圧倒された。
こういう人に会うのは、初めてのことだった。
米原さんの冠が、
天才なのか達人なのかわからないけれど、
数十年後にも確実に残っている人なんだろうなぁ
ということは、つくづく思った。
そんなぼくのショックが、
伝わってくれたら、おもしろいんだけど。
────糸井重里
第12回
感情をこめると、相手に通じる
米原 理性的な発言っていうのは、
割と、人の心に入ってこないんですよ。
糸井 あぁ、「ウソだから」ですねえ。
米原 うん、ウソだから。
感情がこもった発言のほうが、
相手の心の中に、入るんです。
それはもう‥‥例を挙げると、
官僚が、いろいろ発表するじゃないですか。
糸井 ‥‥言ってること、
聞こえてこないですね。
米原 音声としては、聞こえているはずなんだけど、
聞いた先から、何を言ったのかを
忘れちゃうでしょう?
‥‥印象に残らないんですよ。
糸井 小泉さんは、そうじゃないものを
持っているんですよねぇ、きっと。
だから、人気があったんでしょうね。
米原 そうですね。
ちゃんと感情のフィルターを通した言葉は、
やっぱり、相手の感情に入っていくんですね。
感情を通さない言葉は、感情には入っていかない。

それから、言葉って‥‥
声を使って出すんですけれども、
この声を使って、声を出す時にでも、
不思議なんですけれども、
同じ言葉でも、感情をこめるとこめないのとでは、
聞き手にとっては、まったく印象が異なるんです。

たとえば、
何か不祥事があって謝るじゃないですか。
企業のトップや、あるいは官僚や、
警察のトップだったり、何とか省の次官だったり。
でも、それは、何一つ印象に残らないでしょう?
「いったい、何を言ったのか」が、残らない。

まぁ、謝ったんだろうな、
というのはわかるし、
土下座までしているんだけれども、じゃあ、
その人が心から謝っていると思うかというと、
絶対に思わないでしょう?

それは、文章そのものを、
おそらく部下が書いているからなんですよ。

部下はどういうふうに書くかというと、
「被害者に対する
 申しわけない気持ちを絞り出して、
 それを言葉に結晶させる」のではなくて、
おそらくもう、そういう時のパターンがあって、
それをいくつか引っ張ってきて、
組み合わせて文章をつくる‥‥。
糸井 クレームをつけにくい言葉に、直すわけですね。
米原 直すわけです。
それで、企業のトップやお役所のトップは、
そうやってでき上がった文案を、
心をこめて被害者の気持ちになったり、
申しわけないという気持ちをこめて
一言一句読んでいくのではなくて、
「謝っているというポーズを
 とにかく社会的に見せなくてはいけない」
というんで棒読みするわけですよね。

いい俳優さんだったら、
それにきちんと思考と感情の両方とも使って、
その言葉をいちおう読んでいくだろうから、
人を感動させるんだけど、
どんなに文章そのものが感動的でも、
やはり棒読みするとだめ。

棒読みするってどういうことかというと、
「字句の音だけを言うこと」なんです。

われわれが、何か言葉を出すときの
メカニズムというのは、
「本当はまだ言葉にならない状態があって、
 心の中に言いたいことや考えや感情や、
 そういったものが何となく形づくられてきて、
 やっとそれをいいあらわすのに
 最もふさわしい言葉とか文の形とか、
 それから言い方、スタイル‥‥といったものが
 まとまってきて声になって出る」
ということなんです。

しかし、官僚の書いた文案というのは
そのプロセスを経ない言葉なんですよ。

感情のプロセスを全然経ない、
表面だけの言葉というものには、裏がない。
言葉が生まれるプロセスを経ない。
もう残骸みたいな言葉なんです。

そうすると、そういう言葉というのは、
相手に入っていかないのね。
糸井 見事に、入らないですよねえ。
米原 ところが、そのプロセスを経た言葉というのは、
ちゃんと、受けとめられた時にまた入っていく。
ほとんど相似形しているんですよね。
糸井 僕はつくづく感心するんですけど、
アメリカの俳優さんたちが
演劇学校の生徒さんを前に
自分のことを語るインタビュー番組があって、
あれを見ているともう、これはプロなのか、
本当にいい人なのかは、わからないけれども、
とにかく、たしかに、すごいんですよ。

それぞれの俳優の
「自分の言葉」が絶えず出ているんですね。
「これはだいじだから覚えておいてね」
という要素も入っているし
「おれっていう人をわかってね」
という内容も入っているし、もう全部‥‥。
米原 それは、セリフを読むんじゃなくて、
自分で言うんですね。
糸井 そうです。
だけど、質問されて答えるときに、
とっさに、あれだけ立派にはできない、
と僕は思うんですね。
つまり、書き言葉でさんざん‥‥
米原 練って。
糸井 ええ。
練ってつくったものに近いぐらい
よくできているんです。

ということは、彼らはやっぱり
その訓練までもしているうえで、
俳優なんだ、と思うんですよ。
米原 日本の俳優はそこまでできないね。
糸井 できないですね。
「ぶっちゃけた話だけどね」
というような要素を、
「学生さんたちだから、
 ここでは、ぼくはいいますけどね」
といって雑談みたいに言うことに関してでも、
必ず何が伝えたいか見えるんですよ。
これはねえ、スゴイ!
米原 きちんともう自分の中で、
話の構造ができてるんだ。
糸井 だから、大詐欺師ともいえるし。
米原 でも、その言っている瞬間は
本当に誠実に言ってるんでしょうね。
糸井 ええ。すばらしいですね。

だから、政治家は、
きっと、あれを見た方がいいですね。
米原 つまり、言葉でもって人の心をとらえるという。
糸井 ええ。
「夢中になって押しつけてる」
というんじゃなくて、
「向こうからも歩み寄らせる」
ぐらいの引き方っていうか、
距離感を持ってるというのは、
それぞれの個性が、ぜんぶ違うんですよ。
米原 それはもう全然、
メモも何も見ないでしゃべるわけね。
糸井 ないです。
「質問者がこんなことを聞く」
というのは、おそらく前々から
言ってあったとは思うんですね。
アメリカのやり方ですから。

ですけど‥‥
それにしても、すばらしいですねえ。
ああいうことができる人ならば、
本当に天下とれますね。
米原 そうですね。
小泉さんで、あれだけとれちゃうんだからね。
糸井 そうですね。
(つづきます)
2014-08-17-SUN
(対談収録日/2002年10月)


第1回
もうひとつの世界を持つということ
第2回
「他人の代表」という集中力
第3回
大事なところを掴めばいい
第4回
無難な翻訳=誤訳
第5回
真意をごまかさない方がいい
第6回
どれだけ自分を殺せるか
第7回
イタコになること
第8回
神と透明とのジレンマ
第9回
ロシア語の地獄
第10回
オクテの方が、完成度は高い
第11回
愛と憎悪
第12回
感情をこめると、相手に通じる
第13回
熱演だけじゃ、説得できない
第14回
ソ連の作文教育
第15回
書く訓練
第16回
グローバルスタンダードはない
第17回
日本の特色を聞かれたら
第18回
ロジックは記憶の道具
第19回
記憶は創造の源泉