米原 |
ソビエトの学校では
自分のことを書くというのはほとんどなかった。
ほとんど、「冬について書け」だとかね。 |
糸井 |
それは、すごいなぁ。 |
米原 |
サーカスについて書けとか、そういう感じで、
あまり自己暴露というか、
その趣味はなかったですね。
日本はきっと、何か明治維新のときに
そう思い込んだみたいね、
「文学とはそういうものだ」って。 |
糸井 |
「文学とは自己暴露である」‥‥。 |
米原 |
まあ、自分と向き合うというのは
とても大切なことなんだけれども。 |
糸井 |
自我の発見っていう、とんでもない
大テーマを探させられちゃったんで、
慌てて探してみたら
裸の自分がいましたみたいな、
そういうことかもしれないですね。 |
米原 |
それでも、
恥ずかしいことを書くということがね‥‥。
確かに一方的な
自慢話を聞かされるのも困るんだけど、
ほとんどの私小説は、「卑下慢」の世界ですよ。 |
糸井 |
洋服の文化が育たないのと同じですよね。
洋服という、自分さえもちょっと我慢したり、
快適だったり、他人の目と自分の心地よさが
一緒に存在するようなものの表現というのを、
日本はずうっと育てられないで来た。
それと、作文教育も同じだと思うんですね。 |
米原 |
でも、そういう下地があるから、
糸井さんが受けたりするんじゃないですか。 |
糸井 |
自分のことはよくわからないんです。
ぼくは単純に、書くことは簡単、
というところだけを伝えたいんですね。
自己暴露するのが得意だったらすればいいし、
大ウソつきたかったらすればいいし。
よく若い子に課題を出すのは、
「自分の好きな食いものを人に勧める文章を書け」
これはみんな名作ですね。 |
米原 |
なるほど。 |
糸井 |
で、「えっ、これでいいの?」ってわかると、
どこがよかったかというのが見えてくる。
それはさっきの政治家の答弁じゃないですけど、
「思い」なしには書けないんですよ、
好きな食べものに関する文章は。 |
米原 |
そうですね。おざなりにできないからね。 |
糸井 |
ええ。
非常に生理的な、内臓感覚まで
一緒についてくる文章しか、
やっぱり人は受けてくれないんです。 |
米原 |
それはうまい方法ですね。 |
糸井 |
これは非常に便利です。
やっぱりつまんない人は、
人が褒めていたものを受け売りで書くんですね。 |
米原 |
ああ。そうするとあれね‥‥。 |
糸井 |
はい、さっきの官僚になっちゃうんです。 |
米原 |
なっちゃうのね。 |
糸井 |
だから、サバずしについてや、
おやきについてのことを
じょうずに書ける子がいたら、その子は、
「思いがある」ということは確かなんで、
いろんなことに対して課題を出せば、
書けていくんです。 |
米原 |
そうですね。
つまり、いいたいことが
自分でわかってない限り、
「単に書く」ということは不可能ですものね。 |
糸井 |
だから、冬についてということを
書けるようになるまでの間を埋めていく、
今度は修行が要るんだと思うんですけどねぇ。
そうか、外国語を学ぶって、
「日本語を学ぶこと」ですねえ。 |
米原 |
基本的にはそうですね。
日本語を徹底的にやると、外国語をやる時、
すごく入りやすくなると思います。 |
糸井 |
俺はどうしてこんなに
外国語が苦手なんだろう。
もう、イラ立つんですよ。 |
米原 |
でも、アクターズ・スタジオの俳優さんたちの
英語を聞かれるわけでしょう? |
糸井 |
いや、それは日本語訳で字幕が出ている。 |
米原 |
ああ、日本語の字幕でね。 |
糸井 |
で、悔しいんですよ。 |
米原 |
ただ、外国語は必要なければ
必要ないと思うんですけど。
まあ、知ってた方がおもしろいし、
みんなが知らないことをいち早く知れるとか、
まったく違う発想法に接することができるとか、
そういういいところはあるけれども、
差し当たってなくても済むなら、
なくていいと思うんですけど。 |
糸井 |
「なくて済んでる」から、
外国語がだめなんですかね、
もしかしたら。 |
米原 |
済んでるから。 |
糸井 |
この間、ヨーロッパに行って帰ってきて、
僕は全く語学はだめなんですけど、
ヨーロッパだとしょうがないんで、
間の英語を使いますよね。
そのときの方が、
アメリカへ行って英語聞いているより楽なんですね。 |
米原 |
アメリカ人の英語は聞きにくいです。
つまり、母国語の人の英語って聞きにくい。
聞く立場に立てないから。
外国人の英語の方が聞きやすいですね。 |
糸井 |
ちょっと楽なんですね、かえってね。 |
米原 |
それで、文法的に
正しくなくてもいいんだものね。 |
糸井 |
そうそう。だから、たまに、
「あ、そういう使い方でいいわけ?」って……。 |
米原 |
通じればいいんだものね。 |
糸井 |
ですよね。
「あ、そうか、ドイツ人でも
こういう英語しゃべっているんだったら、
俺らがいってる言葉はあんまり変じゃないか」
っていうふうに、ちょっと安心したりして。
それは意外と快適だったんです。 |
米原 |
通じるといいですよね、通じた瞬間ね。 |
(つづきます) |