ほぼ日WEB新書シリーズ
人を表現するのに、
天才だの達人だの鬼だの名人だのという
冠になるような言葉があるのだけれど、
米原万里さんのような人は、
どう言われるのだろうか。
高等数学の記号を扱うような
細密さで言葉をあつかい、
しかも笑顔のような見えない言葉も見逃さない。
米原さんの本を読んでいたら、
すごい人だなぁということはわかるのだけれど、
じかにお会いして、正直言って、ぼくは圧倒された。
こういう人に会うのは、初めてのことだった。
米原さんの冠が、
天才なのか達人なのかわからないけれど、
数十年後にも確実に残っている人なんだろうなぁ
ということは、つくづく思った。
そんなぼくのショックが、
伝わってくれたら、おもしろいんだけど。
────糸井重里
第16回
グローバルスタンダードはない
糸井 僕はアメリカへ行ったときに、
「単なる笑ってばかりいる静かな好青年」
になっちゃうのが、とっても嫌なんです。
英語、しゃべれないからね。

好青年、もしくは、
「いつも何かを求めているだけ」という。
‥‥アイウォント、アイウォント、って(笑)
米原 好青年‥‥
「好」かどうかわからないけど(笑)
糸井 アメリカに行くと、
「俺は何々をしたいんですけど」
ってことばかり言ってるんですよ。
でも、ヨーロッパに行ったら、何だか知らないけど、
どうもそうじゃないことを
すこし、しゃべってるんですよ、無理やりに。
「あ、ちょっときっかけ来るかもなぁ」
とは、思いましたけれど。
米原 アメリカ人は、考えてみれば、
糸井さんのような、そういう悩みを持たずに
世界旅行するわけですね。
糸井 ラクですよねえ。
グローバルスタンダードとかいっちゃって。
米原 そうそう。
糸井 あれ、ラクですよねぇ。
米原 ラクだと思いますけど、
逆につまらないかもしれないです。
糸井 うーん、そうかもしれない。
機械を使ったりするのには、
いま、アメリカは有利ですよ。
だいたいが、
英語のマニュアルになっていますからねぇ、
マシンはね。
米原 ただ、圧倒的大多数の人々は、
英語が世界語だっていっても、
英語をみんな完璧にはできないんですよ。

ひところ、インターネットが普及して、
英語がさらに世界語になってしまうと、
世界じゅうのインターネットの
ホームページの90%近くが英語で、
2位がドイツ語で4%ぐらいで、
3位が日本語で3%で、どんどん
ほかの弱小言語はなくなってしまうって
嘆かれていたんだけれども、しばらくしたら、
90%近くあった英語のホームページが、
どんどん閉じられていっちゃったんです。

結局、人間は、自分がいちばんよくわかる、
いちばん自分を表現できる言葉で
話すのではないでしょうか。
ホームページなんて、
個人的に見ればいいものですよね。
糸井 ええ。
米原 英語だと「何となくわかるもの」に過ぎない。
しっかりわかろうと思ったら、
母語で見ようとするから、
みんながそれぞれの国の言葉で見るでしょう。
英語ばかりになるというのは、
一つの「幻想」だと思うんですよ。

通訳するときにでも、
英語でだれか講演をするっていうと、
みんな見栄があるから「はい」と言います。
学者なんて英語ができて当然という世界だから。

でも、
わかってるふりしてうなずいたり、
笑うとき、ちょっとおくれて笑ったりしている。
いったい内容わかってるかって
あとで確かめてみると、全然わかってないんです。
だから、英語は世界語だっていうのは
本当にウソですね。

それは観光英語とか、簡単な日常生活に
必要な英語はみんな出てくるかもしれないけれども、
きちんと大切なことを伝える時に
伝わっているかというと、伝わってないですよ。
糸井 そうですねえ。
米原 だから、ちゃんと私たちみたいに
プロの通訳を雇って、
それぞれ自分の完璧にできる言葉で
表現した方がいいですよ。
糸井 いやぁ、心強い。
米原 ほんとなんですよ。
糸井 本当にそうですね。
米原 私、英語でしゃべっていると、本当に
私が言いたいことをいってるつもりだけども、
「これってちゃんとその表現になっているのか」
という最終的な自信が、ないんですよ。
相手にきちんと届いているかどうかもね。
糸井 だって、アメリカ人同士でも
実はそんなことは当たり前で、
ちゃんと通じてるはずがないわけですよ。

日本人同士でもそうですよね。
「わかっちゃいないんだ」
っていって帰ってくるわけですから。
米原 それでもまだ日本語であるならば
確かめられるんですね、
「きちんと伝わったかどうか」というのをね。
ちょっと英語になると自信ないです。
ロシア語なら、まだ自信あるけど。

だから、完璧にできない人が
圧倒的に多いわけです。
英語は世界じゅうの人が知っているけれども、
それはホテルに泊まるときのちょっとした言葉とか、
そのぐらいができるんであって、
ちゃんとコミュニケーションはできてないですよね。
糸井 帰りの飛行機の中で
雑談で話していたんですけど、
「この国ってどういう国だよね」っていうのを
ぼくらは外国に行くと、勝手に決めますよね。

非常に雑に決めるんだけれども、
「フランスはこうだ」とか、
まあ、3行ぐらいでまとめちゃうわけです。
米原 そうね。
糸井 「この国の人はこうだね」
‥‥ずうずうしい話ですけどね。
米原 日本人もそう決められているわけですから。
糸井 日本人が、
「おれの国はこうだ」
と言うには、どう言えばいいのかを、
こないだハタと考えちゃって。

昔は多少自慢があったかもしれないけど。
たとえば、秋葉原を案内するなんていうのが
流行ってたりした時代もあったわけですね。

でも、今、日本に観光客を呼ぶ力はないんです。
「何を見せるんだ」というと、
結局京都に連れていっちゃうみたいな。
まあ、こっちも雑なことをやるわけです。

「じゃあ、おれたち、
 自分のいる国を愛して紹介するということを
 発見しなきゃいけないなあ。
 今、無理に考えるとどうなるだろうねえ」
ということになったら、
四季があるということをいい出したんですよ。
「それしかないなあ。四季があって水が豊かだ。
 これ以外、俺たち、つくったものないよね、今」
米原 でも、四季は私たちがつくったんじゃないけども。
糸井 ないんです。
だから、あえてつけ加えるなら、
「ぼくらの今の日本は、四季があって水が豊かです。
 私たちがつくったものじゃないんですけどね」
という説明で来てもらうしかないなといって、
「しょうがねえなあ」って話し相手と別れたんですけど。

米原さんだったらどうします?
日本のことを、どう伝えますか。
(つづきます)
2014-08-17-SUN
(対談収録日/2002年10月)


第1回
もうひとつの世界を持つということ
第2回
「他人の代表」という集中力
第3回
大事なところを掴めばいい
第4回
無難な翻訳=誤訳
第5回
真意をごまかさない方がいい
第6回
どれだけ自分を殺せるか
第7回
イタコになること
第8回
神と透明とのジレンマ
第9回
ロシア語の地獄
第10回
オクテの方が、完成度は高い
第11回
愛と憎悪
第12回
感情をこめると、相手に通じる
第13回
熱演だけじゃ、説得できない
第14回
ソ連の作文教育
第15回
書く訓練
第16回
グローバルスタンダードはない
第17回
日本の特色を聞かれたら
第18回
ロジックは記憶の道具
第19回
記憶は創造の源泉