ほぼ日WEB新書シリーズ
人を表現するのに、
天才だの達人だの鬼だの名人だのという
冠になるような言葉があるのだけれど、
米原万里さんのような人は、
どう言われるのだろうか。
高等数学の記号を扱うような
細密さで言葉をあつかい、
しかも笑顔のような見えない言葉も見逃さない。
米原さんの本を読んでいたら、
すごい人だなぁということはわかるのだけれど、
じかにお会いして、正直言って、ぼくは圧倒された。
こういう人に会うのは、初めてのことだった。
米原さんの冠が、
天才なのか達人なのかわからないけれど、
数十年後にも確実に残っている人なんだろうなぁ
ということは、つくづく思った。
そんなぼくのショックが、
伝わってくれたら、おもしろいんだけど。
────糸井重里
第18回
ロジックは記憶の道具
米原 今、「つくり過ぎ」じゃないですか。
自動車でも何でも。

日本の道路面積って
先進国の中で一番少ないんですよ。

国土面積対道路面積で。
だけど、自動車の量が
毎年5%ずつ増えていくから、
渋滞になるし、空気も汚れるし。
糸井 そういう知識も、
外国の人に説明するために、
だんだん覚えていったということですか。
米原 結局、
「日本に来ると、車が渋滞になる」
と言われたりして‥‥つまり、
人々はそこに物語を求めるわけです。

車が多いって伝えるだけじゃ、
ダメなんですね。
物語をつくっといてあげなくちゃいけない。
糸井 説明が必要になるわけだ。
米原 そうそう。
そうすると、何か日本を
知ったような気分になって喜ぶんですよね。
糸井 そんなことは
本当はどうでもいいのに‥‥。
おもしろいなぁ、その例って。

観光案内について、
米原さんは最初は
「大変ですね」って言っていたけど
じつは楽しいですね。
米原 楽しいですね。
あと、先ほど作文で
ウソと本当の話があったけれども、
現実の恥ずかしい部分を
ぜんぶ出してしまうことが
評価されるといったけど、
本当のことをしゃべるよりも、
私はウソをつく方が恥ずかしいのね。

‥‥と思いません?
ウソをついているほうが、
本当の自分が出ると思いませんか。
糸井 出ます。その中に自分の考えが出ますから。
米原 考えが出ちゃうから、
私はそっちの方が恥ずかしくて。
そのまま本当のことをしゃべると、
けっこう、ウソを言えるんですよ。
恥ずかしい部分をいったとしても、
すごく平気でウソをいえるんですね。
糸井 米原さんの本、そのものじゃないですか。
米原 すみません。
糸井 つまり「抑揚」というやつですよね。
米原 そう。
本当はみんなが
フィクションでつくっていると
思っている部分に一番自分が出ているから、
フィクションするのは
すごく恥ずかしいと思いながら
フィクションしているんですよ。
糸井 米原さんの本を読むとよくわかるんですよ。
米原 ああ、そうですか。
糸井 あれは、強弱のつけ方が
ドラマツルギーになっていて。全部本当のこと。
だけど、ここのところは大きい音でいうみたいな……。
笑いますもの。
米原 ありがとうございます。
糸井 最初に読んだときに、
このやり方は発明だなあと
思うぐらいおもしろかったですね。
米原 ああ、そうですか。
糸井 でも、あれもロジックの構築が
できているからですよね。
米原 さあ。
ただ、たぶん、才能がある人は
ロジックは要らないんですよ。
糸井 あぁ、深いなあ、それは。
米原 おそらく直観で全部できちゃうと思うんですよ。
糸井 古今亭志ん生にロジックは要らないですよね。
米原 そうそう。
でも、そうじゃない人はやっぱりロジックで、
それを見える形にするか隠す形にするかは別として、
ロジックがないとやっていけないですね。
糸井 遠くまで大勢を運ぶためには
トラックで運ばなきゃならないけど、
足が丈夫だったら別に大阪まで走れますよね。

‥‥というのと同じで、
ぼくはやっぱり今の時代では
自動車は要ると思うんですよ。
ロジックという機械、道具は、
すごい武器だと思うんですね。
米原 恐らく日本人がロジックが苦手になったのは、
教育もあるけれども、紙が余りにも
潤沢に手に入り過ぎたせいだと思います。
糸井 おもしろいなぁ、その考えは。
米原 結局ロジックって何かというと、
私、通訳していてわかるんだけど、
日本の学者は
ロジックが破綻しているのが多いんです。
基本的には羅列型が多いんです。

それでヨーロッパの学者は非常に論理的なんです。
現実は、世の中そんなに論理的じゃないんですよ。
論理というのは何かというと、
記憶力のための道具なんですよ。
物事を整理して、
記憶しやすいようにするための道具。

ところが、紙が発達した国は書くから、
書く場合には羅列で構わないんですよ。
耳から聞くときには
論理的じゃないと入らないんです。
覚え切れないんです。
糸井 おもしろいなぁ。
米原 だから、日本人とか
漢字圏の紙が豊かな文化圏の人たちの
脳というのは、視力モードなんですよ。
目から入ってくるものを基本的に受け入れやすく
覚えやすい脳になっているんです。

ところが、ヨーロッパ圏の人々は
聴力モードなんです。
耳から入ってくるものにより敏感に反応して、
より覚える脳になっているんです。
製紙業が始まったのは中国ですよね。
それで日本も非常に紙が豊かな国で、
試験もほとんどペーパーテストですよね。
それで、考えをまとめたりするときにすぐ書く。

ところが、ヨーロッパでは、
紙はものすごく高価だったんです。
だから、ほとんどの人は紙を使えないわけです。
授業で生徒が紙を使うなんてぜいたくだった。

そうすると、紙を使えない人はどうするか。
なるべくたくさん覚えなくちゃいけないわけです。
覚えるためには論理が必要なんです。
論理とか物語とか、そういったものがないと、
大容量の知識を詰め込むことはできないんですよ。
だから、論理が発達するんですね。
(つづきます)
2014-08-17-SUN
(対談収録日/2002年10月)


第1回
もうひとつの世界を持つということ
第2回
「他人の代表」という集中力
第3回
大事なところを掴めばいい
第4回
無難な翻訳=誤訳
第5回
真意をごまかさない方がいい
第6回
どれだけ自分を殺せるか
第7回
イタコになること
第8回
神と透明とのジレンマ
第9回
ロシア語の地獄
第10回
オクテの方が、完成度は高い
第11回
愛と憎悪
第12回
感情をこめると、相手に通じる
第13回
熱演だけじゃ、説得できない
第14回
ソ連の作文教育
第15回
書く訓練
第16回
グローバルスタンダードはない
第17回
日本の特色を聞かれたら
第18回
ロジックは記憶の道具
第19回
記憶は創造の源泉