糸井 |
養老さんは、
英語の義務化という風潮については
なにかご意見をお持ちですか。 |
養老 |
英語ですか。
いつも言うんだけど、ぼくら
(養老さんは昭和12年生まれ)、
小学生で英語習ってたんですよ。
戦後すぐのことです。 |
糸井 |
そう。習ってた、たしかに。 |
養老 |
要するに、大人が遊んでるだけだよ。
本気じゃないでしょう、みんなね。 |
糸井 |
ああー、痛いところ言われてる。 |
養老 |
別の国の言葉を本気で
使えるようになろうと思ったら
大変なはずですよ。 |
糸井 |
つまり、完全植民地化された人たちは、
本気で使わざる得なかったってことですね。 |
養老 |
そうです。
ブータンあたりもそうです。
独自のゾンカ語っていう、
チベット語に似た言葉なんです。
いまの自然科学から、
社会構造まですべてを記述しようとしたって
ゾンカ語にそれを表す単語がないんです。
概念がないでしょう。
そういう国は、
英語を持ってこないと、間に合いません。 |
糸井 |
そっか。 |
養老 |
ラオスもそうだったんですよ。
アジアで、自国語で論文を書いて
大学を運営していける国って、
中国と日本だけです。 |
糸井 |
ああー。 |
養老 |
そして、中国は自然科学系の用語を、
ほとんど日本から借りてるんです。 |
糸井 |
ほんとですか。 |
養老 |
解剖学用語なんてもう、
古くから借りてますよ。
神経とか、脳という言葉もそうです。
神経は、杉田玄白が作った言葉です。 |
糸井 |
あ、そうか。
脳さえもそうなんですか。 |
養老 |
脳はね、別の意味で使われていました。
だって、漢方に脳はないですから。
五臓六腑に入ってないですもん。 |
糸井 |
そっか。そのへんもおもしろいですね。
じゃあ、それ以外のアジアの国は
国際標準とか考えるまでもなく、
何かを作っていこうとしたら、
ブロックを作るように、
言葉を借りてこなければ
ならなかったんだ。 |
養老 |
そうです。
たとえばインドがそうです。
高等教育は英語ですからね。 |
糸井 |
じゃあ日本はそうとう長いこと無理ですね。
英語になんかならないですね。 |
養老 |
する必要ないんじゃないですか。
これだけたくさん英語がすでに入ってるのに。
ラクに取り入れられるでしょう、日本語の中に。 |
糸井 |
そうか、そうか。 |
養老 |
大学の先生のしゃべる会話を聞いていると、
半分くらい英語の単語が
入ってるじゃないですか。
どうだっていいじゃん、そんなの。 |
糸井 |
どうだっていい(笑)。
いや、その加減は、
おんなじ気持ちじゃないけど、
俺も言いたいなぁ。
そうかぁ。
言葉が変わっちゃうっていうのは、
やっぱり、そうとう
必然性があったってことですね。 |
養老 |
はい。
日本語って、そういう意味では非常に
融通の利く言葉ですよね。 |
糸井 |
うんうんうん。 |
養老 |
だから、これからの世界に
合ってるんじゃないですかね。 |
糸井 |
「リスペクトしてますよ」とかね。 |
養老 |
そうそう。
「インセンティブが欠けてます」とかね。 |
糸井 |
「じゃあフォローしますよ」。
調子のいいこと言ってますよね。 |
養老 |
日本語じゃなかなか言えないことでも
伝えられますよ。 |
糸井 |
根本的にピジン・イングリッシュというか。 |
養老 |
そうそう。
漢字だって、考えてみれば、
もともと中国語ですし。 |
糸井 |
借りてきたまま。 |
養老 |
そう。で、中国語と日本語って
なんの関係もないですからね、
言葉の体系としては。 |
糸井 |
その言語の混ざり具合が
他の文化にそのまま影響するから
すごい景色が見えますね。
建築もそうだしね。
耐震構造の日本家屋とかあるわけだから。 |
養老 |
たしかに(笑) |
糸井 |
ほんとなんですよ。
法律でこうしなきゃいけないということと
木造家屋のいいところを守りながら、
どうするかということを、
木造系の人たちが、ものすごく研究してる。
で、一方で、法隆寺がぶらぶらするから
倒れないとかって、
西洋の人が真似してるでしょ。
ちょっと、それは言語の体系そのものですね。 |
養老 |
言語は意識を表現しているわけですからね。 |
糸井 |
うーん。 |
養老 |
その意識が確固としてあって、
わりあいに日本の場合は崩れにくい。 |
糸井 |
そうですね。 |
養老 |
中国の周辺諸国はおもしろいですよね。
モンゴルもチベットもブータンも
広い意味ではチベット文化圏ですからね。
ベトナム、朝鮮も昔は漢字を使っていたのに
みんな、漢字を使わなくなりました。
韓国もハングルを使うでしょう。
がんとして自分の文字を
使おうとしているでしょう。 |
糸井 |
日本は平気でしたね。 |
養老 |
で、「日出ずる国」とか言って、
いばってるんだけど。
よく考えると、方角的に中国から見ないと
「日出ずる国」にならない。 |
糸井 |
ならない、ならない。 |
養老 |
向こうから見てる表現で自分を讃えて、
それが国粋主義になっているっていう
めちゃくちゃな国ですからね。 |
糸井 |
負けてんだか勝ってんだか、わからない話。
中国側から日本を上側に見る地図の見方だと、
ほんとに、日本と大陸の間は、湾ですね。
湾というか、湖ですね。 |
養老 |
そうですね。
そういう視点で地図を見ると、
日本がいかに邪魔かわかりますよ。
中国から見てると位置的に邪魔なんです。 |
糸井 | 生意気に見えるんでしょうね。
オセロで言うと、
隅取ってるみたいなずるさがありますね。
それは、祖先からずっとやってきたんですよね。
いま、ぼくらの中にそれはもう、
染み付いてるわけだから。 |
(つづきます) |