養老 |
感性で捉えられない、
論理的なことはすべて
脳で言うと左脳が司るんですよ。
左脳ってすごく変で、
論理と手続きがきちんとしているんです。
だから、それがそのまんまでいくと、
すごく変なことになってきても、
それでも平気なんですよ。
そういうのって、ひょっとすると人間の意識、
特に左脳が持ってる、穴じゃないかと思う。
しかも人間が自分では気付かない「穴」。 |
糸井 |
ああー。 |
養老 |
こういう抽象的な世界、
文明のことを、ぼくは「脳化社会」と
言ってきたんです。
意識が作ってる社会って、
意識が根本的に持ってる「穴」を
埋められないんですよね。
しかも穴はどんどんどんどん広がっていく。
その典型が官庁です。
平和が続いてなにも起こらない前提で
手続きをどんどん決めて、
全部法律にしていきます。
法律は、言葉だから、
左脳的なんですよ。 |
糸井 |
はいはい。 |
養老 |
「這っても黒豆」ってことわざ知ってます?
たとえば糸井さんとぼくの間に、
なんか黒いものがぽつんと落ちているとする。
ぼくが「これ虫かな、黒豆かな」って言うのに
糸井さんは「それはぜったい黒豆」だという。
そのうち黒いのが這い出す。
それでも糸井さんは、
「這ったけど、黒豆だ」とまだ言い張る。
言い張って変えないのは左脳の働きです。 |
糸井 |
うんうん。
前提を揺るがせてはいけないんですね。 |
養老 |
うちの親戚のお年寄りが、
婿さんと一緒に田舎道を歩いていて、
ひょろひょろ、光るもんがあった。
婿さんが、
「お父さん、あれ、なんでしょうね」
って聞いたら、おじいさんは、
「へびだね、これは」と答えた。
そしたら、婿さんが、
「でも、目は2つなのに光るものが
1つしかありませんよ」
そしたら、「いや、片目のへびだ」
とこれまた言い張る。
この人もね、都庁の役人でした。 |
糸井 |
ああー。
いい話だ。 |
養老 |
それってね、左脳優先なんですよね。
左脳は、論理的分析的にきちんとやっていく。
だから、文明化、つまり、組織化、
社会化が進んでいけばいくほど、
前提と現実のズレが生じていくから、
穴はでかくなってくるはずですよ。 |
糸井 |
政治もそれに倣ってるわけですよね。 |
養老 |
もう、政治もね、
言語をどうしても使いますから。
言語は、目の前のことを定義していきます。
現実に即してそれを
絶えず訂正していくのが右脳です。
だからああいう黒豆のことわざを作って、
揶揄してるわけでしょうね。 |
糸井 |
うんうん。
そうか、ことわざっていうのは、右脳なんだ。 |
養老 |
だって、言いっぱなしでしょう。 |
糸井 |
そうだそうだ。 |
養老 |
で、ピンとくるかこないか、どちらか。 |
糸井 |
ものすごくおもしろいですね。
うんうんうん。 |
養老 |
右脳側は最終的には、論理的に
力を持たないので、
負けますよね、どうしても。 |
糸井 |
対決したら負けますよね。 |
養老 |
そう。
絶えず注意する役目になっている。 |
糸井 |
悲鳴に近くなってくるんですよね。
|
養老 |
大学なんて典型的に官僚的で、
左脳優先の世界ですよね。
ぼくは大学に長年勤めたから
よくわかるんですよ。
右脳の卒中の患者さん、
つまり左脳が残った患者さんに出てくる
特徴的な症状があって、
それは半側無視っていう症状なんです。
自分の視野の、左半分を無視する症状が出るんですよ。 |
糸井 |
ああー。 |
養老 |
車イスで動くと、
左側が周りにゴンゴンぶつかるんです。 |
糸井 |
ああー。 |
養老 |
ご飯を食べるときは、
右視野の右側にあるものしか食べないんです。
全部食べさせるために、
介護者はお皿に対してイスの向きを変えるんです。
そうすると、左にあったものが
右視野に入ってくるじゃないですか。
そうすると、食べられる。 |
糸井 |
はぁー。 |
養老 |
次に簡単なスケッチを描いてもらうとします。
例えば、花描いてくださいというと
花びらを描くのですが、
なんとね、右側半分の円の中に
花びらを5つ全部入れるんです。
きれいに。
それで、時計を描いてくださいっていうと、
最初の丸は、描くことができるんですよ、
不思議なことに。
だから、丸はあるんですよ。 |
糸井 |
丸はできるんだ。 |
養老 |
うん。
丸はあるんだけど、
その中に数字を書き入れて行きますよね、
12時から、1時、2時‥‥ |
糸井 |
はい。 |
養老 |
右側の半分のところに
12時からひとまわり全部入れてしまうんです。
で、左側が空いてるんです。 |
糸井 |
はぁ。
興味があるのは、丸ってやつですね。
また。 |
養老 |
(笑)。それでね、思うんですけど、
左脳だけが残ってると、
右の機能が消えているわけですよ。
そうすると、右脳の司る左半分の視野が、
役所でいえば「管轄外」と言えるでしょう。 |
糸井 |
はぁー! |
養老 |
「それは管轄外です」(笑)。 |
糸井 |
役所のね。 |
養老 |
極端な症状の方は、
左側にあるものを教えてくれと言っても、
「ありません」って言うんですよ。
「そんなものはありません」と。 |
糸井 | あー、おもしろいなぁ。 |
(つづきます) |