矢野 |
ニューヨークでわたしが住んでる地域は、
グリニッジビレッジという、
ニューヨークで最もはやく開けた地域で、
いちばん古い建物は、
1700年代のものもあるくらいなんです。
1850年くらいに建てられたアパートに、
今でもちゃんと人が住んでるわけ。
そういう規制や保護がしっかりしていて。
わたしがいるビルディングも、
その中のひとつではあるんですが、
ゾーニングといって、
えーと、日本だとなんだろう?
商業地域とか住宅地域とかで、
建築の基準が違ったりするでしょ、
何階以上は建てられないとか。
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── |
建ぺい率がどうとかって。
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矢野 |
ああいうようなのに準ずるものが
かなり細かく決められているんです。
グリニッジビレッジの大部分は
保護区になっていて増改築はできないとか、
決められてるのね。でもうちのところは、
そのギリギリの線のところなんですね。
で、その端っこを狙って、
いわゆるディベロッパーたちが。
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── |
地上げ屋(笑)?
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矢野 |
地上げ屋とおんなじです。ああいうようなもの。
で、なにが問題かっていうと、
今の市長さんのブルンバーグさんっていう人が、
何百億円だか持ってるっていう資産家の方で、
彼がそういう道のプロなわけです。
うちのもうちょっと上のところに
ジェッツというフットボールのチームの
大スタジアムを建てようとか、
そういう旗振りをしてくれちゃってて。
そうすると、わたしのところにも、
いろいろとくるわけですよ。
わたしの住んでいるビルディングは
1900年に建ったものなんですね。
もともと倉庫で、ペンキ工場になったりとかして、
1975年からはアパートになった。
住民の中には、1975年から住んでる人たちも、
じいちゃんばあちゃんもみんないるんです。
30何世帯しかいないんですけど、
わたしたちのボードっていう委員会、
ものすっごい強いですよ。
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── |
対ディベロッパーに(笑)。
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矢野 |
毎月、委員会開いて、
地域をどのように保全、保存していくのが
いいかと。自分たちの財産を守ること、
環境を守ることに、ものすごく強いんです。
そのくらい、自分は歴史の中に、
今までの歴史の中にいるんだという感覚が強い。
そして自分の後には、
またその子どもたちもそのまんま
続いていくんだという意識があると思います。
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── |
ああ‥‥。なんで日本人のぼくが、
そういうことにすごく強く、
いいなと思うかっていうと、
国の歴史の長さにかかわらず、
自分のいる場所のことを
ちゃんと理解しているのは
ほんとはニューヨーカーのほうだと
この絵本をよむとわかってしまうんです。
ぼくたちは、ぼくたちの住む場所のことを
あまりに知らなくて‥‥
羨ましいです。
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矢野 |
うん。なんか、たとえば、
金閣寺、銀閣寺はね、ちゃんと何億円もかけてね、
保存するかもしれないよ。
だけれども、たとえば自分たちが出た小学校がね、
簡単に潰されていくこととか、
何十年も木造で小さいかわいい駅だったのを、
バンと潰して、駅ビル造るのも平気でしょ?
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── |
平気にさせられちゃいますね。
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矢野 |
ね? で、東京の街だって、
龍土町なんていったって、
今だれもわからないでしょ?
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── |
ないです。六本木、西麻布になってます。
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矢野 |
わたし、「霞町」ってこのまえ言って、
タクシーの運転手さんわかんなかった。
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── |
うーん。霞町は西麻布で
材木町はもう六本木ヒルズと言わなければ
わからないかもしれません。
町名がどんどん変わっていきますね。
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矢野 |
ね? もちろん一部ではね、
ちゃんと保存したいと思う人たちも
いるにもかかわらず、
そういうことがまかり通っちゃうことに、
いや、違うぞ、別の考え方がちゃんとあるよって
いうことをちゃんと提示していく人たちが、
この物語の人たちなんです。
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── |
そうなんですよ。しかも、
とてもかっこいいやり方で!
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矢野 |
そう。それでね、結局ね、わたし、
あとがきのところに、こう訳文を載せたのね。
「公共心あふれるフロレン・モアレット」。
このフロレンっていうのは、物語に出てくる
フランス人の、レストランのオーナーさん。
実在の人物です。
この「公共心」と訳したのは
シビック・マインデッド(civic minded)
っていう言葉なんだけれど、
日本語に当たる言葉がなくて。
“社会に対しての意識が高い”
つまり、自分だけしあわせならいいぜ、
っていうんじゃない考え方。
おおやけのために仕えることは、
徳のあることである‥‥、
徳っていうのも、
もう死語かもしれないんですけど(笑)、
それに関して、ちゃんとものがわかる人っていう、
そういう感じがするんです。
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── |
この物語では、フロレンというレストランの
常連のみんなが集まって、
使われなくなった消防艇のハーヴィ号を
買いますね。
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矢野 |
それもただおもしろいっていうんじゃなくて、
この船の歴史を、みんな知ってて、
あれだけ働いたこの船が
鉄クズになるっていうのは、
いったいどういうことだ? と。
で、これは修理可能だと。
ほんとに買っちゃうんだよ、これ!
で、みんなでほんとに直して。
誰が得するわけじゃないの、これ。
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── |
うん、うん、うん。つまり、
ぼくは千ドル出したから
見返りがいくらあるなんて話じゃないんですよね。
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矢野 |
うん、もう、そうじゃない。
これがシビック・マインデッドだよね。
それで、ほんとうにそれが、公共のために、
たまたま役立ったのが、
この「9.11」だった、というお話なんです。
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── |
フロレンっていうレストランに
集まったなかにはいろんな職業の人がいて。
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矢野 |
うん。アート関係の方、建築設計事務所の人とか、
フィルム関係の人とか。
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── |
フロレンっていうレストランは
行かれたんですか? 矢野さんは。
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矢野 |
フロレン、一度だけ行ったことがあります。
今、ニューヨークでいちばん流行と言われる
ミートパッキングエリアっていうのがあって。
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── |
はい、聞いたことがあります。
食肉市場が‥‥あった場所?
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矢野 |
今でもあるのよ。
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── |
一時はちょっと治安が悪かった地域だと
聞いたことがあります。
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矢野 |
以前はね。そこを誰かが、
ここは金になるというので、
新しいものを持ってきて、
そのうちステラ・マッカートニーが店を出し、
アレキサンダー・マックイーンも店を出し、
そういうブティックが並ぶエリアになって。
でも‥‥でもね、肉の匂いがすごいの!
一歩お店の外に出ると、さすが食肉倉庫街だから
肉の匂いがしてね。
その中に「フロレン」というレストランがあって、
もとは食肉業界の人たち相手の店だったんです。
このフロレンさんって人自体が、
フランス移民で。それで、フランスで
労働者たちがみんな朝食べるような、
そういう新鮮なおいしい朝ご飯が
食べられるところをつくりたいっていうんで
つくったレストランだそうです。
自然素材のものばっかし使ってて、
24時間やってるんじゃないかな、きっと。
でももう、いっつも、いっつも満杯。
近所の人が下駄履きで来てて、
でも今そういうブティックとかできたから、
セレブリティたちも行くようになって。
下駄ばきの人のとなりに
クロエのバッグ持って隣に座ってるみたいな、
すっごい不思議なとこ。
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── |
へええ! 矢野さんの家から近いんですか?
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矢野 |
近いです。はい。
歩いて、14分‥‥もっと近いな、
10分くらい?(笑)
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── |
ハーヴィがいつもいる場所も?
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矢野 |
それも、フロレンから歩いて、
えーっと、7分ぐらいかな。
いつ行っても、見れます。乗ることは、
ちょっとできないかもしれないけどね。
月に1回ぐらいは、先着順で乗せてくれる
日があるの。
それは、ウエブサイトに載ってます。
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── |
そっか、それをチェックして、
矢野さんのライブがあるときをねらって、
ニューヨークに行くと、いいんですね(笑)。
だんだん行きたくなってきました。
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矢野 |
あ、それはいいね!
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── |
(インタビューの時間終了となる)
矢野さん、きょうはどうも
ありがとうございました。
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矢野 |
こちらこそありがとうございました!
みなさんも、ぜひ、ニューヨークに、
来てくださいね〜!
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