逃げつづけて
きました

糸井
(机の上に広げられたメモ帳を見て)
これはなんでしょう?
ヨシタケ
ぼくがふだん電車の中とかで描いているもので、
「もともとこんな人間です」という意味で
持ってきました。
家にはもっとあって、いま65冊目くらいです。
これをまとめたイラスト集もあるのですが、
これが原寸なんです。
糸井
ひとつひとつの絵がずいぶん小さいですね。
印刷のときに拡大しているんですか?
ヨシタケ
はい。ぼくは「原画を拡大して本にしている」という、
めずらしいタイプなんです。
たとえばこの『りんごかもしれない』は、
原画を150パーセントに拡大しています。
絵本業界できっといちばん材料費の
コストパフォーマンスがいい、という(笑)。
糸井
ほかにも絵本作家のかたで、
拡大されてるかたっているのでしょうか。
「MOE」
編集部のかた
昔はNGでしたけど、最近は自由になりまして、
たまにいらっしゃいますね。
ヨシタケ先生ほど大きく拡大しているかたは
滅多にいないと思いますけど(笑)。
糸井
はぁー。
ヨシタケ
この『もうぬげない』という本では、
とうとう200パーセント拡大の大台に乗りました。
原画を2倍に拡大して本にしています。
糸井
え、これ、200パーセント拡大ですか。
ヨシタケ
そうなんです。
ぼくはもともと癖で、大きな絵が描きづらくて。
だから、世界からスキャナーがなくなったら、
ぼくは作家生命が終わるという。
糸井
なんだかそれを知ると、
その視点で読み直したくなりますね。
そして原画は実のところ、線も細いですよね。
ヨシタケ
そうなんです。
基本的には0.3ミリの極細ペンで描いています。
太いペンで大きく描くこともできますけど、
小さいほうが描きやすいので、こうなっちゃうんです。
拡大したときに思ったほど粗くならないのもよくて。
糸井
たしかに粗くないですね。
ヨシタケ
もともとこういったイラストは、
自分の精神衛生上、ほんとうに必要な作業として
描いていたものなんです。
大学を出たあと、半年間だけ会社勤めをしたときに
すごくストレスが溜まって、
愚痴みたいなイラストを描いてたんです。
そのとき、さっと手で隠せるように小さく描いてたら、
それがいちばん描きやすいサイズになりました。
そういう絵がいまはものの考え方の練習や、
自分の興味の確認作業にもなっていて、
最近では絵本のネタにもなっています。
糸井
ぼくはヨシタケさんのことを、
この本(『もうぬげない』)で知ったんです。
そこから興味を持って3、4冊くらい買いました。
「すごいなあ。こういう人、いるよなあ」
と思って。
ヨシタケ
ありがとうございます。
そもそもぼくは、自分が作家になれるなんて
まったく思ってなかったんです。
表現したいことが自分のなかになかったので。
糸井
そうなんですか。
ヨシタケ
むしろ職人さんになりたかったんです。
「こういうものがほしい」と言われたときに、
そのとおりのものを作れる人に。
糸井
つまり、工芸作家というか。
ヨシタケ
そうですね。自分のなかに
伝えたいテーマなり問題意識なりがあれば、
それを表現すればいいと思うんですが、
ぼくはただ「怒られないため」だけに
生きてきていたので。
糸井
そこはなんだか、ぼくと似てる気がします。
ヨシタケ
ずっと「どうすれば怒られないか」ばかりを
ものすごく考えてきたんです。
「この言い方だと怒られるけど、こういう言い方なら
そもそも怒られる筋合いがなくなるんじゃないか」
とか、そういうことばかり考えてて。
糸井
それは「逃げ」ですね。
ヨシタケ
そうなんです。そしていまに至るまで、
ぼくはずっと全速力で
逃げつづけてきてるわけなんですけど。
糸井
「そこまで一所懸命逃げる人は立派だ」
みたいになっちゃいますね。
ヨシタケ
ええ。あるとき気づいたんです。
「逃げるのは簡単だけど、
逃げ続けるのって大変なんだな」って。
だから、ふつうはみんなどこかで
「そろそろ疲れたし」とかって
逃げるのをやめると思うんですけど、
ぼくはずっと逃げ続けちゃったんです。
糸井
でも、だからこそこういう絵本もできたわけで。
ヨシタケ
そうですね。
ここまで行ったら最後まで逃げて、
『とうとう時効になったね』みたいなところに
たどりつくのを、
ひとつの目標にしているんですけど。
糸井
絵本を読んでいると、ヨシタケさんの
逃げ方って直線じゃないですよね。
急に90度曲がったり、
「あれ?」と思ったら後ろにまわっていたり。
ヨシタケ
そのとおりです。
なので「結局それ、捕まってない?」とか
言われたりもするんですけど、
「いやいや、ここの部分はまだ
捕まってないから」みたいな。
糸井
負け惜しみも使いつつ。
ヨシタケ
はい。ぼくの絵本はへりくつであり、
負け惜しみや言い逃れの集大成でもあるんです。
糸井
こどもってそうですよね(笑)。
ヨシタケ
そうなんですよ。
だから、ぼくが絵本でやってることは、
ほんとうにこどもと一緒。
糸井
こどものままであることが喜ばれて、
仕事になってるんですよね。
でもたぶん、自分のなかのこどもの部分で
仕事になるなんて想像もできなかったから、
かつては工芸作家みたいな役割をするのを
目指してたというか。
ヨシタケ
そうですね。そうだと思います。

(つづきます)
2017-05-12-FRI