「仕事!』とは?
15 ストップモーション・アニメータードワーフ 峰岸裕和さん 峰岸裕和さんのプロフィールはこちら
── 本日、コマ撮りの撮影風景を
1時間ほど、見学させていただきまして‥‥。
峰岸 はい。
── ここまで
緻密な作業の膨大な積み重ねだったとは
思ってもみませんでした。
峰岸 そうでしょうね。
── ねんのため、コマ撮りというのは、
何枚もの静止画を
スライドショーのように連続で再生して
動いているように見せる手法です。
峰岸 ええ。
── 人形の手足や、顔の表情を少しづつ動かして
写真24カットで、ようやく1秒。
峰岸 テレビ用の場合は30カットです。
── つまり「10秒撮るのに、300カット」で
「100秒撮るのに、3000カット」‥‥。
峰岸 はい。
── そのこと自体は
単なる知識として知っていたんですが、
今日1日の成果が
8時間以上の作業でたった「4秒半」だと
お聞きして、
やはり「これは、おそろしい世界だ!」と。
峰岸 まあ、これでも
「今日は、けっこう撮れたかな」
という感じですけど。
これが「けっこう撮れた」この日の撮影分、4秒半。
作業時間は8時間以上。
なお、このあと色味を調整したり、
見えてはいけないものを消して本編に使用するそう。
©TYO/dwarf・こまねこフィルムパートナーズ
── ‥‥じゃあ、もっと短いことも?
峰岸 ありますよ。
── それは、どういった理由ですか?
人形の動きが複雑だったりとか‥‥ですか?
峰岸 それもあるんですけど、
単に、動かすのが「1体」だけじゃなくて
「3体」だったりとかすると、もう。
── つまり、単純な「かけ算」の結果で。
峰岸 ええ、すべてが「手作業」ですから
「詰める」ってことが、できないんです。

「1体につき1日」かかったとすると
「3体ならば3日」かかっちゃうんです。
── 当たり前ですけど、「コピペ」みたいなことが
いっさい、できないんですものね。
峰岸 できませんねぇ、「コピペ」は(笑)。
まちがったら「撮り直し」ですし。
── 「コマンドZ」(やり直し)もできない、と。
峰岸 当然ですけど、人形というのは
人間が動かさなければ、動きません。

パソコンが動かしてくれるわけでもないし
間違いを修正してくれるわけでもない。

人形アニメというのは
膨大な時間と人手が、かかる手法なんです。
── あの、「人形アニメ」と聞くと
まず「ヒト型の人形の時代劇」みたいな作品を
思い浮かべるのですが‥‥。
峰岸 むかし、テレビでよくやってましたものね。
── それこそ、峰岸さんのお師匠である
川本喜八郎さんが
手がけてらっしゃったような
『NHK人形劇』の「人形三国志」とか‥‥。
峰岸 ええ。
── ああいう伝統芸的なイメージがある一方で、
「人形アニメ」には
いまや、かなりの表現の幅がありますよね。
峰岸 有名なところで言えば
映画の『ウォレスとグルミット』なんかも
人形アニメです。
── 「クレイアニメ」というジャンルですよね。

『ひつじのショーン』とか
『ピングー』なんかも、おんなじくくりで。
峰岸 いま挙がった作品は、今日の撮影みたいな
「関節のある
 立体の人形を少しずつ動かす」のではなく、
粘土を用いたコマ撮りなんですが‥‥。
── ペンギンのくちばしが伸びたり、縮んだり、
身体がつぶれたり、
ふくれたり、コミカルな動きが楽しいです。
峰岸 あれって、ペンギンのからだをつぶしながら
撮ってるわけじゃなく、
「だんだん、つぶれていくからだ」を
たくさん用意しておいて
ひとコマひとコマ、置き換えてるんです。
── うわー‥‥。
峰岸 パペトゥーンと呼ばれる手法なんですけど、
机の引き出しを開けたら
撮影用のペンギンちゃんのからだが
1000とか2000とか、入ってるわけです。
── あのかわいらしさの裏には、
そんな、おそろしいほどの手間ひまが。
峰岸 だって、つぶしちゃったら
その都度、ペンギンをつくらなきゃならない。
── ‥‥そうですよね。
峰岸 いまでは、人形制作のテクノロジーも
進歩していて、
コンピュータを使って
細かい顔の表情を削り出したりなど、
一見、CGと見紛うような人形アニメもあります。

おもに、アメリカの映画なんですが。
── 本日は、2013年に公開予定の人形アニメ作品
「こまねこ」の撮影でしたけど‥‥。
峰岸 ええ、「コマ撮りが好きなネコちゃん」のお話。
── たとえば「ヒト型の人形アニメ」とくらべると
何かちがいが、あるんでしょうか。

動かす人形の「かたちのちがい」によって。
峰岸 うーん‥‥そうですね。

これは、わたしたちが手がけている
NHKの「どーもくん」にも
同じように言えることなんですけど
「こまねこ」には「指」がない。

お手ては、いつも、「グー」なんですね。
── はい。グーです。
峰岸 ですから、基本的には
その範囲でしか感情表現することができません。
── ‥‥というと?
峰岸 指があると、感情表現しやすいんです。
── あ、そうなんですか。
峰岸 指先のかたちや使いかたひとつで、
女っぽさも、男の子らしさも、表すことができる。

ただ単に、手のひらを握って開いているだけでも
楽しそうな感じが出るじゃないですか。
── グーパーグーパー、と。‥‥たしかに。
峰岸 こまちゃんの場合は、グーしかない。

首も短い‥‥というか、ほとんど「ない」ので
「かしげ」たり
「すくめ」たり‥‥といった
首の動きによる感情表現も、難しいんです。
── ようするに「制約」が多いんですね。
峰岸 うん、脚も短いし。
── つまり、人形に「動きの制約」が多いと
感情表現が難しくなる‥‥と。
峰岸 そうですね。

ただ、人間みたいに動かしたかったら
はじめから
人間のかたちにしちゃえばいいんです。

つまり、わざわざこういうデザインにしたのは
動きの制約は多いんだけれども、
それでも、動ける範囲内で
せいいっぱい、動こうとしているところに
「こまちゃん」らしさが出て
かわいく見える‥‥ということがあるんですよ。
── 制約のあったほうが
やっていて、おもしろかったり‥‥とか?
峰岸 それは、ありますね。

あまりにも動きに制約のない人形というのは、
リアルになっていくばかりで‥‥
うん、動かしていても、おもしろくないです。
── そうですか。
峰岸 人間みたいに動かなくたって、いいんですよ。
だって、人形なんだから。
── 藪から棒な質問で恐縮ですが
「動き」って‥‥何だと思われますか?
峰岸 動き?
── はい、「動き、とは」‥‥といいますか、
人形を動かすにあたって
方程式みたいなものがあるのか‥‥とか。
峰岸 んーーーーー‥‥難しい質問ですけど、
「こうあるべき」というセオリーは
あんまり、ないんですよね。

たとえば、こまちゃんの場合なら、
かわいいかどうか、ということだけです。
── 単純明快に。
峰岸 ええ。
── コマ撮りって、
何か、ジェンガを積み重ねていくみたいに、
とても緻密で構築的なイメージがあったんですが、
で、実際そうなんでしょうけど、
でも、もっとも重要なのは
「見て、かわいいかどうか」であると。
峰岸 それだけですよね、最終的には。

こまちゃんというのは
設定としては「おんなのこ」なんですけど
「おとこのこのクマ」だと
思っている人も、なかにはいるんです。
── ‥‥「ネコ」でもなくて。
峰岸 その理由は、まずもって「裸」だからです。

つまり「スカート」や「リボン」なんかの
「おんなのこらしいもの」を
いっさい、身につけていないんですよ。
── 言われてみれば、たしかに。
峰岸 ですから、こまちゃんの「動き」で、
「おんなのこらしく」見せる必要があるんです。
── いろいろと「制約のある身体」を駆使しながら、
いかに「かわいらしく」と。
峰岸 動きにメリハリをつけ過ぎないことや
スピードを出し過ぎない、
荒々しい、乱暴な動きをさせない‥‥など
ちょっとでも
柔らかく、おんなのこらしく見えるように。
── 先ほど、「動きにはセオリーなどない」と
おっしゃっていましたが、
それでも
「誰が見ても、美しい動き」というのは
あると思うんです。
峰岸 ありますね。
── それって、なぜなんでしょう?
峰岸 うーーーん‥‥。
── わかりにくい質問で、すみません。

先日、料理家の辰巳芳子さんの映画を観たら、
「手仕事の所作」が
とってもきれいだなあって、思ったんです。

しそをギュッと絞る手だとか、
ポタージュをへらでかき混ぜる手だとか‥‥。
峰岸 ええ、ええ。
── そのとき、この手の動きというのは
誰が見ても「美しい」と感じるのかなあって
ふと、思ったものですから。
峰岸 そのかたの「手のかたち」自体の美しさも
あるでしょうし、
「動きの流麗さ」もあるんでしょうけど、
何よりも
「決まったとき」が「きれい」
だったんじゃないでしょうか。
── 決まったとき?
峰岸 ようするに、しそを「絞り切った瞬間」って
一瞬、動きが止まりますよね。

そのときのかたちが、きれいだったんだと思う。
── ああ‥‥そうかもしれないです!
峰岸 それって、人形アニメと同じなんですよ。
── 詳しく聞かせてください。
峰岸 「何かを握る」という動作にしても
途中の動きより
「握ったときのかたち」がきれいになるよう、
そこを目指して、コマ撮りを重ねていく。

なぜなら、見ている側には
「最終形の印象」が強く残るからです。
── なるほど、きれいな印象を残したければ
最終形を美しく‥‥と。
峰岸 ええ。
── 逆に、「暴力的な印象」を残したければ
最終形を荒々しく‥‥とか?
峰岸 ええ、まさにそのとおりです。

ともかく、わたしたちは
「決め」のかたちに、重きを置いてやってます。
── 何か、歌舞伎で言うところの‥‥。
峰岸 そう、見得を切るのと、似てるかもしれない。
<つづきます>
2013-01-09-WED

かわいらしいだけじゃなかった‥‥。
コマ撮りアニメの「おそろしさ」を、どうぞ。

「どーもくん」「こまねこ」「なまいきヴォルク」など
ドワーフさんの作品を見ていると
ほのぼのしてて、ふわっとしてて、とてもかわいらしいんです。

(じつは「ほぼ日手帳」とコラボした
 「なまいきヴォルク」の映像もあるんですよ。
 こちらのページでご覧いただけます)

が‥‥しかし!

峰岸さんが1996年に手がけ、
「ACCグランプリ」という大きな広告の賞に輝いた
「古紙の主張」というコマ撮りアニメを
どうぞ、ごらんください。

これ‥‥コマ撮りなんです。CGじゃなくて。
とくに1分5秒を過ぎたあたりの
古紙が空中をビュンビュン飛び回るシーンなんて
いったい、どうやって撮影しているのか。
(コマ撮り、なんでしょうけど‥‥)

「90秒の作品ですが、5日間で撮りました。
 ぜんぜん家に帰れず、最終日は完全に徹夜で(笑)。
 しかも環境の整ったスタジオじゃなく、
 床がフカフカの会議室での撮影でしたから‥‥
 わたしのキャリアのなかでも
 かなり、過酷な撮影だったかもしれないです(笑)」
(峰岸さん)

むうう、「かわいいだけ」じゃなかった。
コマ撮りアニメ‥‥おそるべし。

※「こまねこ」のフェイスブックページができたそうなので
 ぜひ、ごらんになってみてくださいね。

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もくじ
第1回 「8時間」で「4秒半」の仕事。 2013-01-09-WED
第2回 ジャスパーの、まばたき。 2013-01-10-THU
第3回 神様と人間の、あいだ。 2013-01-11-FRI

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