糸井重里
・なんかさー、気まぐれにおとぎ話みたいに書くんだけど。
同じ「走るもの」として生まれたものでも、
レーシングカーみたいなのもあるじゃない。
ちょっと走るごとにタイヤ交換しちゃうとかね、
しかもそのタイヤがバカ高いとかも聞いたことあるし、
空飛んでっちゃうくらいのスピードで走るんでしょう。
すごい、もう「走るもの」の世界の頂点にいるよね。
そんで、さらにそんなに頂点なのに、
速いだの遅いだのと順位つけられるんでしょ。
疲れるよね、「走るもの」としての宿命かもしれないけど。
一方で、ママチャリだとか、三輪車だとかも、
いちおう「走るもの」としてこの世に生まれてきたわけだ。
子どもの乗る三輪車なんて、歩くより遅かったりするよ。
だけど、ぜんぜん悩んだりしないよね、三輪車。
速く走ろうなんて、考えたこともないんじゃないの。
だいたい手入れとかもされてるのかね、よく走るための。
油を注してもらうことさえないかもしれないよ、キコキコ。
ママチャリに関しては、ちょと油断ならないところもある。
ガンガン飛ばす人もいるからね、危険もかえりみず。
子ども乗せてるほうが急いでたりもするからなぁ。
いまはモーターついてる自転車も多いしなぁ。
ここらへんは、三輪車とはぜんぜんちがうものだな。
だけど、それぞれ、みんな「それぞれ」じゃない?
「みんなちがって、みんないい」とかも言うまでもなく、
レーシングカーも、自転車も、三輪車も、トラックも、
じぶんはじぶん、「これでいいのだ」感があるよね。
なんだろう、それぞれに役割とか仕事があるからなのかな。
レーシングカーを三輪車がうらやむとか、ないだろうし、
ママチャリがトラックに愚痴をこぼしたりもしなそう。
しかし、ま、「走るもの」にかぎらず、
ネズミが虎と競い合ったり、ゾウがアリと張り合ったり、
パンダがレッサーパンダと言い争ったりもしないだろうな。
思えば、人間だけなんだね、「それぞれ」でいられないの。
それ、いいことなのか、よくないことなのか、どっちだろ?
今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
そして人間は、「吾、唯足るを知る」なんてことも言い出す。
ほぼ日の更新時間は、土日祝も
毎日11時になりました。
ほぼ日の更新時間は、土日祝も
毎日11時になりました。









