── |
ここに来るとき、入り口をまちがえたんですが、
タツノコプロのグッズが
ケースにいっぱい、飾ってあったんです。
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中村 |
あ、それたぶん別のビルですね。
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── |
超ウキウキしてしまいました。
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中村 |
そうですか(笑)。
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 |
── |
だって、子どものころ夢中になった
アニメのキャラが勢ぞろいしていて‥‥。 |
中村 |
世代的に『ハクション大魔王』とか? |
ⓒタツノコプロ |
── |
いや、ぼく、1976年の生まれなんですが、
『ハクション大魔王』あたりは、
たぶん、再放送で見た世代なんです。
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中村 |
そうか、本放送は1970年くらいでしたっけ。 |
── |
ハクション大魔王が
ハンバーグが大好物だったこととかを
みるみる思い出しました。
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中村 |
70年代当時の子どもたちが大好きな
鉄板メニューだったんですよね、きっと。
ハンバーグって。 |
── |
小学校低学年のころ、
生まれて飛び出てジャジャジャジャーン
とか、よく言ってた気がします。
|
中村 |
じゃあ、『いなかっぺ大将』とかも
再放送の世代?
|
── |
はい、えーと、『いなかっぺ大将』も
タツノコプロでしたか。
‥‥ただし、きちんと見た記憶はなくて、
うっすらとしてます。
昭和のズッコケ系のアニメですよね。 |
中村 |
そうです、古き良き。
イタリアでも放送されてたの、知ってます? |
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── |
え? へぇ~! なんでまた!?
ぜんぜん知りませんでした。
キクちゃん派・ハナちゃん派の
せめぎ合いがあった、
というのは、なぜか知ってるんですが。
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中村 |
風大左衛門のガールフレンドのね。
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── |
その他にも、
ドロンジョと、ボヤッキーと‥‥ええと‥‥。
|
中村 |
トンズラーね。スタコラ・トンズラー。 |
── |
‥‥の『ヤッターマン』とか。
(そういうフルネームだったんだ!) |
ⓒタツノコプロ |
中村 |
はい。
|
── |
あとは『ガッチャマン』とか。 |
ⓒタツノコプロ |
中村 |
ええ、ええ。 |
── |
たしか、ガッチャマン1号の
ヘルメットとマントのセットを持ってました。
それと『樫の木モック』とか。 |
ⓒタツノコプロ |
中村 |
はい、はい。
|
── |
ピノキオが原作になってるんですよね、あれ?
見ると、
いつもすごく切ない気分になるんですよね。
他には、なぜかライターが悪とたたかう
『ゴールドライタン』とか。
ⓒタツノコプロ
|
ⓒタツノコプロ |
中村 |
超合金、持ってませんでした? |
── |
‥‥持ってました。
|
中村 |
やっぱり。
|
── |
‥‥キリがないので、もうやめますけど、
ともかく
1970年代から1980年代にかけての
テレビっ子なら、
タツノコプロのアニメを
絶対、何かしら見ていると思うんです。
|
中村 |
そうですね。
|
── |
そんな会社、すごいと思いました。
|
中村 |
ぼくも、
子どものころ普通に見てた番組のキャラに
囲まれて仕事をするとは
まさか思ってもみませんでしたけどね(笑)。
|
── |
そうですか。
|
中村 |
タツノコプロで領収書をもらうとき、
いまだに不思議な気がしますもん。 |
── |
ははー‥‥。
しかもぼく、いま番組名を挙げながら
主題歌をぜんぶ歌えることに気づきました。 |
中村 |
あはははは、まだ言いますか(笑)。
|
 |
── |
たぶん、友だちも歌えると思います。 |
中村 |
たしかに、それだけ
みんなが同じテレビを観ていた時代
だったんでしょうね。 |
── |
なるほど‥‥。
ただ、今日はタツノコプロのお話というより
アニメの監督って
どんなお仕事なんだろうということを
おうかがいしに来ました。
|
中村 |
はい。
|
── |
まず、アニメ作品の監督‥‥つまり中村さんは
タツノコプロの社員なんですか?
|
中村 |
いえ、正社員じゃないです。 |
── |
それでは、どのような?
|
中村 |
年俸制の契約を結んでいるんです。
|
── |
つまり、プロ野球選手みたいな。
|
中村 |
アニメ業界は、そういう人、多いんですよ。
もちろん職種にもよるんですけど、
基本的には「社員になる」という選択肢が
それほど常識的ではない業界なので
はじめからずっとフリーランスで、
「有給って何?」みたいな、そういう世界。 |
 |
── |
腕一本でやっていくわけですね。
|
中村 |
いやいや、腕一本なのか口先三寸なのか(笑)、
いろんなケースがあると思うんですが、
いちばんメジャーな形態が、フリーなんです。
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── |
じゃあ、人の出入りも‥‥。
|
中村 |
激しいです。
「じゃあ、オレ、出ていくわ」みたいに
ピュッと、別のところへ行っちゃったり。
|
── |
腕一本で現場から現場へというのは
現代の素浪人のようです。
|
中村 |
まぁ、そんなにかっこいいものでも
ないんでしょうけど。
|
── |
あのー、スタジオジブリのドキュメンタリーを
テレビでやってるのを見たりすると、
アニメの世界って
恐ろしく分業制なんだなという印象があって。 |
中村 |
ええ、おっしゃるとおりですね。
演出家、絵を描く専業のアニメーター、
スケジュールを管理する制作、
山とかビルなどの背景を専門に描く背景美術、
シナリオライター‥‥などなど、
めちゃくちゃ細分化してます。
|
── |
つまり、そういう職人的なフリーの人たちが
臨時のチームを結成してやってくのが
アニメーションの世界、というわけですか?
|
中村 |
まぁ、そうですかね。
|
── |
つまり、言うなれば「素浪人の集団」をまとめて
1本の作品を作り上げるのが
アニメーション作品の監督の役割‥‥であると?
|
中村 |
ものすごくざっくり言うと。
|
── |
中村さんは、
はじめから「監督」だったわけでは‥‥。
|
中村 |
ないです。ぼくはもともと演出家でした。
|
── |
ぼくは‥‥というからには、
監督には、いろんな出身地があるんですか?
|
中村 |
そうですね、昔は制作やアニメーターから
監督になる人が多かったんですけど、
今は、どのポジションからでもなれますね。
その人しだい、ヤル気しだいです。
|
 |
── |
演出家、というのは
アニメのお話を演出するわけですよね? |
中村 |
そうです。
|
── |
それって、いまいちよくわからないのですが、
いったい、どのようなお仕事なんですか?
|
中村 |
日本だと「絵コンテ」といい、
海外だと「ストーリーボード」とかいうんですけど、
シナリオライターが上げた
シナリオに対して「映像の設計図」を描いて‥‥。
|
── |
ええ、ええ。
|
中村 |
で、実際の原画を描くアニメーターや
色を塗る人と打ち合わせ、
音響をつける作業にも立ち会ったりして、
自分のパートの映像を
最終的な完成まで持っていく役割です。 |
── |
なるほど、なるほど。
|
中村 |
ですから、監督との関係でいうと
作品のなかの特定のパートやいくつかの話を
担当するのが演出家で
作品全体の演出をコントロールするのが監督、
といった感じですかね。
|
── |
ははー‥‥本当に、分業制なんですね。
「色を塗る人」まで別だとは。
|
中村 |
ええ。
|
── |
絵を描いたら、色まで塗りたくなりそう‥‥
ですけど、ちがうんですね。
|
中村 |
ええ、塗りたくなっても、ちがいます(笑)。
|
── |
色を塗ることのプロがいる、と。
|
中村 |
はい、色を塗るプロもいますし、
「この色で塗るべきだ」と決める色彩設計
という役割の人もいます。
|
── |
「塗るべきだ」というのは‥‥。
|
中村 |
たとえば、夕方になると色が変わりますよね。
|
 |
── |
ええ、光とか風景の、はい。
|
中村 |
オレンジっぽい夕方もあれば、暗い夕方もある。
また、おなじオレンジでも、
朝焼けと夕焼けでは、微妙にちがってきますね。
|
── |
はい、はい。
|
中村 |
この場面の夕焼けはどんな色がいいか。
どういうシーンなのか、
人物がどんな状況に置かれているかなどを考えつつ、
決定を下す人がいるんです。
|
── |
ものすごい専門性ですね。
|
中村 |
監督や演出家がどういう物語にしたいかを汲んで、
それを「色彩」によって表現するんです。
|
── |
ははー‥‥。
|
中村 |
人によっては、外から家の中に入ってきただけで
びっみょ~うに色を変えたりとか、やってるので。
地面に落ちた影の色なんかも
物語の展開によって、変えてたりします。
|
── |
まさしく職人的な世界ですね。
|
中村 |
物語の世界観やイメージを左右してしまう、
とても重要な役割です。
|
── |
印象に残っている
「あのアニメの、あのシーンの、あの色」
とかって、ありますか?
|
中村 |
昔、『エースをねらえ!』という
テニスのアニメがあったのですが‥‥。
|
 |
── |
ええ。
|
中村 |
重要な登場人物のことを、僕らの世界では
「メインキャラクター」とか
「サブキャラクター」と呼ぶんですけど、
そういった
「名前のついているキャラ以外」の
「その他大勢」の人々のことを
「モブキャラクター」と呼ぶんですね。
|
── |
モブキャラクター、はい。
|
中村 |
で、『エースをねらえ!』では、
観客席に座っているモブキャラクターたちが
紫色だったことがあるんです。
僕の記憶では。
|
── |
人間が、紫色‥‥一色ですか?
|
中村 |
ふつうの色で塗られている、
重要なメインキャラクターのすぐそばに、
単色な人々がいるんですよ?
でも、ぜんぜん気にならないんです。
そのことにビックリしつつ、
同時に「なんてカッコイイんだ!」って
思いました。
|
── |
ははぁ。
|
中村 |
それ以降、『エースをねらえ!』を見るときは
画面の隅ばかり見てました。
あの作品は、
いろいろメインの部分もカッコイイんですけど、
隅が超カッコイイんです。 |
── |
‥‥こんど、注意して見てみます。
|
中村 |
ああいった画面設計で「いける」って
考えつくのは、本当にすごいです。
つまり「強調」と「省略」を
色彩でも表現しているんですよね。 |
── |
へぇー‥‥。
でも、こう言っちゃなんですけど、
見てる側のぼくらにとっては
何というか、ほとんど気づかないところに
ものすごい神経を‥‥。
|
中村 |
気づかれたら負けですから。
|
 |
── |
あ。
|
中村 |
色彩設計の人にとっては、
気づかれないのが、いい仕事なんです。
一般の視聴者のかたに、
「あ、いま夕焼けの色が変わったのは
主人公の気持ちに変化があったからかな」
みたいに気づかれたら、ぜんぜんダメ。
|
── |
なるほど、気づくということは
不自然だということですものね。
|
中村 |
逆に、そのあたりの表現がうまくできてると
おそらく
「あれは、きれいなシーンだったね」という
なぜかわからないけど印象に残るような、
そういうシーンになるんですよ。
|
── |
気づかないほど微妙な色の変化が
見ている人の
無意識の美意識に影響を与えている‥‥と。
|
中村 |
アニメーションの場合には
ぼくら作り手が「設計していないもの」は
一切、出てこないんです。
|
── |
なるほど。
|
中村 |
色彩設計の「微妙な色の変化」にしても
視聴者には気づかれないようなやりかたで
出してるわけです。
|
── |
つまり、アニメの表面に出てきているのは
すべて「意図した結果」であると。
|
中村 |
実写の作品では
たとえば‥‥女性がグラスをかたむける場面で、
こういう軌道でグラスを取って、
こういう軌道で口に運んでくださいなんてこと
ふつう、指示しないと思うんです。
|
── |
ええ、ええ。
|
中村 |
いや、ものすごくこだわる人だったりすれば
別なんでしょうけど、
「君は今、恋人にフラれてサイテーの気分。
これは、そんなときに飲むお酒。
いい? わかった? はい、キュー!」
‥‥みたいな、
それが実写の撮りかただと思うんですけど、
アニメーションでは
今の場面、
グラスを口元に持っていく軌道はもちろん、
女性の「まばたきの回数」すらも意図して、
指示を入れているわけです。
|
 |
── |
あの‥‥アニメーションというのは
1秒間を「24」に分割するわけですよね?
|
中村 |
ええ。
|
── |
つまり、24コマ作ってようやく1秒と
いうわけですね?
|
中村 |
そうです。
|
── |
その24コマのなかに、グラスを口に運ぶ軌道とか
まばたきの回数なども指示して入れて、
よく最終的に
1時間とか2時間の作品が出来あがるなぁって
いつも思うんですが。
|
中村 |
しかも、公開は1年後だったりしてね。
|
── |
‥‥1年後の公開を目標にしつつ、
日々、24分の1秒の作業を積み重ねていって
最終的に
2時間くらいの作品をつくりあげる‥‥と。
|
中村 |
そうです。
|
── |
よく、そんなこと出来ますよね‥‥。
|
中村 |
ぼくの場合は、パズル的に見えてるんです。
|
── |
パズル。
|
中村 |
まず、全体像がボンヤリあって、
ブランクの箇所に
ひとつひとつのピースをはめ込んでいく‥‥
みたいな感じで組み立てていきます。
|
── |
へーえ‥‥。
|
中村 |
その過程で、
「あ、彼の言ってたことって
ここにはまるんじゃない?」
とか
「あ、ピッタリはまった。
とすると、となりの空白には‥‥」
みたいな感じで
考えていくことが、多いですね。
|
── |
そんな仕事って、他にありますかね?
|
中村 |
あると思いますよ。
たとえば‥‥化学プラントを作ったり、
ジャンボジェットを組み上げたり。
|
── |
はー‥‥。
|
中村 |
なんとなく、あたまの使いかたとか、
似てるような気がします。
つまり、ボルト一本みたいに小さなパーツを
ひとつひとつ大勢で組み上げていったら、
でっかいものが出来上がってしまった‥‥みたいな。
|
── |
つまり建築物に似ている、と。
|
中村 |
そうそう、まさしく、そうなんですよ。
アニメーションを作り上げる作業って。 |
 |
<つづきます> |