── |
琢磨さんが見ている
時速300キロ超の世界というのは
どんなところなんですか?
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琢磨 |
非現実的な世界‥‥といいますか。
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── |
具体的には、どんな?
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琢磨 |
まず、視野が極端に狭く感じます。
ピントを合わせられるというか、
フォーカスできるのは、視界の中心だけ。
それ以外の周囲は景色が飛ぶので、
ぼやけて、歪んでいるように見えます。
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── |
へぇー‥‥。
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琢磨 |
たとえて言うなら
魚眼レンズをのぞいているような感じ。
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── |
そんな状態で、時速300キロものスピードを
出しているんですか!
‥‥いや、300キロ出すから、そうなるのか。
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琢磨 |
レース中、ドライバーにかかる負荷は
最大5Gにもなります。
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── |
つまり、体重の5倍ってことですね。
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琢磨 |
僕の場合ですと、体重60キロくらいなので、
約300キロの圧力というか負荷がかかってきます。
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── |
すごいですね‥‥。
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琢磨 |
高速コーナーに入ると
体内の血液が、身体のどっちか半分に
寄ってくるのがわかりますし‥‥。
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── |
そんなことがあるんですか!
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琢磨 |
ブレーキをかけたら
涙や汗が、前や横に飛んでったりするし。
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── |
全体的に、地球上の話に聞こえませんね。
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琢磨 |
ははははは(笑)。
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── |
そんな極限的な状況で
琢磨さんたちレーシングドライバーの目には
何が見えるんでしょう。
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琢磨 |
たとえば‥‥そうですね、
そのスピードじゃないと見えないもの
とか、ありますね。
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── |
え、それは?
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琢磨 |
ブレーキングポイントとか。
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── |
ブレーキをかけるポイント、のことですか?
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琢磨 |
そう、ぼくたちレーシングドライバーには
かならず、自分なりの
ブレーキングポイントがあります。
何かの看板だったり、路面の凹凸だったり‥‥
ともかく、
何らかの「目印」を持っているんです。
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── |
ブレーキを踏むタイミングの、ええ。
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琢磨 |
で、クルマの調子がいいときは
そのブレーキングポイントの奥のほうまで
突っ込んで行けるし、
逆に、調子が悪いときは
手前でブレーキを踏んじゃうんですが‥‥。
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── |
はい。
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琢磨 |
レーシングスピードのなかじゃないと
見つけられないんですよ、それ。
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── |
‥‥どういうことですか?
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琢磨 |
まわりの景色は、矢のように飛んでいきます。
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── |
時速300キロ、ですものね。
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琢磨 |
目印となる「看板」や「凹凸」も、
こちらが高速で移動することによって、
本来の姿とは、
ちがうかたちに見えるんです。
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── |
そうでしょうね。
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琢磨 |
それでも、レースをしている最中は、
ブレーキングポイントって
自然と見つけられるんですよ。
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── |
つまり
レーサーの目になってるってことですか。
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琢磨 |
ただ、どうも調子が悪かったりして
自分のなかで納得できないコーナーが
あるとしますよね?
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── |
ええ。
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琢磨 |
あとで、確かめようと思って
そのあたりに歩いて行ってみると‥‥。
「あれ、
ブレーキングポイントどこだっけ」
‥‥見えないんですよ。
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── |
ふしぎですねぇ!
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琢磨 |
目に映っているのは
同じ景色のはず‥‥なんですが、
その見えかたが
「歩くスピード」と「時速300キロ」では
まったく、ちがうんです。
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── |
しかも、ちがうだけじゃなくて
レースの最中なら見えるというのも
何というか‥‥すごいです。
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琢磨 |
なぜか、そうなんですよね。
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── |
レーシングカーを運転しているときって、
どこを見ているんですか?
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琢磨 |
基本的には、常に前を見ています。
どうだろう‥‥
実際には100メートルくらい前方を
見ているのかな。
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── |
へぇー‥‥。
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琢磨 |
コーナーに入る直前は、
ブレーキングポイントにフォーカスを当てて
集中しなければなりません。
その直後、エイペックスが来ます。
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── |
エイペックスとは
コーナーの「頂点」のことですね。
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琢磨 |
そう、減速してコーナーに入っていき、
加速に切り替える箇所です。
こんどは、その一点に集中しなければ
ならないんですが、
実際エイペックスにたどりつくころには
コーナーの出口を見ていないと
間に合いません。
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── |
当たり前のことを言ってすみませんが、
「気を抜く隙」など
本当に、一瞬たりともないんですね‥‥。
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琢磨 |
1秒間に100メートルくらい
走ってっちゃう車なので(笑)。
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── |
コクピットでは、
何か音は聞こえてる‥‥んですか?
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琢磨 |
圧倒的なメカニカルノイズと
エンジンの機械音。
それと、風の音‥‥かな。
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── |
レーシングカー特有の
キーーーーーーーーーーーン!
という甲高い音は‥‥。
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琢磨 |
ああ、エグゾーストノートといって
トランペットみたいな排気音ですね。
あんまり聞こえないんです、あれは。
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── |
あ、そうなんですか。
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琢磨 |
もちろん音速を出してるわけではないので
正しい表現ではないのですが、
感覚的には、
音を後ろに置いてっちゃってる感じ
がします。
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── |
子どもみたいな質問で恐縮ですが‥‥
そんなに速く走って、怖くないんですか?
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琢磨 |
もちろん、恐怖感はありますよ(笑)。
でも、何て言うんでしょう‥‥
挑戦心とか達成感、エキサイティングな感覚、
そっちのほうが
つねに、恐怖感を上回っているんです。
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── |
脳内麻薬的なものが、出てらっしゃると。
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琢磨 |
スポーツ選手やアーティストって
みんな同じだと思うんですけれど、
基本的に
やる気が止まらないというか‥‥
現状に満足できないんですよ。
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── |
ははぁ。
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琢磨 |
たとえ一度、トップを獲れたとしたって
それだけでは
絶対に満足することができない。
やっぱりレースに勝ち続けたいし、
次から次へと、
大きなチャレンジをしていきたいんです。
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── |
なるほど。
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琢磨 |
かつて、ぼくが乗っていたF1のマシンや
いま現在、レースに参加しているインディカーは
時速300キロというスピードで、走ります。
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── |
はい。
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琢磨 |
でも、時速300キロという
スピードの絶対値は、あまり関係なくて。
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── |
と、言いますと。
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琢磨 |
速いだけで言ったら、
飛行機なんて時速900キロくらい
出てるわけです。
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── |
でも、飛行機に乗ってたって
感じられませんよね、時速900キロの世界は。
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琢磨 |
そうなんです。
レーシングカーがすごいのは
時速300キロを全身で感じられる
ということなんです。
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── |
なるほど、そうか。
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琢磨 |
そのスピードで、コーナーに突っ込む。
ブレーキングのタイミングが早すぎて
ヘタに減速したらロスですし、
逆に、しっかり減速できていなければ
コースから飛び出してしまう。
限界ギリギリのスピードを出しながら、
バランスをとっているんですね。
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── |
ええ、ええ。
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琢磨 |
だから、思うようにコーナーを回れたときは、
最高の快感を得ることができるんですよ。
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── |
‥‥コーナーが最高の快感、というのは
あまり想像していませんでした。
バックストレートで
ものすごいスピードを出しているとき‥‥
とかなら、わかりやすいですが。
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琢磨 |
ようするに、自分のイメージどおりに
車を操ることができている、
そのことが、たまらなく楽しいんです。
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── |
イメージどおりに車を操るというのは、
どういう感じなんでしょう。
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琢磨 |
自分の手足のように車が動く、ということ。
車両を、完全にコントロール下に置いた状態。
何と言いますか‥‥自分の身体が
サスペンションを通して
タイヤの先まで
一本の神経回路でつながっていく、
そんな感覚ですね。
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── |
ははー‥‥。
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琢磨 |
だから、そういうゾーンに入っちゃうと
たとえ時速300キロ以上で
スライドしても、
車の挙動を把握できているので
ぜんぜん怖くないんです。
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── |
あの‥‥脳科学者の池谷裕二さんの
『進化しすぎた脳』という本に
同じようなことが書かれていました。
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琢磨 |
ほんとですか?
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── |
たとえば、長い棒をかついで
細い路地を通り抜けなければならないとき、
その棒の先まで
神経が行き渡るようにように感じるのは
脳が、その棒の先までを
身体の一部とみなしているからだって。
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琢磨 |
なるほど‥‥そういう感覚は
たしかにありますね。
人馬一体ならぬ「人車一体」という感覚。
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── |
先日、飛行機のカタログを眺めていたら
飛行機の胴体部分を牽引する
コンボイの馬力が、
600馬力って書いてあったんです。
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琢磨 |
‥‥インディカーなら700馬力ですし
2005年まで
F1で使われていたエンジンには
900馬力を超えるパワーがありました。
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── |
ですから、そんなモンスターマシンを
意のままに操るって‥‥
ちょっと、想像がつかないです。
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琢磨 |
車と一体になれた状態では
仮に、車両がどんな状況に陥ったとしても
ねじ伏せて
ガンガン攻めていけるんです。
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── |
ははぁー‥‥。
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琢磨 |
だから、車の状況がよく分からないとき、
不透明なときは、
反対に、ものすごく怖いですよね。
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── |
なるほど。
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琢磨 |
そうなったら、もう‥‥化け物ですから。
ぼくらの乗っているものって。
<つづきます> |