── |
ウィリーさんは、50年も前に生産を中止した
UNIVERSAL(ユニバーサル)
というメーカーのオートバイを
ここスイスのルツェルンという町の近郊で
修理してらっしゃいます。 |
ウィリー |
はい。 |
── |
また、修理だけではなく
動かなくなった中古のユニバーサルを買い取って
動くように直し、販売もされているとか。 |
ウィリー |
ええ。 |
|
── |
で、びっくりするのは
現時点で、このユニバーサルのオートバイを
専門的に修理しているのは
世界でもウィリーさんだけであろう‥‥と。 |
パオロ |
ユニバーサルをはじめとした
「古いオートバイを修理している人」であれば
他にもいらっしゃるんです。
でも、膨大な部品の在庫量、
オリジナル設計図のコピーなど関連資料の量、
ユニバーサルにかぎらず、
何十年にわたって
さまざまな機械を修理してきた経験や技術、
これまでに築いてきた
専門業者や同業者などとのネットワーク‥‥、
それらを活かして
ユニバーサルのあらゆる故障に対応できるのは、
世界でも、父だけだと思います。 |
── |
じゃあ、そのような意味では
「世界で、たったひとり」とも言えると? |
パオロ |
ええ、唯一の存在だと思いますね。
‥‥あ、私はウィリーの息子の、パオロです。
はじめまして。 |
|
── |
はい、こちらこそ、よろしくお願いします。
ようするに、ウィリーさんほど専門的に
ユニバーサルのオートバイを修理している人って
他にはいないであろう、と。 |
ウィリー |
もうひとり、エミリオという相棒が
ユニバーサルのオートバイを扱っているのですが、
彼はあまり修理はやらず、
買い取りと販売を中心にしています。 |
── |
それで、ウィリーさんの前には
修理を待つ人の長い列が、できてしまう‥‥と。 |
ウィリー |
ですから今は、修理のウェイティングリストが
長くなり過ぎないよう
調整することも、仕事のひとつになりました。 |
パオロ |
スイスの国産オートバイメーカーである
ユニバーサルという会社は、
このあたりを
本拠地にしていた時期が、あったんです。
ですから、むかしは
父の他にも
たくさんの修理業者がいたんですが‥‥。 |
|
工場の扉に貼られていた、ユニバーサル修理業者のリスト。
1952年のものだが、なかにウィリーさんの名前を見つけることができる。 |
|
── |
ええ。 |
パオロ |
父を残して、みんな、
ユニバーサルの取り扱いを止めてしまいました。
最後のオートバイがつくられたのが
1962年ですから、需要がなくなったんです。
|
|
── |
これまで、ウィリーさんは、
どれくらい修理を続けてこられたのですか。 |
ウィリー |
私は、65歳のときまで
農耕機械の製造、修理、メンテナンスなどをする会社を
経営していたのですが、
仕事として
本格的にユニバーサルの修理をはじめたのは
その会社を引退してからのことです。 |
── |
‥‥ちなみに今、おいくつなんですか? |
ウィリー |
今年で84歳になります。 |
── |
では、専業になってから‥‥20年くらい?
(それにしても「84歳」に見えない‥‥) |
ウィリー |
ただ、修理を仕事にしていなくとも、
10代のころからずっと
ユニバーサルのオートバイが大好きでした。
ユニバーサルのサイドカーに
仕事道具を乗せて、客先を訪問していましたし、
ユニバーサルに触ってきた‥‥ということなら
70年くらいには、なると思います。
|
|
── |
ひゃー、70年のおつきあい‥‥! |
パオロ |
そうなりますね。 |
── |
ユニバーサルという会社は
1928年に創業し、1960年代のはじめまでは
オートバイを生産していたとのことですが。 |
ウィリー |
ええ。 |
── |
すみません、ぜんぜん知りませんでした。 |
ウィリー |
無理もないでしょう。
おそらく、日本では
ほとんど
知られていないのではないでしょうか。 |
パオロ |
日本から問い合わせが来たことなども、
たぶん、ないです。 |
── |
あの、「修理の問い合わせ」というのは、
スイス以外からも来るんですか? |
ウィリー |
ユニバーサルのオートバイを愛する人たちは
世界中にいますから。 |
パオロ |
今、ユニバーサルの愛好家たちが
困ったときに
最終的に頼ってくるのが父なんです。
ドイツ語の他にも、
フランス語、イタリア語、英語などの言語で
問い合わせがやって来ます。
ですから
やはり世界中から、という感じですね。 |
── |
はー‥‥。 |
パオロ |
メンテナンス面だけでなく
燃費など、さまざまなことを考えれば、
他に選択肢はたくさんあるのに
敢えて、この古いオートバイを選んだ人、
そして
愛着あって手放せない人が、
まだまだ、たくさんいらっしゃるので。 |
ウィリー |
現在では、この工場まで
オートバイを運んでもらえる場合に限り、
修理を請け負っています。 |
── |
これまでで、いちばん遠くと言うと‥‥。 |
ウィリー |
ギリシャから
自動車で運ばれてきたことがありました。 |
── |
ギリシャって、
ヨーロッパの東の端っこのほうですよね。 |
パオロ |
部品の問い合わせだけなら
近隣の欧州諸国から南北アメリカまで。
先日なども、ニュージーランドから
部品見積のEメールがあったり、
アメリカのミシガンから修理依頼が
届いていました。 |
── |
修理依頼って、つまり「壊れてしまった」と? |
ウィリー |
そうですね。
でも、さすがに海の向こうから
この工場までオートバイを持ってくるのは
現実的でないので、
どういう状態なのか電話で聞き、
どうしたら直るか、解決法を伝えました。 |
|
パオロ |
そのように、距離があって
この工場へ持ち込むことが難しいケースも
けっこうあるんですけど、
そういう場合は
必要な部品を送ったりもしています。 |
── |
あの‥‥素朴な疑問なんですけど、
このウィリーさんの工場って
ホームページもなければ
広告を出してるわけでもないと思うんですが
愛好家のみなさんは
どうやって、
ウィリーさんにたどり着くんでしょうか? |
パオロ |
愛好家から愛好家へ
好きな者どうしのネットワークのなかで
父の情報が、伝わっているみたいです。 |
── |
つまり、口コミが世界中に広まってる? |
ウィリー |
年に何度か、愛好家の集まる交流会がありますし、
だいたい、ユニバーサルというのは
みんなが乗るようなオートバイではないので。 |
── |
つまり「業界では有名」というやつですか。
でも、どうして、みなさん、そんなに
「ウィリーさんのところに集まる」んだと
思われますか?
まずは、ウィリーさんの「腕のよさ」というのが
大きな理由なんでしょうけど、
古いオートバイを修理しているというだけなら
他にも、いらっしゃるわけですよね?
|
パオロ |
ひとつには、やはり、ここまで
ユニバーサルの部品が集まっている場所が
他にはないからです。 |
ウィリー |
私の工場では、
ユニバーサルのオートバイを
1台、組み立てるのに必要な部品の90%を
常備しています。 |
|
── |
なるほど、つまり「ユニバーサルの部品」を
「いくつか」持っている人はいても、
それでは
さまざまな故障に、対応できませんものね。
「ほとんど」そろってなければ。 |
パオロ |
部品の在庫リスト、
部品が欠品したときの調達先のリスト、
珍しい部品が必要になったときの
調達先の見当、
そして、
いちばん肝心な、修理のノウハウ。
それらは、どこに記されることもなく
「父のあたまのなか」にしかありませんから
誰かがゼロからはじめようと思っても、
たぶん、不可能なんです。 |
ウィリー |
廃業した同業者から
当時の設計図やパンフレットなどの資料も
たくさん、譲り受けていますし。 |
── |
そうか、他の修理業者が辞めるたびごとに
ウィリーさんのところへ
ユニバーサルにまつわる「いろんな情報」が
集約されてきた‥‥という面も。 |
ウィリー |
ありますね。 |
パオロ |
父はオリジナルの設計図のコピーを
持っていますので
どうしても手に入らない部品は
自分で作ったり、
加工したりもしているんです。 |
|
── |
あの‥‥ウィリーさんが
ユニバーサルのオートバイの修理をはじめた
そもそもの理由は、何だったんでしょう。 |
ウィリー |
それは‥‥「血」かもしれません。 |
── |
血。 |
ウィリー |
私の父が、農耕機械や芝刈り機、
ミシンなどを修理したり、
水道管を点検する会社を営んでいたんです。
頼まれれば、オートバイや自転車なども
修理していました。
私は、8人兄妹の長男でしたから、
父を助けて
その会社を盛り立てなければなりませんでした。
|
── |
なるほど、ええ。 |
ウィリー |
ですから、私が今の仕事にたどり着いたのも
そんな父の血が
自分の身体に流れていることの
証なのかもしれないと、思うことはあります。 |
── |
それじゃ、お父さんのお仕事を手伝うなかで、
ユニバーサルと出会ったんですか? |
ウィリー |
いえ、ユニバーサルのオートバイが好きだという
この気持ちは、もっと前‥‥
幼いころの弟との思い出から、はじまっています。 |
── |
ぜひ、聞かせてください。 |
ウィリー |
私には、1歳下の弟がいました。 |
── |
ええ。 |
|
いちばん左が、幼いころのウィリーさん。お父さんの仕事道具を囲んで。 |
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ウィリー |
私たちふたりは、
機械じかけのものをいじるのが、大好きでした。
バラバラに分解したものを、元に戻してみたり。 |
── |
男の子っぽい興味ですね。 |
ウィリー |
あるとき‥‥それは戦争中のことだったんですが、
家の納屋で、1台のオートバイを見つけたんです。
当時、私はまだ13歳くらいだったんですけど、
とても興味を惹かれ
「このオートバイを、動かしてみたい!」
と、強く思いました。 |
|
── |
ええ、ええ。 |
ウィリー |
でも、動かなかったんです。 |
── |
それは‥‥。 |
ウィリー |
理由については、
はっきりとは、わかりませんでした。
でも、そばにいた弟が
「ガソリンを買ってきて、入れてみよう!」
と言い出したんです。 |
── |
おお。 |
ウィリー |
当時、戦争中で物資が不足しており、
近所のガソリンスタンドは、閉まっていました。
そこで、薬屋さんへ
ガソリンを1リットル、買いに行ったんです。 |
── |
へぇー‥‥薬屋さんに、1リットル。 |
ウィリー |
そうです、ガソリンを、1リットル、
買いに行ったんです。
そして、ふたりでドキドキしながら
オートバイのタンクに入れてみると‥‥。 |
── |
‥‥ええ。 |
ウィリー |
動いたんです!(嬉しそうに) |
── |
やった!(笑) |
ウィリー |
そのことが、本当に嬉しかった。
あのときの「心がワクワクする感じ」は、
決して忘れることができません。 |
── |
その「ワクワク」が
84歳になろうとする今も、続いている? |
ウィリー |
だって
それまで動かなかったオートバイが
動いたんですよ?
今の私は、あのときの、ドキドキしていた
13歳の私から
ずっと、変わっていない気がします。 |
ウィリー |
そして、そのオートバイが‥‥。 |
── |
ユニバーサルだった? |
ウィリー |
そう。 |
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