── |
今は、デジタル一眼レフをはじめ
どんどん、性能のいいデジタルカメラが
僕ら素人でも買えるような値段で
出ていますけど、
富士フイルムさんの社名にもある
「フィルム」の絶頂期って、
だいたい、いつごろだったんでしょうか。
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吉村 |
カラーフィルムの需要のピークは
2000年くらいです。
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── |
あ、そんなに昔じゃないんですね。
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吉村 |
ほんの10年ちょっと前です。
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── |
そのころ、デジカメって‥‥。
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吉村 |
ありましたよ、もう。
150万画素とか、その程度ですけど。
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── |
富士フイルムさんというと大きな会社で
今では化粧品やサプリメントなど
他のいろんな分野に進出されていますが、
そのフィルムのピーク時に
吉村さんは、どのようなお仕事を?
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吉村 |
入社以来、
ずっと「感熱紙」の部署にいたんですが、
ちょうど、感材部という
写真の総本山みたいな部署へ
異動になったところでした。
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── |
じゃ、フィルムの「いちばんいいとき」に
フィルムやプリントのことを扱う部署へ。
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吉村 |
そうですね‥‥でも、2000年以降、
フィルムの需要は急降下していきますから
どちらかというと
デジカメが台頭するなかでの異動、でした。
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── |
ははあ。
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吉村 |
なにしろ、すでに2002年の時点で
どんどん普及していくデジカメの写真を
いかに
町の写真屋さんでプリントしてもらうか‥‥という
「ライジング大作戦」を
全社一丸となって展開していましたから。
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── |
需要のピークが2000年なのに
たった2年で、そういうキャンペーンを。
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吉村 |
それほどまでに
デジタル化の波は、すごかったんです。
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── |
でも、そんなデジカメ全盛の時代に
吉村さんは
「フィルムのインスタントカメラである
チェキを復活させ、売り上げをのばした」
と聞きました。
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吉村 |
徹底的に
「これからフィルムを使ってくれるのは
どういう人なんだろう」
ということを、研究したんです。
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── |
へぇー‥‥どういう人、だったんですか?
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吉村 |
たとえば、ひとつには
「フィルムにとって、ある年齢層の人たちが
キーになるんじゃないか」
ということに、気がつきまして。
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── |
ある年齢層。
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吉村 |
あの当時で
20代はじめから20代後半くらいの女性。
というのも、彼女たちって
高校生のとき、
自分たちなりの楽しみかたで
「写ルンです」を使い出した世代なんです。
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── |
ああ‥‥たしかに、そうですよね。
同世代なので、わかります。
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吉村 |
ヒロミックスさんが有名になったのも、
彼女たちの時代ですし。
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── |
いわゆる「ガールズフォト」が注目されて
まわりでも、盛り上がっていました。
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吉村 |
町に出れば「プリクラ」があちこちにあって
1998年には
さっきの「チェキ」も発売になりました。
それまで、「高校の写真部」といったら
男ばっかりだったんですよ。
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── |
そうでした、そうでした。
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吉村 |
こう言ってはアレですが、どっちかというと
「暗室で現像」的なイメージと言うか‥‥。
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── |
つまり「暗かった」と。
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吉村 |
‥‥趣味の世界、と申しましょうか。
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── |
‥‥ええ。
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吉村 |
でも、そのような状況だったところへ
クラスの中に、ポンっと
「写ルンです」が置かれるようになった。
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── |
明るく元気な女子高生のみなさんが、
使いはじめたんですね!
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吉村 |
それまで、彼女たちが
「自分たちで使ってもいいカメラ」は
なかったんだと思うんです。
でも「写ルンです」を見つけて‥‥。
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── |
「私たちが使ってもいいカメラ、
ここにあった!」と。
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吉村 |
彼女たちの通学カバンのなかには
いつも「写ルンです」が、入っていました。
話を聞いてみると
じつに、いろんな使い方をしていたことが
わかったんですが
結果的に、彼女たちって
「写ルンです」というアナログカメラを
もっとも「使いこなした人たち」
になるんです。
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── |
ええ、ええ。
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吉村 |
そのうえ、当時の「女子高生」というと
世の中に対して発信力がありました。
茶髪だったり、ルーズソックスだったり、
当時の日本のカルチャーを
ある部分では
たしかにリードしている人たち、でした。
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── |
そういう「元・女子高生」の若い女性が
「デジカメ時代のフィルム」にとって、
重要になってくるだろう、と。
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吉村 |
もうひとつには
クリエイティブな人たちといいますか、
感性の鋭い人が
フィルムを使ってくれるんじゃないか‥‥とも
考えました。
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── |
たしかに、使いそうですね。
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吉村 |
だから、安くして買ってもらうのではなく、
価値あるものを
こだわりのある人たちにアピールしようと。
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── |
なるほど、はい。
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吉村 |
そのためには、
まず、話を聞かなければと思って
誰かがフィルムを好きだと言ってる‥‥と
小耳に挟んだら、
とにかく、会いに行ったんです。
モデルの、東野翠れんさんとか。
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── |
取材へ行かれたんですね。
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吉村 |
なぜ、フィルムを使っているんですかと
あちこち、聞いて回りました。
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── |
どういう答えがありましたか、たとえば?
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吉村 |
明確な言葉になってはいないんですけど
でも「フィルムのほうが好き」と。
フィルムのファンって
こんなにいるんだと、再認識したんです。
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── |
でも「うまく言えないけど、好き」とか
「何となく選んじゃう」って
好き度としては、けっこう強いですよね。
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吉村 |
写真家さんにも、たくさんお会いして‥‥
なかでも、
m.s.parkさんには
いろいろ、アドバイスをいただきました。
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── |
ええ、ええ。
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吉村 |
あるいは、
当時、「カリスマ美容師」さんの感性が
鋭いと聞けば‥‥。
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── |
‥‥会いに?
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吉村 |
行きました。
そのかたのツテで
たくさんのタレントさんやモデルさんに
フィルムについて
いろんなお話をうかがうこともできて。
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── |
吉村さん、意外に突撃系なんですね‥‥。
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吉村 |
でも、みなさんのお話がきっかけで
「フィルムの楽しさって、何だろう」と
徹底的に考えることができたんです。
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── |
はー‥‥。
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吉村 |
撮ってからプリントが仕上がってくるまで、
長いじゃないですか、フィルムって。
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── |
はい、カメラを選んで、フィルムを買って、
撮って、写真屋さんに持って行って‥‥。
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吉村 |
プリントができるまで待って、
できたらたら取りに行って、
写真を選んで、1冊のアルバムをつくって。
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── |
長いです。
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吉村 |
「撮って、見る」部分だけを取り出せば
たしかに、デジタルのほうが便利ですけど、
その「長いプロセス」自体を
ぜーんぶ、楽しめるシステムにできたら?
逆に、ものすごい「強み」になる。
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── |
たしかに、デジカメには無理ですもんね。
その部分は。
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吉村 |
フィルムには個々に特性があるんですけど
それを選ぶ楽しさ、
写真をワクワクしながら待つ楽しさ、
プリントしだいで
写真に、いろんな風合いを出せる楽しさ‥‥。
デジタルの波がものすごいといっても
「フィルムの楽しさ」って、
僕らの工夫次第で
まだまだ見いだせるんじゃないかと。
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── |
フィルムの楽しさ、ですか。
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吉村 |
ええ。
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── |
これだけデジカメが広まっている時代に
「フィルムの楽しさ」を考える仕事って
はたから見てると
とてもチャレンジングというか、
何だか、
すごくおもしろそうな気がします。
実際は、大変だと思うんですけど‥‥。
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吉村 |
思い通りにならないこととか
もちろん、たくさんありましたけれど
でも、楽しかったですよ。
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── |
今日は、チェキという、ほとんど唯一
「デジカメ時代に売れてるフィルムカメラ」を
プロデュースしてきた吉村さんに、
ぜひ、「フィルムの楽しさ」について
うかがいたいです。
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吉村 |
よろしくお願い致します。
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── |
ちなみに、吉村さんご自身は、カメラは‥‥?
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吉村 |
やはり、写真に携わる以上、
フィルムもデジタルも、両方やっています。
「フィルムの総本山」に異動したときは
子どもが小さかったこともあって
とにかく、あり得ないくらい撮ってました。
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── |
あり得ないくらい!
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吉村 |
デジカメの写真も、いちいちプリントして。
デジタルとかフィルムとかに関わらず
とにかく
いちばん詳しくなりたかったんです。
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── |
カメラとか、写真に。
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吉村 |
そのためには
「とにかく撮る」のが近道だと思って。
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── |
なるほど。
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吉村 |
結果として、年の瀬に振り返ると
写真がいっぱい、溜まっているわけですよね。
でも、その年のアルバムをつくろうと思って
「いい写真」を選びだすと、
結局、ほとんどフィルムの写真になる。
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── |
はー‥‥。
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吉村 |
同じシーンを、フィルムとデジタル、
両方で撮ってますから
ほとんど、同じような写真なのに。
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── |
フィルムで撮った写真を選んじゃう理由は
何だったんでしょうか。
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吉村 |
もう、感覚的なことでしかないんですが。
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── |
ええ。
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吉村 |
やはり「よさ」が、ぜんぜん違う。
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── |
よさ。
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吉村 |
プリントになったときのうれしさが、
ぜんぜん違うんです。 |
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<つづきます> |