BIKE
ぼくの自転車ができる。
生意気ですけれど、やらしてくらさい。
糸井重里オリジナルの自転車が作ってもらえるのだ。
仮称「darling special」。制作のプロセスを報告するよ。

おなじみの「婦人公論・井戸端会議」で、
テーマを自転車に決めた時から、野望はあった。
長沼さんというプロの自転車の名人がゲストだ。
あわよくば「ぼ、ぼくの自転車をつくってくらさい」と、
おそるおそる提案してみようと思っていた。

案ずるより産むがやすし。
長沼さんは、座談会の終わるときに「いいですよ」って!

それから、長沼さんのお店(開発室でも工房でもある)に
お邪魔して、どういう自転車がほしいのかを話し合った。

※座談会は10月22日号の雑誌「婦人公論」に掲載されました。

ついに完成しました!

できた、できましたよ〜〜〜!
ついに鼠穴にdarling specialが納品されました!
darlingが長沼さんとお会いしてから約3ヶ月、
実際に製作を開始してからは約2ヶ月。
ついにdarlingの自転車が完成したのです。



納品されたのは12月のある寒い午後。
自社のバンにdarling special(街乗り用)と、
その兄弟機であるdarling special林道用
(この兄弟機は、長沼さんが実験的につくったもので、
長沼さんのショップ「自転車専科」の所有となります)
を積み、長沼さんが鼠穴にやってきてくださいました。

まずは、ディテールをご覧ください。


「遊びでつけました」というドリンクキャリア。
なーんと、チタン製。


街乗り用(左)と林道用(右)は
タイヤが違います。街乗り用は泥よけもついてます。


さらに、ハンドルの高さが違うんですよ。


林道用にも乗ってみるdarling。
わざと段差を越えてみたりして。


これってオランダの革製品なんだって。
最初はイタリア製のシャープなタイプ
(上の写真の林道用についてるものです)だったんですが
ゆったり乗るためのかけ心地を重視した結果、
こちらに変更になりました。



こうした部品のひとつひとつすべてに
「選ばれた理由」があるんですよ。
くわしくは、末尾の仕様書をごらんくださいね。


さ・て。
その日はクルマ通勤だったdarling、
鼠穴にこのチャリを置いていき、
翌日の夜中に南青山の自宅まで乗ったのが
“初長距離運行”。
感想は、どうでしたか?

処女走行の記。

あ、タイトル、ちょっと気どっちゃった。

青山5丁目から、東麻布の鼠穴まで、
わたしは毎日クルマで通っている。
距離にしたらたいしたことはない。
3キロくらいのものだ。
いや、計測したことはない。
クルマのメーターを見ればすぐにわかるのだが、
そのことをあらためてしようとも思わない。
いや、しようと思っても忘れてしまうのだ。
3キロくらいだと断定したところで、
誰かに被害をあたえたりするものだろうか。
開き直っているのだが、それはそれでよいではないか。
よいではないか、というセリフは
地位のあるものが、目下に向かって発することが多い。
逆のケースもあることはあるのだろうか?
御殿女中が、殿様に向かって「よいではないか」・・・・。
あるかもしれないなぁ。
いまのわたしが考えつかないだけで、
あるのかもしれない。
SMごっこなんかやっていたら、ありうるなぁ。
でも殿様のいた時代にSMごっこは、たぶんないだろう。
待てよ、あったかもしれない。
長崎出島などを経由して、
地方大名のところに「えすえむごっこ」などという
地下本が伝来していた可能性もある。
眠くて頭がぼけてきたので、
自分でも何のためにキイボードを叩いているのか、
わからなくなっている。

そうだった、自宅と鼠穴の距離のことだった。
これは、もう、3キロと決めておこう。
仮に、でいいから、3キロということにさせてくれ。
3キロといえば、新生児くらいの重量だ。
ちがうちがう。重さの単位ではなかった。距離だ。

この距離を時間で表現すれば、
出勤の時間帯にはクルマで約20分、
帰りは夜中なので5分かそこらといったところである。

鼠穴に届けられた長沼さん製作の自転車、
「darling special」は、
こんな距離を走るために作られたものである。

ある夜、わたしはこのスペシャルにまたがって、
深夜の帰宅をしようと決意した。
この日は、昼間の仕事がタクシー移動でスタートして、
その足で仕事場に来てしまったため、
鼠穴にクルマがなかったのである。
しかも、3キロ(まただよ!)以上もある
パワーブックG3も、自宅の電源につないだままだった。
つまり、背中に荷物を背負い込む必要もない。
「こいつぁ、自転車にもってこいの夜だぜ」
大泥棒のようにぼくは見得を切って、
漆黒の自転車の処女走行を決行した。

長沼さんの説明によると、
「軸がまっすぐ出ていると、
ペダルを踏んでいても軽く感じる」のだという。
その感じを味わおうと、足を踏み出す。
ほんとだ。
ギアをロー寄りに設定してあったせいなのかと、
一段二段と、あげてみても、軽さは失われない。

足を回転させることに力を加えている感覚がない。
平らな道については、何もしなくても前に進む。
いや、そういう言い方は誇大に聞こえるだろうなぁ。
何もしないはずがないのだから。
しかし、ほんの少しの詩的飛躍を許していただければ、
わたしはあえて、その表現を訂正しないでおきたい。

すげぇものですぜ、よくできた自転車ってものは。
走る、止まる、曲がる、についてのストレスは、
まったく感じない。
自慢ではないが、わたしは運動不足の頭領のような男だ。
少しでも筋肉を使ったら、もうそれだけで、
「やめろや、にいちゃん」と、脳が指令を出す。
しかし、筋肉への負荷が感じられないので、
脳のほうも、放任してくれているようだ。
息もきれず、力も入れず、麻布十番の商店街を
散歩気分で通りぬけていったわたしだが、
その後に自分で「テストコース」を想定していた。
知らない人にはなんの意味もない地名を出すけれど、
麻布十番から、旧テレビ朝日通りに抜ける、
城南小学校の横の坂道を走ろうと考えていたのである。
この道は、以前、真冬に自転車で登って
ひどい息切れを起こし頭痛までしてきて、
二度と自転車に乗るまいと、わたしに言わせた道だ。

この坂道まで、ストレスなくのぼれたとしたら、
この自転車は、もはや自転車と呼ぶことすらできない
魔法の乗り物であると言わざるを得ないだろう。

しかし、自転車は自転車である。
いかにわれらが「darling special」をもってしても、
この『頭痛坂』は、難関であった。
ギアをいちばん小さな組み合わせにして、
ペダルを強く踏むことなくのぼろうとしたけれど、
それでも、うれしい坂道ではなかった。

だが、息は荒くなったけれど、
息切れというにはほど遠く、考えてみれば、
立ち漕ぎで勢いをつけたり、
勾配をごまかすためのジグザグ走行もせずにすんだ。
これは、わたしには、やはり驚きだった。

少しばかり乱れたわたしの息は、
その後、フジフィルム下のだらだら続く坂を
だらだらのぼるうちに整ってきて、
表参道に到着したときには、またもとの
何もしなくても走る状態に戻っていたのだ。

思えば、青山5丁目から東麻布までの道のりは、
長い長い坂であった。
まさしく、往きはよいよい帰りはつらいのだ。
その帰りのほうで処女走行を敢行してしまったのは、
失敗だったかもしれない。
しかし、つらいほうの走りで
この程度のつらさだというなら、
詩的跳躍を許していただけるならば、
「ちっともつらくない」と言っていいくらいであろう。

真夜中の3時ごろ、自宅に帰った「ほぼ日」の人は、
十階までエレベーターで自転車を運び(軽いからね)、
室内にまで招き入れ、トイレの前の廊下に飾って、
邪魔だけどなぁと思いつつ、毎日鑑賞している。

これで、試乗記になっているとも思えないけれど、
もうちょっと乗ったら、もっといろいろわかりそうだ。
ただ、いい自転車ってものは、
ふつうの自転車とかなり違うものなのかもしれないと、
長沼さんがにんまりしそうな感想を持ったのは事実だ。
たいしたもんだよ、ほんと。





darling special 仕様書(コメント:長沼さん)

品名 サイズ 材質 特徴 (メーカー名)
フレーム&
フォーク
560mm アルミ合金 7N01
(7005)
アルミ材料は古河電工にオーダー
合金比率はメーカー各社のうち
一番高い高強度であるが
加工が難しい
ヘッドベア
リング
ユニット
1吋ねじ式 アルミ合金 タンゲ精機製 レビン
鋼球の当たる部分(摺動部)は
矯正研磨が施されている
クランク
シャフト&
ベアリング
1. 37X
24山
アルミ合金&チタンシャフト タンゲ精機製
工業用ラジアルベアリング使用
軽さと精度、強度共に良好
タイヤ&
チューブ
700X
28C
  ナショナル パセラLX
チューブ フレンチバルブ
リム 700C アルミ アラヤ RC−540H32
スポーク 15番 ステンレス バテッド加工
両端のみ太くなっている
ハブ   アルミ合金 シマノ製 97年製細身XT
(ワインのあたり年のように
 その年度により良質な製品が
 だされる)
フリー 7段   シマノ製11−28歯数
泥除け   アルミ 本所工研製
細身で綺麗な鏡面研磨
クランク 170mm アルミ合金 シマノ製ティアグラを
42歯数にして
センカ(自社)製
アルミギヤカバーを鏡面加工
ペダル   アルミ メーカー名不詳 軽くすべらず
使いやすい、台湾製と思われるが
良心的価格である
変速機 リヤ アルミ シマノ製ソラロード用
RD-3300―SS
価格は安いが軽く耐久性あり
変速レバー 7段   シマノ製TY−R
作動速度は普通だが
確実性と耐久性有り
ブレーキ Vタイプ アルミ シマノ製アセラVブレーキ
普及タイプであるが
軽く調整しやすく
700Cにフィットする
(ききすぎない)
ブレーキレバー     シマノ製アリビオBL−MC18
本質的な機能を押さえた設計、
良質
ブレーキ
ワイヤー
  ステンレス 日本フレックス工業製
外径を0.1mm少なくして
複撚り線にすることにより、
しなやかで軽い引きが実現した
ハンドル   アルミ 日東ハンドル製B853黒
ハンドル
ステム
  アルミ合金
7N01
センカ(自社)製、
意図している寸法の
出せる製品は世の中にないため、
そのような場合は
自社にて特製する。
バーテープ   本皮 フジタサドル製
バーエンド   チーク材 エスペランサ製 昔20年ほど前
趣味のパーツを個人で
各種製造していた
サドル   チタンベース イタリア、VUELTA製 230g
現在はオランダ製レッパー社の
本皮製のクッションの
良い物に変更
1300gあるが軽さより居住性?
に重点をおいた。
サドル
ピラー
27.0 アルミ メーカー名不詳
軽く位置が低くなるので採用
(サドルにばねが
  沢山入っている為
 位置が10cm程高くなった為)
ライト ハロゲン球使用   なかなか雰囲気にあうものがなく
苦労しているパーツの一つ
キャッツアイHL―500メッキ製
キャリヤ     鉄パイプ製、黒めっき
オリジナルのアルミパイプ製を
製作したかったが、
開発期間が相当掛かりそうなので
断念、軽く機能もよいのだが、
この部分のみ心残り、
近い将来開発したらば交換予定。

それではひとまず、「ぼくの自転車ができる」は
これにて完結です。
長沼さんは、このdarling special的な自転車を
これから一般販売していきたいと考えているそうですよ。
またほぼ日紙上で、スペシャルなお知らせを
お届けできる日が来るかもよ!?

※なお、長沼さんの「自転車専科」のサイトは
http://www.senkabike.co.jp/ですよ!

2000-12-14-THU

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いままでのタイトル

2000-10-16  糸井重里に必要な自転車とはどんなものか。
2000-10-24  長沼さんからの提案
2000-11-05  長沼さんからの手紙
2000-11-13  車体ができた!
2000-11-20  長沼さん、鼠穴に来る
2000-11-25  完成車を組み立てる(長沼さんからの手紙)