芳賀 |
源内の時代っていうのは、そういうふうに、
日本人の精神が、ひじょうに活気を
帯びてきた時代なんですね。 |
糸井 |
あぁ〜。 |
芳賀 |
古い儒学に縛られた、四角四面で明窓浄机で、
っていう時代ではなくなってきて。 |
糸井 |
和風のルネサンス‥‥。 |
芳賀 |
人間のルネサンスですね。
人間の感情をそのまま認めるというようなふうに、
本居宣長が説くわけです。 |
糸井 |
ああ、ああ、そうかそうか。 |
芳賀 |
ええ。で、眠たきゃ眠りゃあいいんだ。
それから、男が女を好きになり、
女が男を好きになる、
それがほんとうの人間の姿だって、
そんなもの排除したり無視するのはインチキだと、
そういうことを本居宣長はいうわけですよ。 |
糸井 |
それ、大革命ですよね。 |
芳賀 |
大革命ですよ。まさにルネサンスなんですよ。
人間の感情を、そのまま容認し、
かつそれをいいものとして認める、評価する。
それで蕪村の俳句なんかも出てくるわけですね。 |
糸井 |
そっか、そこで蕪村が。 |
芳賀 |
繋がってくるんですね。
だから蕪村の中には、なんだっけな、
「花を蹈(ふみ)し草履も見えて朝寝哉」。
花を踏んできた草履が見えて、
家の中でまだ朝の9時半かなんかかな、
まだ朝寝坊してらっしゃる。
源内が京都の木屋町の宿屋で、
大阪から京都の花見に来た人を
訪ねてったんですね。そしたらまだ、
もう陽がカンカンなのに、
夕べ遅くまで花見をしてきたらしくて。
その花見をしてきた花びらがくっついた草履を
ひっくり返したまま玄関に脱いで、
奥の方で朝寝坊をしてらっしゃる。 |
糸井 |
見事に‥‥。 |
芳賀 |
「花を蹈し草履も見えて朝寝哉」って、
こういう朝寝坊を讚える俳句なんていうのは、
これは、世界最初ですよ。 |
糸井 |
すごいですねぇ‥‥。 |
芳賀 |
中国にもない、フランスにもない。
フランス、少し出始めてきたかな。
イタリアでは、もうちょっと前から
あったかもしれない。
朝寝坊というか、無為にしてるとかね、
プラ〜ンとしてる。それが悪くない。
ファール・ニエンテ。
ニエンテっていうのはナッシング。
ファールっていうのはドゥ。
ドゥ・ナッシング。
それがいいことだ、ドルチェなことだ。 |
糸井 |
中国だと、もっと酔生夢死みたいになっちゃう。 |
芳賀 |
朝寝坊とか、遅くまでお花見してきて、
くたびれて寝てるっていうのは、
まことに風流だと。
花とか月とかのために、仕事もやめ、
こんな対談もやめてほったらかして、
花見に浮かれてしまう。
それが風流というものだ、
っていうような言葉を、蕪村は、
その今の俳句に
前詞(まえことば)にして。 |
糸井 |
はぁ〜‥‥。 |
芳賀 |
あれは、同時代ですよね。 |
糸井 |
思想ですよね、もうね。 |
芳賀 |
ね、思想ですよ。やっぱり国学の思想は、
そこなんですね。 |
糸井 |
大思想ですね。 |
芳賀 |
だから本居宣長は言ったんです。
万葉集を見れば、古代の万葉の人々は
こういう、おおらかな、
儒学に縛られない心を持っていた。
神様を尊んでいた。
だから、源氏物語を見ても、
男が好きになり、女が好きになり、
あれが人間のあるがままの姿であると。
それが、それこそが文学を深くし、
豊かにするものだと。 |
糸井 |
それを発表して大丈夫だっていう時代なんですね。 |
芳賀 |
うん、もちろん、もちろんそうです。
1750年代以降ですね。
江戸の方には源内がいて春信がいて、
杉田玄白がいて司馬江漢がいて、
春信のあとに清春が出てきて歌麿が出てきて、
北斎もそろそろ活動を始めるという
時代ですからね。
西と東と両方合わせて、非常に面白い時代です。
あの時代に、良きにつけ悪しきにつけ、
日本の近代ってものが始まったと思ってます。 |
糸井 |
あぁ、あぁ! |
芳賀 |
近代的な精神。つまり不安定で、実測できない。
自分で自分に満ち足りることのできない精神。
だからつまり、いつも不安で、動いてる精神。
それが、1760年代、70年代。
源内や蕪村、上田秋成、杉田玄白、鈴木春信。
それから、伊藤若冲。 |
糸井 |
あ、若冲もそうですね。 |
芳賀 |
ええ。ああいう時代に、東も西も出てくる。
それが日本の近代精神の、最初の発現であって。
それ以前はね、まだやっぱり儒学に縛られたり、
吉宗みたいな殿様が押さえたりしている。
ところが、徳川吉宗は、1751年に死ぬんですね。
とたんにね、タラァ〜ンとなってね、日本社会が。
あれ、不思議ですねぇ。 |
糸井 |
面白いぐらい変わったんですね。 |
芳賀 |
そう、明治天皇が亡くなって大正になると、
トロォ〜ンとなりますね。
ちょうどああいう感じで、
吉宗が亡くなった1751年。
将軍やめてもまだ見張ってましたから
みなさん油断できなかった。
でも51年にほんとに死んじゃうと、
あんまりパッとした将軍がいなかったし、
みんなトロォ〜ンとして。
そういうところで人間解放が
ウワーッと吹き出てきて、
その中に源内が入ってきて、
源内がまた、そういう時代を受けながら、
また、その時代を推し進める。
で、そのそばに玄白も司馬江漢も鈴木春信も
上田秋成も円山応挙も伊藤若冲も一緒に、
走ってる。 |
糸井 |
オールスターキャストですよね。 |
芳賀 |
ねぇ、そうでしょ?
あの時代は要するに、
明治維新よりも面白いわけですよ。 |
糸井 |
面白いです。
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