ほぼ日 |
円山応挙の絵を見ていると、
人柄のよさというか、愛された人だろうなあと
思わずにいられません。 |
江里口 |
のちの人が応挙のことを
「人たるも温雅愛すべし」と言いました。
人柄が、とても評価されているんです。
それとあと、やっぱり絵を見ても、
当時、犬とか雀とか回りにあるものを
こんなにまで描いた人はいないんですよ。 |

『狗子図』(部分)円山応挙 個人蔵
|
ほぼ日 |
いないですよね。
僕もそれは驚いたんです。
西洋ではセザンヌがリンゴを描いたとき
たいへん驚かれたんですよね。
それまではリンゴや、
あるいはただの風景なんて、
デッサンとか習作でしかなかったものを、
これが作品ですって言ったのは
セザンヌだったんですよね。
でもセザンヌにしても
「ひまわり」のゴッホにしても
19世紀の半ばです。
応挙の生きた時代は18世紀の半ば。
簡単に比べることはできないでしょうが、
印象派より100年早く、
こういうのを描いてるんですよね。
当時の日本でも
やっぱり子犬って掛け軸にするような
ものではなかったそうですよね。 |
江里口 |
そうですね。
それがまた応挙は
いっぱい描いてるんですよ。
今回の監修の佐々木先生が書かれた
応挙研究の図録が資料としてあるんですが
戦前の売り立て目録も載っていて、
いっぱい幻のものがあるんです。
そのなかに本当に犬の絵が多いんですよ。
私が本当にびっくりしたのは、
屏風なのに犬がたくさんっていう、
とても信じられないものがありました。 |
ほぼ日 |
屏風の伝統にはないことなんですね。 |
江里口 |
しかもこの転がり具合とか、
この動き見てください。
(古い図録を見ながら)
もう。ワンちゃんがいっぱいで。
|
ほぼ日 |
今回の展示にも、そういう動きのある
犬の絵は出品されていますね。 |

『雪中狗子図』円山応挙 個人蔵
|
ほぼ日 |
これ、依頼した人に
「描いていいですか」って言って
描いるんでしょうかね。
勝手に描いちゃった感じですよね。 |
江里口 |
頼まれたものであるにしても、
‥‥でも、そんなに犬のリクエストが
あったかどうかは、疑問ですよね。
過去の図録に載っているもので、
犬の屏風などは、
今行方不明になっていて、
今回は展示できなかったんですけれどね。 |
ほぼ日 |
戦争で焼けたかもしれないですね。
ちなみにこれ(過去の図録を見て数える)は、
30匹? あ、31匹いますね。 |
江里口 |
31匹ワンちゃん勢ぞろいって感じです。 |
ほぼ日 |
よほど犬が、それも仔犬が好きだったんだ。 |
江里口 |
面白いのは、ちょうど重要文化財の
雨竹風竹図を描いたのと同じような頃に
こういうものまで描いてたことです。 |

『雨竹風竹図(右隻)』(重要文化財)円山応挙 圓光寺蔵
|
ほぼ日 |
自由ですね! |
江里口 |
自由ですねえ! |
ほぼ日 |
もう、狩野派っていうんじゃないですね。
狩野派のテクニックは修得してるけど、
自分の流儀を通してる人なんですね。 |
江里口 |
そして犬を屏風にしてしまうには
自由な発想を持ってないとできない。
斬新ですよね。 |
ほぼ日 |
あと、依頼者も「これでいいよ」って
言ったのがすごい(笑)。
普通は、それこそ孔雀とか鶴亀とか松とか。 |
江里口 |
熊と犬、鶴と犬、うさぎ、
いろいろ描いているんですよ。 |
ほぼ日 |
‥‥丸いものが好きなのかなあ? |
江里口 |
そうですね(笑)。
犬は犬でも、仔犬ですからね。
耳がたれていて、まんまるで。
かわいいものが好きだったんですよねえ。 |
ほぼ日 |
かわいいのと、
あとものっすごい動き回るから、
描くのは大変だと思うんです。
それだけにチャレンジとして
おもしろかったんじゃないのかなあ、
描くのが。
一瞬の動きを止めて
描くっていうようなことが。 |
江里口 |
そうなんでしょうね、描くのが。
だから犬でもね、
じっと座ってるんじゃなくて、
はねたり、じゃれたりしています。 |

『柳下狗子図』円山応挙 大乗寺蔵
|
江里口 |
ほかにも、行方不明のもののなかには、
卵の入った器のそばで、
お腹いっぱいになって
ひっくりかえっているネズミを描いた
掛け軸がありますよ。
割れた鏡餅をネズミがかじっている絵も
あったようです。 |
ほぼ日 |
ユーモアがある! |
江里口 |
あるんですよね。
そしてすごく物に対する愛情がある。
やさしい。 |
ほぼ日 |
やさしいですよね。
応挙の描く人物は、
顔が全部やさしいんですよ。
全体を見てて、そう感じました。
もちろん、悪人を描いたものは
悪人らしい悪相なんですけどね。
でも普通に描いてるものは
全部優しい顔をしていました。 |

『布袋図』(部分)円山応挙 個人蔵
|
江里口 |
鳥でも親子の鳥とか、ひなを描いたりとか、
やっぱり何かかわいいものがありますね。
舌を出した犬なんて、
この時代ではちょっと珍しいですよ。 |

『狗子図』(部分)円山応挙 個人蔵
|
ほぼ日 |
珍しいですよね。応挙のあとにも
あんまりないんじゃないですか? |
江里口 |
ないですよね。 |
ほぼ日 |
それから応挙は、
ヌードデッサンを描いてますよね。
驚いたのは、ヘアヌードなんです。
東京展には出ていないものも
図録に載っていましたね。
これは作品ではなくて、
練習みたいなものなんですか? |

『人物正写惣本』円山応挙 天理大学附属天理図書館蔵
*東京展には出品されていません。
|
江里口 |
これはパトロンの円満院佑常が
注文したものです。
画中に色の指定が
書かれているところがあるので
絵手本的な性格があるかもしれません。 |
ほぼ日 |
身長がどのくらいでどんな人で、
みたいなことがちっちゃーく
メモしてあるんですよね。 |
江里口 |
ええ。ちょっと危ないところもあったりとか。
若い男の子が。 |
ほぼ日 |
子どもが、おちんちんを触っているところ。
‥‥これ、モデルがいたんだろうか。
ちょっとやってごらんって
描いたのかなあ(笑)。
すみません、下世話な興味ですが。 |

『人物正写惣本』円山応挙 天理大学附属天理図書館蔵
*東京展には出品されていません。
|
江里口 |
どうなんでしょうね(笑)。
でも、応挙のことだから
実際にモデルがいたのではないかしら。 |
ほぼ日 |
いたんですかねえ。
それにしても応挙の動態視力って
すごいですよね。
とくに子犬で思ったんですけど、
絶対に転げ回って一瞬たりとも止まらない
子犬をあれだけ描けるなんて。 |
江里口 |
そうかもしれないですね。
鳥の絵でも本当に一瞬飛び立つ瞬間を
描いたものもあるんですよ。
よく写生をして、
飛んだらどこの羽が動くとか
そこまで観察して描かないと
描くことはできないはずなんです。 |

『琵琶湖宇治川写生図巻』(部分)円山応挙 京都国立博物館蔵
|
ほぼ日 |
応挙はそういうテーマを
全部自分で考えて作って、
しかも芸術家っていうよりも
ちゃんとお金をもらう職人として
認められるように
きっちり折り合いを付けてきたんですよね。
人物画も、裸も描いてその上に
着物の線を描いたりしてたんですよね。
あれは人に教えるために描いたものなのかな? |
江里口 |
ではなくて自分が学ぶために。 |
ほぼ日 |
あ、自分で!
解剖学的に描くんですよね。
人の身体はこうだから、
こっちの方向に進むときに
腕はどう振られて、
着物はどっちに流れてく。
みたいなことを描いてる絵があって、
たいへん驚きました。 |

『四条河原納涼図画稿』(部分)円山応挙 個人蔵
|
江里口 |
これはちゃんと身体の構造と骨のつき具合とか、
たぶん解剖学的な興味もあって、
人物の裸の絵で、年によって筋肉の落ち方が
違うっていうことを写生しているんですね。
それに着物を着せると
着物の形が微妙に違うとか、そういうことまで
表現したかったんでしょうね。 |
ほぼ日 |
そんなふうにして自分の技術をみがき、
自分の題材を見出して、
お仕事をしていくわけですよね。
|