2017年6月、あまり聞き覚えのなかった
昆虫の名前が、一躍話題になりました。

「ヒアリ」という特定外来生物のアリで、
その体には毒を持ち、凶暴な性格から、
煽り立てるような報道が今も続いています。

でも、実際のところ、
ヒアリって本当に怖い虫なのでしょうか?

理解がまだ深まっていないヒアリがどんな虫で、
どういった影響を与える可能性があるのか、
26年間アリの研究をされている、
九州大学の村上貴弘准教授にお話を訊きました。

担当は、ほぼ日の平野です。

※インタビューは、7月上旬に行われました。

ヒアリについてのお話を
村上貴弘さんに訊けることになったのは、
村上さんご自身のリクエストによるものでした。

もともとは、2017年8月に発売する
『ほぼ日手帳公式ガイドブック2018』で、
村上さんがお使いのほぼ日手帳についての
取材を終えたあとにいただいた、
一通のメールがきっかけでした。

(2017年6月某日)

ほぼ日 平野様

九州大学の村上です。
ほぼ日手帳の取材では大変お世話になりました。

さて、もしかしたら目にしたかも知れませんが、
先々週末、マスコミ各社のセンセーショナルな報道に
巻き込まれてしまいましたが、
大好きなアリをあのようなままでは、
皆が憎む対象としてしか
見なくなってしまうのではないかと、心配しております。

ほぼ日さんとは毛色が違う理系のお話にはなりますが、
もし可能ならば「正しく恐れるためのヒアリ講座」のような
ページをほぼ日で掲載してもらえないかどうか、
お願いのメールでございます。

村上貴弘

ーー
福岡からお越しいただき、ありがとうございます。

テレビやネットを見ていると、
ヒアリのことでいろんな情報が出ていて、
「本当のところはどうなの?」と
気になっている人も多いと思うんです。
村上
ええ。そうですよね。

芦屋や神戸にヒアリが侵入してから、
私もいろいろと大変な思いをしました。

ーー
いきなりのニュースでヒアリを知って、
本当にまだ、知らないことばかりで。

アリを専門に研究されている村上さんから、
ヒアリとはどういう生き物なのか、
ということを教えていただけますか。
村上
はい。わかりました。

よろしくお願いします。
ーー
さっそくですが、村上さんは
すでにヒアリに刺されたことが
あると伺ったのですが。
村上
はい、あります。

世界各地で、60回ぐらい。
ーー
えっ、60回!
村上
そうなんです。
ーー
あの、ぼくの勝手なイメージですが、
アナフィラキシーショックって、
複数回刺されたら危ないというイメージで。

60回も刺されて、大丈夫なのでしょうか。
村上
大丈夫じゃなかったことが2回ありましたね。

軽いショック状態になりましたが、
刺され方や、体調によっても
症状が変わってくるものですから。

ーー
そのヒアリが、ついに日本で発見されました。
村上
ヒアリの対策についていえば、
やっぱり定着だけは避けたいです。

ヒアリ対策でいちばん失敗している国が、
アメリカなんです。

駆除のタイミングを見誤ったこともあって、
いまでは年間5,000億円ほどの
経済被害が報告されています。

ーー
経済被害というのは、具体的には?
村上
ヒアリは雑食なので、
まずは農作物への「食害」ですね。

それから牧場にいっぱい巣をつくるので、
牛が刺されて、お乳の量が減ったり、
子牛を刺し殺したりすることがあります。
ーー
農業への被害ですね。
村上
あと、ヒアリは電気設備が好きで、
モーターとかトランスとか、
ちょっとあたたかいところが好きなんです。

ヒアリがそこにワーッと入って、
機械をショートさせてしまう。

だから、アメリカの南部に行くと、
いろんなところにヒアリの駆除会社があります。

庭にヒアリの巣があると、
不動産価値が下がってしまうので。
ーー
アメリカでは、
そんなにもヒアリが広まってるんですか。
村上
そうですね。

もう、いろんなところに
「ファイヤーアント」という
駆除会社がありますから。
ーー
「火のアリ」ってことですね。
村上
漢字では「火蟻」と書きますからね。

ヒアリに刺されると、火がついたように痛い。

線香の先を押し付けたような痛みですね。

スズメバチみたいな神経毒ではないのですが、
自分の中での「痛みランキング」でいうと、
うーん‥‥、真ん中ぐらい(笑)。
ーー
もしかして、村上さんは
スズメバチに刺されたことも?
村上
ありますね。
ーー
当然のように‥‥。

あの、ちなみに他には?
村上
パラポネラという世界最大の
ハリアリに刺された時はかなり痛くて、
手がグローブみたいに腫れちゃいました。

九州大学比良松道一氏提供

ーー
ああ、そんなにも。
村上
アギトアリに刺されたときは、
左手の薬指が腫れちゃって、
ちょうど結婚指輪のところが鬱血してしまった。

どうしようもないから、指輪をペンチで切りました。

妻にはちゃんと経過写真を見せて、
「こういう事情があって切りました」って。

じゃないと、怒られちゃうから(笑)。

ーー
その報告は大事ですね(笑)。

村上さんがふだん研究されている
ハキリアリにも刺されているんでしょうか。
村上
ハキリアリは毒針を持っていなくて、噛むんです。

アリはハチと同じ祖先から枝分かれしていまして、
より原始的なアリには針があって、
ハキリアリのように進化したアリは、
針を捨てちゃったんですね。
ーー
あ、そうなんですか。

ということは、
ヒアリはアリの祖先に近い?
村上
そういうことですね。

ヒアリはまたちょっと事情が違っていて、
ヒアリは体の中で、アルカロイドという
毒をつくることができるんです。
ーー
アルカロイドというのは?
村上
アルカロイドは植物毒のことです。

トリカブトなどに含まれているのも
アルカロイド系の毒です。

普通、動物は体の中で毒をつくれないのですが、
ヒアリはなぜだか、毒をつくれちゃう。

魚のフグも毒で有名ですが、
あれは自分でつくっているわけじゃなく、
微生物を体に溜めこんで、
その微生物がアルカロイドを出すんです。

だから、養殖のフグには毒がありません。

ヒアリは、どこにいても自分で毒をつくれてしまう。

そこがやっかいなんですよね。
ーー
そもそもヒアリって、
どこに生息していたアリなんですか?
村上
アルゼンチンとブラジルの国境にある、
イグアスの滝の周辺が起源です。

近くにパラナ川という大きい川があって、
その川の側の、ちょっと赤土が露出したような、
すごくマイナーなところで生息するアリです。

というのも、近くの森の中には、
ハキリアリとかグンタイアリとか、
エース級のアリがひしめき合っていて、
そんなに強くないヒアリは、森の中にすら入れない。

ーー
えっ、ヒアリって弱いんですか?
村上
アリ同士の戦いにおいては弱いんです。
ーー
弱いけれど雑食だから、森がダメでも、
人間の生活しているところだったら‥‥。
村上
生きていけるということです。

もうちょっと付け加えると、
パラナ川は雨季と乾季で
水位がすごく変化する川なんです。

で、水位が上がると、
ヒアリの巣は川に破壊されるので、
ヒアリたちはみんなで
アリの「いかだ」をつくります。
ーー
アリの、いかだ‥‥。

どうやってつくるんですか。
村上
働きアリ同士で足の爪を引っ掛け合って、
いかだのようにして川を流れていくんです。

そのいかだの上に女王アリと幼虫・卵を乗せて、
ワーッと川に流されていく。

で、また適当なところに上陸して、
そこに巣をつくるわけです。
ーー
流されたところで、また新しい巣をつくる。
村上
ヒアリは新しい環境に適応したり、
移動・分散するのが得意な種なんです。

だから、公園とか道路脇とか、
いわゆる裸地(らち)の環境に
すごくよく適応してしまうんです。

ーー
そう聞くと、人間がヒアリの生息地を
用意しているようにも思えますね。

ちなみにヒアリの性格は、どうなんでしょう。

よく「凶暴」というのを聞くのですが。
村上
かなり凶暴。

でも、現地じゃ全然たいしたことないです。

それと、ヒアリが増えた原因には、
性格も関係していまして。
ーー
どういうことでしょう。
村上
ヒアリのもともとの生息地では
「1つの巣に女王アリが1匹」

というタイプがメインだったんです。

そういうタイプは、仲間意識がすごく強くて、
ヒアリ同士でも、巣が増えるのを牽制し合います。

ところが、アメリカに上陸した時のヒアリは、
「多女王制」といって、
1つの巣に女王アリが複数いるタイプが
たまたま入っちゃった、ということです。

このタイプは友愛精神に富むので、
お互いを牽制し合うどころか、
コロニー同士が融合したりするんです。
ーー
はぁー、なるほど。

同じヒアリでもタイプが分かれるんですね。
村上
そうなんです。
ーー
アメリカには、開拓者なアリが上陸したと。
村上
開拓者なんでしょうねぇ。

おかげで、北米大陸の南部はいま、
ヒアリがほぼ制圧していますから。

現地にいるときは警戒しあって、

「あんまり増えるなよ」

「ここは俺の領地だから」みたいな感じでいたのに、

海外に行ったら「みんなで頑張ろうぜ」って(笑)。

AntRoom島田拓氏提供

ーー
うーん、そんなに頑張らないでほしい。

(つづきます)

2017-08-10-THU