作家はまじめに「プロポーズ」したけど、
編集者は、いちどは断った。
一冊のギャグ漫画本が生まれるにあたり、
漫画家と編集者との間に、
どのようなやり取りが交わされたのか?
読者の側にはわからない、
一冊の本の裏側の「真剣勝負」について、
当人同士に語っていただきました。
もちろん、ここで紹介するのは、
ひとりの漫画家とひとりの編集者による、
ひとつの「場合」。
旗の台の街を歩きながら、
断片的に交わされた会話を繋ぎあわせて、
全3回として、おとどけします。
担当は、「ほぼ日」編集者の奥野です。
- ──
- 藤岡さんが、
ナナロク社さんに「ラブコール」したのは、
いつくらいの話ですか。
- 藤岡
- あれは‥‥2年くらい前ですか。
- 村井
- 2015年に、
それまでツイッターで発表されていた作品、
いくつかご郵送くださって。
- 藤岡
- はい。
- 村井
- 通常、ナナロク社では‥‥というか、
ぼくは、そうやって送ってくださる作品は、
基本的には、お断りしているんです。
- ──
- え、そうなんですか。
- 村井
- はい、本当にもったいないことなんですが、
少人数でやっているので、
そのとき手がけている作品で一杯なんです。
- でも、藤岡さんの作品は気になって‥‥
すぐにお断りするのが、ためらわれました。
- ──
- よそ見をしない村井さんでも、心が揺れた。
でも、結局‥‥。
- 藤岡
- お断りされました。
- 村井
- そう、すごく気になっていながらも、
「でも、今、うちがやらなくてもいいかな」
という結論を出しました、そのときは。
- ──
- 編集者というか、社長としての判断で。
- 村井
- ただ、それでもキッパリ断ってしまうのが、
なんだかできなくて、
ちょっと間が空いてしまっているうちに、
藤岡さんが
作家エージェントの会社「コルク」さんに
所属したことを知りまして。
- ──
- あ、へえ。そうだったんですか。
佐渡島庸平さんの。有名なところですよね。
- 藤岡
- はい。いまは、離れているんですけど。
- 村井
- だったら、ぼくがやらなくても、
そのうち本になるんだろうと思いまして、
あらためて、
「コルク所属おめでとうございます」
「これからも、がんばってください」と
お返事を出したんです。
- ──
- プロポーズされた側の村井さんとしては、
いったん、そこで「終わり」ですよね。
- でも、した側である藤岡さんとしては‥‥。
- 藤岡
- はい、終わってはいませんでした。
- その1年後くらいに、
やっぱり、ひとりでやりたいなと思って、
コルクから離れたのを機に、
もういちど村井さんにご連絡したんです。
- ──
- その時点では、
まだ、本になっていなかったんですか。
- 藤岡
- ええ、出版しませんかというお話自体は、
いただいていたんですけど。
- 村井
- それも、うちなんかよりぜんぜん大きな、
大手の出版社から、いくつも。
- ──
- わあ、すごい。
じゃ、そのときには、もうモテモテで。
- 村井
- ぼくとしては、
藤岡さんの本を楽しみにしていましたし、
何より2回も連絡をくださったことが、
単純に、うれしかったこともありまして、
じゃあ、いちど会いましょうと。
- ──
- で、そこから、
村井さんとの本づくりがスタートした、と。
- 藤岡
- はい。
- ──
- どうして、藤岡さんは
ナナロク社さんがよかった‥‥って言うか、
ナナロク社さんじゃなきゃダメ、
という勢いですよね。大手を断って、とか。
- 藤岡
- あちらからいただくお話だと、
感覚的にうまくいく気がしなかったことと、
自分が好きな本を出してる会社って
どこかなって思ったら、ナナロク社さんで。
- ──
- 具体的には、どの本が好きだったんですか。
ぼくもナナロク社さんの本、好きですけど。
- 藤岡
- 川島小鳥さんの『明星』とか、
鹿子裕文さんの『へろへろ』とか‥‥。
- ──
- ああ、『へろへろ』というのは、
九州の「宅老所よりあい」という介護施設の
ドタバタを伝える雑誌『ヨレヨレ』を、
一冊にまとめた作品ですよね。
- いいですよね、あの本。あかるい感じで。
- 藤岡
- ツイッター発の
史群アル仙さんの『今日の漫画』とかも、
おもしろいなあ、
まとめ方がちょっと違うなあって思って。
- あんな編集をしてくださる人と、
いっしょに仕事をしたいと思ったんです。
- ──
- でも、断られちゃって。
- 藤岡
- おもしろいとは言っていただいたんですが
「ナナロク社で
出版するまでには至らない」って。
- ──
- 厳しい。
- でも、フラれちゃった1回目と、
みごと成就した2回目とのあいだには
1年という時間がありますよね。
- 藤岡
- ええ。
- ──
- その間も当然、描き続けていたわけですが、
何か‥‥意識して、
作風を変えたりしていたんですか?
- 藤岡
- いえ、そういうことはしてませんでしたが、
結果的に、
本づくりの作業が先延ばしになったことは、
よかったなと思ってます。
- 自分で言うのもヘンですけど、
作品のクオリティが、すごく上がったので。
- 村井
- グッと増えましたよね、いい作品。
- ──
- あらためて、村井さんにうかがいますが、
いちど、「今、うちがやらなくてもいいかな」
と思ったときの感覚を、
もうちょっと具体的に教えていただけますか。
- 村井
- ようするに、おもしろいかどうかで言えば、
おもしろかったんです。
- でも‥‥これ、表現がけっこう難しいけど、
「それ以上ないかな」と思ったんです。
- ──
- それ以上?
- 村井
- ええっと、そうですね、具体的に言いますと、
ぼく、藤岡さんの作品のなかでは
「夏がとまらない」というやつが、大好きで。
- 結果、この本のタイトルにもなったんですが。
- ──
- ああ、金魚がぐるぐる回ってるやつ。
- 村井
- そう、2回目のご連絡をいただいたときに、
あの作品に目が止まって、
こういう作品があと5本あったら、
一冊にできるかもしれないと思ったんです。
- そこで、はじめてお会いしたとき、
「ああいう作品、あと5本つくれますか?」
っておうかがいしたんです。
- ──
- ちょっと意外なんですけど、
あの作品って、
単純に「おもしろい」系じゃないですよね。
- 余韻を残す何か‥‥といいますか。
- 村井
- そうなんですよ。余韻。
- ──
- まさしく「夏の余韻」というか。
- 村井
- そう、ぼくは、ああいう作品にこそ、
藤岡さんの可能性の大きさを感じたんです。
- 藤岡さんの作品って、
基本的にネット上で見られるわけですし、
それを、わざわざ紙にしてまで、
ただ、まとめるだけでは、つまらないので。
- ──
- ネットの上で受け入れられている感じとは、
ちょっと雰囲気を変える、みたいな?
- 村井
- まあ、ただ単に「ネット上にあるもの」を、
紙に落とすだけでは、
「商売」ではあるかもしれないけど、
「本づくり」じゃないかなと思ったんです。
- ──
- 商売だけど、本づくりではない。
- 村井
- はい。
- ──
- 一冊の本をつくるには、
たくさんあるものをまとめるという以外の、
何かもうひとつ‥‥
理由みたいなものが必要だってことですか。
- 村井
- そうですね。
- ──
- コンセプトというか。
- 村井
- そう、ナナロク社では
どの本も「詩集」をつくるような気持ちで、
つくっているんです。
- ──
- ああ、なんかわかる気がします。
- 村井
- それが、川島小鳥さんの写真集であれ、
宅老所のエッセイであれ、
それこそ谷川俊太郎さんの詩集であれ。
- で、あの作品って、
どこか詩的な感じがするじゃないですか。
- ──
- しますね。
- 村井
- ああいう作品があと5本できるなら、
藤岡さんと、
いっしょに本をつくれると思ったんです。
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藤岡拓太郎『夏がとまらない』
Amazonでのおもとめは、こちら。
どういう人が、この本を楽しむのだろう。
つねに新鮮な笑いを求める
飽くなきギャグ漫画好きは、もちろんだ。
担当編集者の村井光男氏のように、
そこここに秘められた
詩情や文学性を愛でる向きもあるだろう。
大喜利選手には悔しい一冊かもしれない。
そんなある日のこと、小学2年の娘が、
私の『夏がとまらない』に、
大量に「ドッグイア」をつくっていた。
「好きなページを折っている」
折ったページの何が好きかと問うてみた。
「顔」
なんと、ギャグの意味がわからなくても、
漢字が読めなくても、
「おもしろい顔が好きな小学2年生女子」
の笑いのツボに、ビンビンひびいていた。
おそるべし、藤岡拓太郎の世界。
(藤岡さんご自身は、
子どもにウケると非常に嬉しいそうです)
小学2年生女子のフェイバリット(顔)作品。