もくじ
第1回Kさんへの片想いと大嫌いな野球。 2016-06-02-Thu
第2回「好き」に大事なことは何か。 2016-06-02-Thu
第3回残酷なスポーツ、野球。 2016-06-02-Thu

大学4年生の男です。福島出身で、今は東京に上京してきています。どうぞよろしくお願いいたします。

僕の片想いと高校野球

担当・かつなり

「好きだ!!
 好きだーー!!
 俺はこれが好きでたまらないんだ!!」

そんな気持ちを人前で堂々と、大真面目に
表現できたことがあっただろうか。

いや、ない。

じゃあ人には明かさずとも、
「どうしようもなく好き」
って気持ちになったことは?

そう考えて自分の記憶を巡っていったとき、
僕の頭に浮かんできたのは、
中学3年生から高校2年生まで片想いをしていた

Kさんのことでした。

第1回 Kさんへの片想いと大嫌いな野球。

「好き」という一語の実態には、実に多種多様な「好き」がある。
例えば
「猫が好き」
「ホラー映画が好き」
「カレーが好き」
「グラビアアイドルが好き」
と何個かでたらめに例をだしてみても、
それぞれに「好きな気持ち」の毛色は確実に違うだろう。
そしてそんな千差万別の「好き」のなかでも
「人を好き」というのは、強烈な「好き」の一種だと思う。

僕は中学3年生のときから高校3年生になるぐらいまで
Kさんという女の子に片想いをしていた。

きっかけはあいさつだ。
中学3年生のとき、登校して朝、
隣のクラスだったKさんと廊下で会うと
「おはよう」、「おはよう」と言いあう関係だった。
あいさつを交わす関係になった経緯は
どう頑張っても思い出せないのだけど、
まぁ、経緯なんてどうでもいいってくらい、
とにかくその廊下で彼女が言う「おはよう」を
思い出せることが僕にとって大事だ。

ものすごく可愛かったのだ。

Kさんは黒髪ロングで、色白で、少しそばかすがあって、
黒目が小さくて、薄い顔立ちで、
もうそれだけで僕の好みど真ん中の容姿だったけれど、
「おはよう」と言うとき、
目が線みたいになって、顔がくしゃっとなって、
白い歯が丸見えになった笑顔になって、
本当に素敵だったのだ。

野球部に入っていた僕は
丸ボウズで丸顔、眉が太め、身体も太めで、
今、高校球界で大注目の清宮幸太郎くんという球児から
覇気を無くしたような見た目だった。
おまけに女の子の前だとモジモジして
声が出なくなってしまうような性格だった。

そんな女の子とは縁遠い生活を送っていたなか、
Kさんは僕に最高の笑みで挨拶をしてくれる
唯一の女の子だったのだ。
好きになる理由しかない。
「おはよう」を交わすたびに、
僕のなかで熱い波が寄せては返すような感覚が
強くなっていった。
でもそれを「好き」とは自覚はしないまま
中学校を卒業してしまった。
僕とKさんは別々の高校に進学した。
でも近くに立地している高校だった。

そこから時は経って僕が再びKさんを見るのは、
高校2年生の秋になる。

高校に入ってからの僕は泥の中で生きているようだった。
楽しいことが無かったとは言わないけど、
憂鬱にならない日はほとんど無かったと言える。
その原因は「野球」だ。

僕は高校でも野球部に入部していた。
県内では中の上レベルの硬式野球部だ。

野球が上手くなかった僕は、中学時代、
部内でなんとか「下の上」ぐらいの実力だったが、
高校の野球部では間違いなく、
部員の中で「下の下」に位置していた。

中学時代より断然厳しい練習に体力は追いつかず、
守備練習ではエラーをしてばかり。
周りに迷惑をかけて、
怒鳴られてばかりだった。
下手くそだから、先輩や同期から
バカにされることも多かった。
毎日グラウンドに出るたびに
気が重くなり下を向いていた。

おまけに上下関係も厳しくて、
学校の敷地内で先輩に遭遇したら、
なりふりかまわず全身全霊の大声で
挨拶をしなくてはならなかった。
それ以外にも様々な規則があって、
野球は僕の野球以外の時間も支配していた。

1年生のときは部活が怖くて、憂鬱で、
朝、家を出る前や、自転車で通学している最中に
涙が出てしまうこともあった。
どうしても野球が嫌で、
ズル休みをしたことも何度かあった。
でもズル休みをすると、今度は自分の弱さが嫌で
さらに落ち込んでいた。

そして2年生の秋、基礎体力がついて、
先輩もいなくなり、少し楽になるかと
思っていたけれど、種類の違うつらさが襲ってきた。
自分より上手い後輩が何人もいるのだ。
2年生の数人は、公式戦のベンチ入りメンバーから外れた。
僕もその中の一人だった。
上級生でありながら応援席にたたずむ2年生数人は
やはり部内でもどこか気を使われるような、
見下されるような独特の立ち位置になる。
本当にそれは情けなくて最悪の気分だ。

高校生の僕は、心底、野球が嫌いだった。

そんな憂鬱な高校生活を送っていたある日、
自転車で登校中の僕は、
たまたまKさんを見かけたのである。
近くの高校にもかかわらず、
Kさんを見るのは高校生になってから初めてだった。
遠くから見ているだけだったけど、僕の胸は高鳴っていた。
中学校を卒業してからも、Kさんのことを考えてはいた。
可愛かったよなあ、と考えていた。
心の中にKさんを好きになるための燃料は溜まっていた。
このとき、そこに火のついたマッチが放り込まれたのである。

第2回 「好き」に大事なことは何か。