著名人でもなんでもない者が書くエッセイとしては、
自己紹介から入るのが、わかりやすいだろうか。
僕は、愛知県出身で、名古屋の郊外都市に生まれ育った。
大学入学を機に上京し、東京の大学に4年間通い、
就職活動を機に帰郷し、数年を過ごした。
その後に転職を経て、いまは千葉に住んでおり、
東京の会社に通勤している。
要は、東京と名古屋を行ったり来たりすることが多かった。
そんな自分なりに、
自分の好きな名古屋めしについて語ろうと思う。
一介の会社員としての、数少ない体験を綴るわけで、
どうしたって深い知識に裏付けられたような
レビューにはなり得ないと思う。
食レポとしては、大手口コミサイトに優秀な文章が
たくさんあると思うので、そちらを参照されたい。
このページでは、ごく個人的な体験を元にした、
いくつかのエピソードを語るのみである。
愛知県出身で首都圏で暮らす者の常として、
友人から、「こんど、名古屋へ行くんだけど、
なにか美味しいものをおしえてほしい」
などというリクエストをもらうことは少なくなく、
名古屋めしについて考える機会は割に多かったのもあり、
ひとつひとつ、ひもといていきたいと思う。
名古屋めしを語るにあたって、まず「赤みそ」の存在が、
なじみのない方には縁遠い存在であると考える。
そもそも首都圏のスーパーでは、取り扱いがない場合も
往々にしてあるからだ。
東海圏以外の地域の方には想像しづらいかと思うが、
名古屋のスーパーに行けば、スーパーのみそコーナーでは
赤みそがほとんどを占める。白みそを探すのは難しい。
ふつうのみそ汁としての使い方はもとより、
甘辛いソースとしてのみそダレとして、
赤みそは、名古屋めしでは欠かせない存在だ。
みそを使った名古屋めしの代表格としては、
みそ煮込みやみそカツが挙げられる。
これらのメニューは、いわゆる「鉄板」であり、
味の素晴らしさはもちろん、成功したチェーン店による、
店舗の見つけやすさ・アクセスのしやすさを含め、
オススメしやすい名古屋めしとして申し分ない。
ただ、これらのメニューについては、名古屋でしか
食べられないものを、と考えた場合、やや薦めにくい。
近年では、首都圏にも多く出店されており、
東海エリア以外の人にも身近な存在になりつつあるからだ。
友人の人生でおそらく今後、数十回とはなされないであろう
名古屋体験を彩るピースとしては、充分といえるが、
もし彼らが旅行を終え、帰宅した足で東京駅構内にある
「矢場とん」の店舗を目の当たりにした場合に、
旅行の思い出自体に傷はつかないものの、いくぶんか
がっかりした面持ちになることを想像してしまうと、
おすすめとしてのプライオリティは下げざるを得ない。
何かに対する過剰な心配ぶりがまるで、
ブラックマヨネーズの漫才のようだな、
(しかしあれほど面白く成立させられる技術はない)
と自分を省みつつも、勇気をもって筆を進めようと思う。
名古屋以外での店舗で食べることができるから、
みそ煮込みやみそカツが名古屋めしとしてふさわしくない、
ということを、僕は言いたいわけではない。
観光客にとって「本場で食べる体験」というのは、
まったくもってかけがえがないイベントの一つであり、
それ自体をおとしめるつもりは、ぜんぜんない。
ぜひ、何かの機会で名古屋へお越しの際には、
心ゆくまでみそまみれになっていただければ幸いである。
つまりは、そこでしか出会えない、食べられない、
というかけがえのなさが、おすすめの理由として
重要である、ということが言いたかったのだった。
ド定番と珍しさのちょうど真ん中というか、それでいて、
自らの舌で美味しいと感じたものをおすすめしたいのだ。
手前勝手な理由で「縛り」をあれこれ並び立てておいて、
そのすきまを狙って安打を放ちたいという気持ちで、
さらに、いくつかの名古屋めしについて触れようと思う。
たとえば、コショウの風味が際立つ、
味や具材のバリエーションも豊富でおもしろい
「あんかけスパ」もおすすめだ。
僕も好きで、以前はよくおすすめすることがあったが、
2016年の春に老舗店「ヨコイ」が六本木へ
進出を果たしたタイミングも相まって、
どちらかというと「ヨコイ」へのエールとして、
真新しいこちらの店舗で食べてもらいたい。
また、韓国の火鍋とはまたひとあじ違う、
赤みそと赤とうがらしをベースにした
「赤から鍋」というのがある。
最近では、関東でも店舗が増えてきており、
新たな名古屋名物として認知されつつあるようだ。
家庭で味わえる「赤から」の鍋スープも購入が容易で、
なかなか再現性が高く、とても美味しいので、
ぜひ試していただいて、そこから来店へつなげていただく、
そんなパターンを経ていただくのも素敵だなあと思う。
さて、読者のあなたが、「名古屋めし」と聞いて
思い浮かべるものはなんだろうか。
もう少し、メジャーどころにも触れておこうと思う。
独特のひらべったい麺で有名な「きしめん」は、
その特徴的な麺の形状もさることながら、
熱々の濃いかつおダシがからみ、丼の上でふわりと舞う
花かつおとともにいただくことで得られる、
グルタミン酸の応酬による過剰な「うまみ」は、
多くの名古屋めしに通じるひとつの特徴だと考える。
名古屋駅のきしめん。生卵と天ぷらをのせたい。
リクルート創業者である江副浩正氏の著書において、
事業の黎明期に自身が全国を長距離列車で
駆け回っていたころ、名古屋駅での乗り換え時に、
駅のホームできしめんをすするのを
楽しみにしていた、という描写があった。
筆者がそれをはじめて読んだとき、稀代の実業家の胃袋を
名古屋めしがあたためていた描写に感激したのを
よく覚えている。
その代わりに、その書物から本来、読み取るべき
ビジネス上の教訓についての記憶がいま、
いっさい思い出せないことに気づいて愕然としている。
「きしめん」は、名古屋の味として、その歴史の長さゆえ、
扱う店舗もたくさんあるが、どういった経緯か、
名古屋駅ホームで提供されるものが特に旨いと評判で、
カップ麺にすら、なってしまった。
街中のきしめん屋(うどん屋)で味わうべきは、
シンプルなきしめんもいいのだが、
「ころうどん」と呼ばれる冷やしうどんのようなものを
選択するのがおすすめだ。
名古屋の夏といえば「ころ」である。
店によっては、うどんではなくきしめんの「ころ」があり、
夏季限定で提供する店が多く、注意が必要であるものの、
あの、すする際のべべべっという独特な麺の食感を
よりダイレクトに味わうことができる。
「ころ」という語の由来については諸説あり、
それだけで一本の記事になってしまいそうなほどなので
勇気をもって割愛させていただく。
気軽に食べられる名古屋めしのひとつとして、
長く愛されているもののひとつだ。
もうひとつ、名古屋めしの代表格である
「ひつまぶし」も忘れてはいけない。
おひつにふたがなされて現れるたたずまいが素晴らしく、
かたや、土鍋でぐつぐつと煮えたぎった状態で出てくる
みそ煮込みと共に、ビジュアル面における優位性は
群を抜いており、甲乙つけがたいところだ。
うなぎをお重でいただくのではなく、
細かく切り分けた、かば焼きがご飯にまぶされ、
おひつで提供されることから「ひつまぶし」と呼ばれるが、
1杯目はそのまま、2杯目は薬味をのせて、出汁をかけて、
という食べ方のバリエーションについても、
すっかり有名になった。僕はあの風味高い出汁も好きだ。
「あつた蓬莱軒」のひつまぶし。「肝吸い」も絶品。
僕は、学生時代から数えてかれこれ10年ほど、
正月の熱田神宮参りの際にこれをいただいている。
混雑時には3時間以上、待ったこともあるが、
これをいただくことで一年が始まるようで、
個人的に欠かすことのできない習慣となっている。
このように、個性豊かなソウルフードのラインナップで、
1番から9番まで隙のない、
強力な打線を組めるであろう名古屋めし球団であるが、
その4番打者というか、先発ピッチャーの一番手として
推したいのが味仙の「台湾ラーメン」である。
野球の例えが苦手な方には、まあとにかく
それが一番のおすすめだということが伝われば幸いである。
はじめからそう言えばよかった。
(つづきます)