- ——
- 写真集の数、すごいですね。
すべて飯沢さんがあつめた写真集なんですよね。 - 飯沢
- そうですね。
- ——
- いま、写真集食堂 めぐたまには、
何冊ぐらい写真集があるんですか?
- 飯沢
- 何冊あるんでしょうね(笑)
2014年のオープンのときに
「4500冊」と言っていたのですが、
そのあと「5000冊」と言うようになって。
でも、いまもまだ増えているから
実際にはもっとあると思いますよ。
買ったり、送られたり、年に何百冊と増えていくから。 - ——
- そんなに増えるんですね…。
- 飯沢
- 食堂の裏手に自宅と書庫があって、そこにもあります。
でもあと5年くらいできびしいんじゃないかな。 - ——
- すごい(笑)
- 飯沢
- まあ、おおざっぱですが、
ここには全体の3分の2くらいはあるかな。
- ——
- 飯沢さんは、写真集をあつめながら、
もう30年以上も「写真評論家」として
活動されているわけですよね。 - 飯沢
- ぼくがはじめて雑誌で論評の連載を持ったのが
1984年頃だから、そうですね。 - ——
- あらためて、写真評論家ってどんな役割なんでしょう?
- 飯沢
- ぼくがよく言うのは、「翻訳家」ですね。
- ——
- 翻訳家、ですか。
- 飯沢
- アートとか写真って、見ただけじゃ
わからないことも多いですからね。
外国語みたいなもので。 - ——
- ああ、なるほど。
- 飯沢
- たとえば、J.D.サリンジャーの
「ライ麦畑でつかまえて」という小説も、
村上春樹が翻訳したものと、
それまでのものとは全然世界観がちがう。 - ——
- ええ。
- 飯沢
- ぼくが村上春樹の翻訳がすばらしいと感じたように、
写真家の仕事をいかに伝えるかで、その写真の
ひろがり方も変わるし、多くの人に伝えることができる。 - ——
- 写真の世界にも、翻訳家が必要なんですね。
- 飯沢
- ぼくが大学を卒業したころ、
文学とか美術とか映画とかのジャンルには、
すでに「評論家」と呼ばれる人がいたんです。
アーティストの言葉を翻訳して、
広く伝える人がそれなりにいた。
でも写真の世界には、いなかったわけじゃないけど、
翻訳する人がとくに少なかったんです。
だから、写真の世界において
自分がそういう人になれたらいいなと。
- ——
- それが、飯沢さんにとっての
写真との関わり方だったんですね。 - 飯沢
- そうですね。
- ——
- その、「写真の翻訳がしたい」と思われたということは、
写真の魅力を感じていたからこそですよね。 - 飯沢
- ええ。
- ——
- 翻訳家が訳すのだって、
「この文章を日本語で伝えたい!」と思うからでしょうし。 - 飯沢
- 写真は、表現の媒体として
とてもおもしろいと思うんです。
「表現」って文学とか美術、演劇、
いろんな分野があると思うんだけど、
写真は独特の魅力がありますよね。 - ——
- それって、たとえばどんなことですか?
- 飯沢
- 写真に写るものって、
単純に考えると「現実の世界」ですよね。
でも、写真に写されることで、
「現実そのもの」ではなくなってくる。
- ——
- 現実が写っているけど、現実そのものではない。
- 飯沢
- 現実が、写真によって「変換」されるんですよね。
たとえば、2人の写真家がおなじ女性を撮ったとする。
できあがりはきっと、ちがうイメージなりますよね。 - ——
- はい。
- 飯沢
- 暗い写真もあれば、明るい写真もあるでしょう。
その写真家が「つくりたい世界」や
「伝えたいメッセージ」が入っている。 - ——
- ああ、なるほど。
被写体が好きな子だったら、
かわいく撮りたい、とか。
うつくしく撮りたいと思う人も、
すこしクールに撮る人もいる。 - 飯沢
- そうそう。
だから写真は作家の“メッセージ”が
ちゃんと伝わる媒体だと思っているんです。
そこに写真のおもしろさがある。 - ——
- ただ、「アート」といわれる写真って、
「これっていったい何が写っているの?」と
思っちゃう写真もありますよね。 - 飯沢
- そうですね。
ぱっと見て「きれいでうつくしい風景が写っている」
と理解できる部分と、
もう少し複雑な「変換のシステム」を
わかっていないと理解できない部分がある。
- 飯沢
- 写真のことをちゃんと理解するためには、
やっぱりある程度知識が必要なところもあります。
それは、一般的な歴史もふくめて。 - ——
- 一般的というのは、だれもが知っているような?
- 飯沢
- わかりやすいたとえを挙げると、
なにげない熊本の景色が写った写真があったとして、
いまと1年前じゃ、見え方が変わる。とかね。 - ——
- はい、はい。わかります。
- 飯沢
- それとおなじように、
写っているものの歴史を知っていたりとか、
カメラやレンズのメカニズムを知っていたりとか。
それを知っているかいないかで、
写っているものの理解の幅が変わると思います。 - ——
- その知識をふまえて、写真を見るんですね。
- 飯沢
- いまだったら、デジタルカメラの仕組みを
知っているかどうかも大切かもしれません。
高精細に写るカメラを使うということは、
それだけ細部まで見せたいということ。 - ——
- それを知っていれば、
「そこに写真家の視点があるかもしれない」と
想像をふくらませることができるんだ。 - 飯沢
- だから、知識や情報を持っていれば、
写真家がどんなふうに世界を解釈して、
どう写そうとしているかを知る手がかりになる。
そうすれば、
作品とコミュニケーションがとれるんですよね。 - ——
- それが評論家。
- 飯沢
- はい。
ぼくらの仕事は、知識や経験をつかって、
写真家が何を伝えようとしているのかを
噛み砕いてわかりやすく伝えること。
表面に写っているものだけじゃなくて
もっといろんなことが込められた媒体なんですよ。
写真って。
<続きます>