20xx年6月29日
天候、くもり
気温、30度
梅雨の雨間のもわっとした空気の日、
関東近郊のとある動物園にやってきました。
レッサーパンダやチンパンジー、ライオンなど
目を引く動物たちの居住区を通り過ぎ、
まっすぐ、はちゅう類館に向かいます。
は虫類館は、ライオンやトラがすむ猛獣舎の屋上に
のっかるように建つ施設で、カメやヘビ、トカゲ、
そしてワニなど、常に20種ほどが展示されています。
建物のなかにはいると、通路から階下を
見おろすようなかたちで大型はちゅう類用の
飼育場が4か所あり、通路を挟んだ反対の壁側には、
小型はちゅう類用の個室がずらっと並んでいます。
今回のお目当ては、ずばり、ヨウスコウワニ。
その名の通り、中国の揚子江に生息する
アリゲーター科のワニです。
ここでは大型はちゅう類ゾーンの一番端の区画に
メス一頭で暮らしています。
名前はついていないそうなので、こっそり、
「ワニ子さん」と呼ぶことにしました。
ワニ子さんは、20年以上前に中国からこの動物園に
やってきた、タフで勝ち気なおねえさんワニです。
大きさは、鼻先から尾っぽの端まで約1.5メートル。
黒目がちでつぶらな瞳と、盛りあがったあごの筋肉で
にっこり笑っているような口角が、とってもキュート。
ワニが好きというほどでもない人にも
「かわいい」と思わせる、魅惑の小悪魔系。
それがワニ子さんです。
ワニ子さんが生活する飼育場は
約3メートル四方の正方形で、
その面積の半分はワニが潜れるくらいの浅めのプール、
のこり半分はゆるい傾斜のついた陸地になっています。
陸地部分には、はちゅう類用の紫外線ライトが1個と、
コンクリートブロックが4個、
そして観葉植物のプランターが1個置かれていました。
記録用のビデオカメラをセットし、
観察ノートとペンをかまえて、さあ観察をはじめます。
通路から飼育場を見おろすと、
ワニ子さんはプールのなかで
「後ろ足で立って頭だけ水面にだした姿勢」で
ぼーっとしていました。
これが水中での「いつもの姿勢」のようです。
観察をはじめるとすぐに気がつくのですが、
何分、何十分と経っても、ワニ子さんは
ほとんど、動きません。
おどろくほど、動きません。
1時間以上ほぼ動きがないことも、よくあります。
梅雨明けらしい、湿気と熱気を多く含む
むわっとした空気に満たされたはちゅう類館のなかで、
じっと同じ時を過ごす、わたしとワニ子さん。
こうして、ワニ子さんとのアツい夏は、
とても静かにスタートしたのでした。
〈つづきます〉