もくじ
第1回もしもトイレがなかったら 2017-12-05-Tue
第2回トイレの世界に誘われて 2017-12-05-Tue
第3回マンホールの下で見たもの 2017-12-05-Tue
第4回今のトイレはどう処理している? 2017-12-05-Tue
第5回トイレのあとに残る泥のゆくえ 2017-12-05-Tue

編集経験8年。
媒体の主な分野は教育系、旅行系です。

課題3

担当・朝倉由貴

「トイレの話が好きだ」とたまに告白します。
誰か賛同してくれないかな、と祈りながら。

残念ながら、だいたいは不思議な顔をされたり、
大笑いされたりするのがオチです。
運良く「なんで好きなの?」と理由を聞いてもらえたとき、
説明してみても、相手はピンとこないようすです。
これは質問してもらえたうれしさに、つい舞い上がって、
私がうまく説明できていないから。反省、反省です。

トイレの問題は老若男女、人間ならだれでも、
生まれてから死ぬまで、全員がかかわる話。
渋谷のセンター街にも、戦国時代のお城にも、
かならずトイレ問題があるはずです。
生活や健康に密接に結びついた大事なことで、
しかも、おもしろい話もたくさんあるのに、
変な顔をされてしまうのはちょっと悲しい。

もちろん自分も、
汚いものや臭いものが好きなわけではなく、
それは見たくないし、できれば遠ざけたい。
嫌だと思うのが正常だと思います。

でも、私はトイレの話をしたい。
少しでもトイレの世界に興味をもってほしいのです。

表現には十分気を配るつもりですが、
話の性質上、どうしても汚いものの話になりますので、
お食事中の方にはご遠慮いただければと思います。
興味を持っていただけた方、
少しのあいだ、お付き合いいただければうれしいです。

第1回 もしもトイレがなかったら

ひとり暮らしをして初めて、
風呂・トイレ別のマンションに住めるようになったとき、
本当にうれしかったのを覚えています。
考えてみれば、古いアパートには、お風呂がなくて、
トイレは共同で使うという物件もありますし、
それがあたりまえの時代もあった。
風呂やトイレをじっくりとひとり占めできるということは、
実はとてもぜいたくなのかもしれない、と思うのです。

13世紀のフランス・パリの都市部では、
一般の住まいにはトイレがなかったそうです。
そのため人々は、花瓶を大きくしたような「おまる」を
寝室や、部屋の目立たないところに置いて使っていました。

驚くのは、その中身がいっぱいになってしまったら、
家の窓から、外の道路へ投げ棄てていたというのです。
だから投げ棄てる前には、道を歩いている人に
注意を呼びかけるために大きな声で、
「水に注意!」と3回叫ぶというルールが決まっていた。

今の私たちの感覚からすると
「そんなばかな!」と思ってしまいますが、
ヨーロッパの都市部では中世から18世紀末まで、
この状況があたりまえだったというのです。
そんな調子だから街じゅうが汚れていて臭い。
のんきに歩き回れる環境じゃなかったでしょう。
不衛生なのでコレラ、赤痢といった伝染病のリスクも高い。

人がたくさん住む都市で、
汚れたものを処理する方法がないと、
こりゃたいへんだ!という状況に追い込まれてしまいます。

宮崎県日南市飫肥城(おびじょう)・松尾の丸に
再現された畳敷きの殿様御厠

日本では古くから、トイレの中身をくみ取って熟成させ、
「下肥(しもごえ)」という肥料として使う方法があり、
10世紀の文献にはその記録が残っています。
現代の衛生観念では、野菜の肥料に人の出したものを使う
ということは抵抗を感じる人が多いかもしれませんが、
「食べる人が出して、出したものをまた食べものに使う」
という生産と消費のバランスという意味では、
見事だなあと思います。

江戸時代にはこの下肥の流通システムが確立します。
たとえば、10戸が暮らす長屋の共同便所には、
定期的に専門業者がくみ取りにやってきて、
大家に中身の代金を支払って農村まで運び、
それを農家が買って下肥にして田畑の作物に使いました。
くみ取り代金は、比較的高収入だった大工の年収を
うわまわっていたというから、
大家にとって重要な副収入だったようです。
「住人の出したものは大家のもの」というのも
不思議に感じますが、大家は餅を買ってふるまうなどして、
ときどき長屋の住人にお返ししていたそうです。

江戸時代はトイレのくみ取りに限らず、
紙くずから釜の灰まで、ありとあらゆるものを
回収・買い取りして再利用する専門業者がいたそうで、
見事なサイクルが成り立っていました。


綾瀬川を航行する下肥運搬船、1945年頃
(提供:葛飾区郷土と天文の博物館)

「パリでも江戸のように下肥に活用すればよかったのに」
と思ってしまいますが、そこには別の事情がありました。
ヨーロッパでは牧畜が盛んだったので、
その家畜が出したものを肥やしに使うということは
農村部では古くから行われてきたのだそうです。
だから、わざわざ人の多い都市部まで出かけていって、
江戸の専門業者のように回収する手間をかける必要がなく、
人が出したものは単なる「廃棄物」になっていました。

たとえ似たようなことをやろうとしても、
その国や地域の事情や環境に合った方法を選ばないと、
うまくいかないもんだ、ということがよくわかります。

江戸時代まで上手にリサイクルを行ってきた日本でも、
実は、トイレからくみ取ったものを海洋投棄、
つまり海に棄てていたという歴史があります。
それはおよそ1930年代から、
法律で全面的に禁止となった2007年まで続きました。
2007年といえばたった10年前のこと。
「うそでしょ?21世紀なのに?」という感じです。

海洋投棄が盛んになった1930年代は、
安くて扱いやすい化学肥料が普及したため、
下肥の需要が下がり、そのように使う割合が減りました。
一方で、都市部の人口は年々増えていたので、
下肥にできずにくみ取ったものをもてあまし、
処分する方法は、海に棄てるしかなくなってしまいました。

当時なりのさまざまな事情があったとはいえ、
これはおまるの中身を窓の外に棄てるのと同じこと。
自分の部屋から汚いものをどかすことはできるけど、
結局街を汚してしまう。海を汚してしまうのです。

汚れたものをいかに上手に処理するか。
そこに大事な知恵がつまっている気がします。
(続きます)

第2回 トイレの世界に誘われて