ほぼ日刊イトイ新聞

感染症のプロ・岩田健太郎先生に聞いた 頭がすっきりする風邪の話。

ご報告が遅くなり、すみません。
2018年2月におこなった
「ほぼ日の風邪アンケート」では、
8503名のかたにご参加いただきました。
本当にありがとうございました。
さまざまな風邪の疑問が集まったので、
今回、その結果を持って、
神戸大学病院感染症内科の
岩田健太郎先生のもとを訪ねてきました。
岩田先生のお話は、とにかく明快。
「正しい」「間違っている。理由はこう」
「そういう説もあるが証明されていない」
など、わかりやすい説明で、
たくさんの疑問に答えてくださいました。
読むと、頭がちょっとすっきりしますよ。
これからはじまる風邪のシーズン、
参考にしていただけたら嬉しいです。

9 「隠れインフル」の正体って。

ほぼ日
風邪をひかなくする方法はないという話、
インフルエンザも同じですか?
岩田
インフルエンザはワクチンがあります。
ほぼ日
ああ、そうか。
岩田
インフルエンザはもう、
ワクチンがいちばんいい予防方法ですね。
毎年秋にワクチンを打っておけば、
インフルエンザにかかるリスクは
かならず減ります。
ほぼ日
そうなんですか、かならず?
岩田
かならず減ります。
みんな「今年は効く、効かない」とか言いますけど、
あれは程度問題で、
効いてない年はほとんどないんですよ。
ただ、100%ではないです。
だから減らすことはできるけど、ゼロにはできない。
ほぼ日
症状も抑えられるんでしょうか。
岩田
ある程度は抑えられます。
ほぼ日
打つべき時期としては、秋ですか?
岩田
そうですね、9月から12月のどこかで
打っておくのがいちばんいいです。
ほぼ日
あと、最近はメディアで
「隠れインフル」という言葉も聞きますが、
あれはいったい何なのでしょうか?
岩田
「隠れインフル」はひどい話で、
あんなわけのわからない名前をつけられると、
すごく迷惑なんです。
要は、症状が軽いインフルエンザのことを
言っていると思うんですけど。
ほぼ日
ああ、症状が軽いインフルエンザのこと。
岩田
だけど、いちばん多い
インフルエンザの症状って、
なんだかご存知ですか?
ほぼ日
なんでしょう?
岩田
「症状が出ない」なんですよ。
ほぼ日
へえー!
岩田
そうなんです。
インフルエンザに感染したときに
いちばん多い症状は「何も起きない」。
じゃあ、そのときにどうすればいいか。
ほぼ日
知りたいです。
岩田
なにもしなくていいです。
学校を休む必要もないし、
仕事を休む必要もないし、
病院に行く必要はもちろんないし、
何もしなくていいです。
ほぼ日
じゃあ、他の人に
うつしちゃうかもしれないけど、
そこは気にしなくていいんですか?
岩田
うつしちゃう可能性は一応あるんですが、
無症状のインフルエンザが
他の人に移る可能性って、そんなにないんです。

咳やくしゃみをしなければ、
ウイルスを持っていても、
体の外には出ないわけですから。

もちろん、ゼロとは言わないですよ?
ゼロとは言わないですけど、
少なくともゲホゲホ咳をしている人に比べれば、
圧倒的に低いわけです。

そして現実的に、そのくらいの人たちまで
社会生活を遮断してしまうことには、
ディスアドバンテージ(不利益)が多いですから。
無症状のインフルエンザ感染者が、
人に感染させるといけないからって
学校にいかないとか、仕事を休むというのは、
まぁ、ナンセンスですよね。
ほぼ日
たしかに、うつす可能性が
ものすごく低いのであれば。
岩田
その無症状の人たちの延長線上に
「隠れインフルエンザ」があるわけで、
たまに軽い咳が出るとか、ちょっと鼻水が出るとか、
ちょっとのどが痛いみたいな患者さんは、
もう明らかにゲホゲホ咳をしている
インフルエンザに比べれば、うつしにくいわけです。

そのほとんど症状のないものを
病院に行って、薬もらって検査して、
みたいなことをしても。
もちろん検査すれば
インフルエンザが見つかりますけど、
だから何だという話なんですね。
ほぼ日
なるほど。
岩田
ちなみにインフルエンザには
薬がありますけど、その薬って、
症状が出る期間を1日早めるくらいの
効果しかないんですね。
ほぼ日
あ、そのくらいですか。
岩田
もちろん、しんどい日が
1日短くなるという価値はあるので、
飲んでくれていいんですけど、
それは症状がきついときの話ですよね。

きつくないときに、その薬を飲んでも、
あまり意味がないわけです。

つまり、きつい症状が減るにしたがって、
薬の効果って、相対的に落ちてくるんです。
そして、薬の副作用のリスクが
相対的に高まっていく。
相対的という言葉の意味、わかりますよね。
ほぼ日
わかります。
症状が重いときのほうが、
薬を飲む価値は断然高い。
岩田
よって、症状の軽いインフルエンザで
薬を飲む価値って、少ないんですよ。
僕に言わせれば、ないと言っていい。
つまり病院にかかる意味もない。
何か治療する意味もない。だから何もしなくていい。
ほぼ日
はぁー。なるほど。
岩田
「隠れインフルエンザ」については、
そもそも概念そのものがおかしいんです。

「インフルエンザ」というのは、
もともと症状から来ています。

「インフルエンザ」って中世のイタリア語なんですが、
昔の科学って錬金術と占星術なんです。
金を作ろうとする実験と、
空の動きから「隣の国が攻めてくる!」とか、
結果から推測するようなかたちで
やっていたものが発展して、科学になった。

で、当時の人はお空のお星さまの影響、
すなわちインフルエンス(influence)によって
インフルエンザが流行っていると
思っていたんですね。

高い熱が出て、のどが痛くて、体の節々が痛くて、
ガタガタ寒気がしてという人がたくさんいる。
そういった症状が最初にあって、
「きっと星回りの影響だ」と
「インフルエンザ」と呼んでいたんです。
ほぼ日
はぁー、そうですか。
岩田
で、1930年代ぐらいに、
はじめてインフルエンザの原因が
ウイルスだとわかったんですね。

とはいえ原因がわかっても、
昔はやることがなかったんです。
治療薬がなかったですから。
原因がわかっても、それだけだったんですね。

ところがさらに時代が下って、
1990年代に「迅速キット」という、
鼻をぐりぐりしてインフルエンザウイルスがいると
赤い棒がピッと出る検査ができました。
さらにタミフルという治療薬ができて、
検査も治療も可能になった。

そうしてお医者さんが片っ端から
検査をするようになると、
いままではインフルエンザだと思っていなかった
軽い鼻風邪や夏風邪も、
実は同じウイルスが原因だったということが
あとになってわかったんです。
ほぼ日
重い症状も、軽い症状も、
両方同じインフルエンザウイルスが
原因なことがあるとわかった。
岩田
で、インフルエンザという概念が拡大したわけです。

もともとインフルエンザというのは、
すごく高い熱や、のどが痛いといった
現象を指していました。
で、ウイルスはあとからついてきたものですよね。

だけど、症状が重いものも軽いものも
すべて同じウイルスが原因だとわかったから、
もともと特に問題になっていなかった、
症状の軽いものまでも
「インフルエンザ」と呼びはじめてしまった。
さらに無症状の人たちも
ウイルスを持っているという理由で
「インフルエンザ」だと考え始めた。
それが「隠れインフルエンザ」なんでしょうね。
ほぼ日
なるほどー。
岩田
でも症状や軽い人や、無症状の人たちって
古典的な言い方であれば別に
インフルエンザではなかったんです。
で、そういう人たちを
とりたててどうこうする必要はないんです。

「隠れインフルエンザ」なんて
さも重病の可能性があるような名前をつけると、
無駄な不安を煽るだけですし、騒ぎすぎ。
ほぼ日
ただ一方で
「インフルエンザの脅威を防ぐために
予防接種をしたほうがいい」
という話もありますよね。

これは
「軽いインフルエンザは大丈夫だけど、
症状がひどい人たちは、
ちゃんと抑えなきゃいけない。
だから予防接種をした方がいい」
‥‥ということですか?
岩田
そうです、そうです。
で、インフルエンザのインパクトって、
数のすごみなんです。
要するに毎年冬に何千万もの人が
インフルエンザになるわけですよ。

たとえば今年(2017年冬~2018年春)の
インフルエンザワクチンは、
そんなに効きがよくなくて、
20%ぐらいしか効いてないと言われているんです。
ほぼ日
20%。
岩田
でも、それだけ聞くと少ないように
思えるかもしれませんけど、
3,000万の患者さんが2,400万になるって、
ものすごく大きなインパクトなんです。
だからワクチンの効果って、絶大なんです。

それは、インフルエンザというのが
ものすごく流行しやすくて、
患者さんの数がめっちゃ出るからで。

確かに一人一人の患者さんとしてみると、
そんな大きなインパクトは
感じられないかもしれないけれども、
ワクチンにはすごく大きな効果がある。
だからどこの国でも
「インフルエンザワクチンを打ちましょうね」
って、非常に強くすすめるわけですね。
ほぼ日
ワクチンは全員が打った方が
いいようなものですか?
岩田
インフルエンザワクチンは、
禁忌がほとんどなくて、
打っちゃいけない人がほとんどいないんですよ。

昔は卵アレルギーのある人は
ダメだと言われていたんですけど、
今は大丈夫と言われています。
妊婦さんも大丈夫だし、
免疫抑制がある人も打っていい。
ですから基本的にはほぼ全員打てます。
日本だと6か月以上ですね、
生まれたばかりの子ども以外は
みんな打っていい。そういうものです。

(続きます)

2018-09-26-WED

岩田健太郎(いわた けんたろう)

島根県生まれ。島根医科大学卒業。
沖縄県立中部病院、ニューヨーク市
セントルークス・ルーズベルト病院、
同市ベスイスラエル・メディカルセンター、
北京インターナショナルSOSクリニック、
亀田総合病院を経て、2008年より神戸大学。
神戸大学都市安全研究センター
感染症リスクコミュニケーション分野および
医学研究科微生物感染症学講座
感染治療学分野教授。
神戸大学病院感染症内科診療科長、
国際診療部長。

所有資格は、日本内科学会総合内科専門医、
日本感染症学会専門医・指導医、
米国内科専門医、米国感染症専門医、
日本東洋医学会漢方専門医、
修士(感染症学)、博士(医学)、
国際旅行学会認定(CTH),感染管理認定(CIC)、
米国内科学会フェロー(FACP)、
米国感染症学会フェロー(FIDSA)、
PHPビジネスコーチ、FP2級。
日本ソムリエ協会シニアワインエキスパートなど。