NewsPicks + COMPOUND + ほぼ日 合同企画「経営にとってデザインとは何か」
里山十帖篇
デザインだけでは潰れるし、
数字ばかりは、つまらない。

会社の経営や組織の運営にとって、
デザインは、どんな役割を果たしている?
第3部にご登場いただくのは
経済メディアNewsPicks編集長の
佐々木紀彦さんが挙げた、
「里山十帖」の岩佐十良(とおる)さん。
いくつかの情報誌に携わったあと
季刊誌『自遊人』を創刊した、岩佐さん。
編集がお仕事なのに(?)
おいしいお米を探し当てて販売したり、
米どころ新潟に編集部ごと移住したり。
2014年には、地元の古民家を改装して
旅館・里山十帖をオープン。
一見、自由な(?)舵取りの奥には
「数字」に対する経営者の目と、
「デザインがないと、おもしろくない」
という思いとが共存していました。
雑誌編集と、デザインと、旅館の経営と。
前後編で、おとどけします。

  • NewsPicks

    経済情報に特化したメディア、
    経済ニュース共有サービス。
    編集長の佐々木紀彦さんは、1979年福岡県生まれ。
    慶應義塾大学総合政策学部卒業、
    スタンフォード大学大学院で
    修士号取得(国際政治経済専攻)。
    東洋経済新報社で自動車、IT業界などを担当。
    2012年11月、「東洋経済オンライン」編集長に就任。
    リニューアルから4カ月で
    5301万ページビューを記録し、
    同サイトをビジネス誌系サイトNo.1に導く。
    2014年7月より現職。
    著書に『米国製エリートは本当にすごいのか?』
    『5年後、メディアは稼げるか』がある。
  • COMPOUND

    グラフィックデザインに軸足を置きつつ、
    ニュースサイトのUI/CI開発、
    アパレルや音楽関連のプロダクト・デザインをはじめ
    地域活性事業などにも関わるデザイン事務所。
    代表のデザイナー/アートディレクター小田雄太さんは
    2004年、多摩美術大学GD科卒業後、
    アートユニット明和電機宣伝部、
    デザイン会社数社を経て
    2011年COMPOUNDinc.設立。
    2013年には(株)まちづクリエイティブ取締役に就任。
    MADcityプロジェクトに参画。
    最近の主な仕事として「NewsPicks」UI/CI開発、
    diskunion「DIVE INTO MUSIC」、
    COMME des GARÇONS
    「noir kei ninomiya」デザインワーク,
    「東京ONEPIECEタワー」CI/サイン計画、
    「BIBLIOPHILIC」ブランディングなど。
前編
編集、デザイン、場を作ること。

岩佐十良(とおる)さん。

「経営にとってデザインとは何か」という
一連の特集において、
NewsPicksの佐々木紀彦編集長が
「話をうかがってみたい」と挙げた人です。

岩佐さんは、学生時代にデザイン会社をつくり、
その後、編集者に転身。
『東京ウォーカー』などの雑誌に
編集プロダクションとして携わったあと、
『自遊人』という雑誌を創刊しました。
その後、おいしいお米を探して販売するなかで、
新潟県南魚沼に移住。
現在は、新潟の古民家を改装した
「里山十帖」という宿泊施設も経営しています。

現役の雑誌編集長であり、
みずから古民家改装の設計を手掛けるなど
デザイナー的役割もこなす、経営者。

雑誌『自遊人』や里山十帖を運営するにあたり、
「デザイン」とは、
どんなところで、どんな役割を担っているのか。

まずは、NewsPicks佐々木編集長の動機を、
うかがってみました。

──
佐々木さんは、どうして今回、
岩佐さんを取材したいと思われたんですか?
というのも、経済メディアですし、
今っぽいSNS企業とか、
最近、好調の自動車会社とか来るかなあと、
何となく思っていたので。
佐々木
私は今、NewsPicksの編集長をやりながら、
会社の取締役でもあるので、
ビジネス的な面を見たりもしているんです。
そういう意味で、岩佐さんは、
今、私が直面している問題にとって
大きなヒントになることを、
すでに実践されてきた方だと思ってまして。
──
個人的な興味関心から発しているんですね。
問題というのは、たとえば?
佐々木
企業として当たり前の話ですが、
たとえば「コストの削減」みたいな話も、
しょっちゅう出てくるんです。
そういう経験を1年くらいしてみたら、
お金のことを考えすぎると、
クリエイティブが摩耗する感覚があって。
──
摩耗。
佐々木
ようするに、経営者としての立場からすれば、
もっと経済効率的にやってほしいと
言わなければならない。
そこと、クリエイティブの豊かさとの間に、
ジレンマがあるということです。
──
たしかに、この里山十帖で
岩佐さんがやってらっしゃることって、
効率性ばかり考えていたら
実現できないことも、ありそうですね。
佐々木
それと、新しい時代の「編集」を
実践されてらっしゃる方だとも思います。
雑誌『自遊人』の編集長だけでなく、
店頭に立ってお米を販売したり、
こうして宿なんかも経営されていますから。
──
対象としている「ものごと」の範囲が、
すごく広いですよね。
佐々木
人、モノ、空間、どれかひとつじゃなくて、
それらを結びつけて
ビジネスとして成り立たせているところが、
すごいなあと思います。
岩佐さんの言葉を借りて言えば
「ソーシャルラインデザイン」ですけど、
つまり、
社会をデザインする、時代をデザインする、
そういうことが、
今、もっとも求められていることかなあと、
個人的には、思っているんです。
──
それを実践されているのが岩佐さんで、
佐々木さん自身、
経営者としても、編集長としても、
いろいろと質問したいことがおあり、と。
佐々木
はい。で、さっそくなんですが、
いま、岩佐さんにとって、
いちばん最大化したいものって何ですか?
つまり企業、とくに上場企業は、
やっぱり利益を最大化するということを
追求しますよね。そういう意味で、
今、岩佐さんがいちばん最大化したいもの、
もっとも優先してるものって、何ですか?
岩佐
何のためにやってるのと聞かれるのが、
ぼく、いちばん困っちゃうんです。
でも、少なくとも「お金がいちばん」じゃない。
お金は、ないと困るんですよ。
ないと困るんだけど「いちばん」じゃないです。
敢えて言うなら、
「たのしい、美味しい、快適」とか、
そういう感覚を増やしていけたらいいなあ、と。
佐々木
「たのしい、美味しい、快適」というのは、
ご自分のことですか、それとも、周囲も含めて?
岩佐
まわりにいる人も含めて、ですね。
──
岩佐さんは、2004年から、
ここ新潟に移住されているそうですが、
「地方に貢献したい」という気持ちも、
あったのでしょうか?
岩佐
地方創成、地域貢献みたいな文脈では、
まず、里山十帖には「12室」しかないので、
貢献と言っても限りがあります。
じゃあ、もっと「地域貢献」するために
150室にしようというつもりも、ないです。
──
あくまで「たのしい、美味しい、快適」を
増やしていきたい、と。
岩佐
ええ、それに、次は新潟ではなく、
別の県で宿をやりたいという話をすると、
新潟で成功しているんだったら、
同じ新潟で、同じ銀行、同じスタッフ、
ぜんぶ「コピペ」で増やせるじゃないかって
おっしゃる人が、たくさんいるんです。
とくに「投資家」と呼ばれる人のなかに。
佐々木
言いそうですね(笑)。
岩佐
新潟県内で2軒目をやるんだったら
投資できるのに、
たとえば「長野」ではできません、と。
新潟で2軒目をやりたくないわけでは
ないんですけど、
佐賀とか、高知とか、
長野県でも群馬県でもいいんですが、
ぼくは、別の土地でやりたいんです。
横方向の広がり、面的な広がりをつくるのが、
やっぱり、楽しいんですよね。

「面を広げる、場を作る」ということ。


面的な広がりをつくりたいとおっしゃる
岩佐さんは、
雑誌づくりにしろ、食品の販売にしろ、
これまで一貫して
「場」をつくってきたという印象があります。

そんな岩佐さんが、旅館という
「ものすごくリアルで具体的な場」の経営を
はじめたということが、
なぜか、すごく「今っぽい」と感じました。


──
場を作るということを、どう思っていますか。
インターネットの時代になって、
リアルな場を持たなくて良くなったってことに、
一瞬、なったと思うんです。
でも、すぐにみんな飽きてしまったというか。
岩佐さんも、雑誌を創刊されたり、
旅館をつくったり、
ずっと「場」を整えてきたという印象ですが、
リアルな場を構えることの意味や、
そこから学んだことがあれば教えてください。
岩佐
これまでに携わってきた雑誌は、
編集プロダクションとして
特集記事をつくっていた『東京ウォーカー』が
最盛期で50万部くらい、
読者層を絞り込んでつくった『自遊人』も、
10万部ちょっとあります。
でも、昔から、
そういう雑誌の表面的な「部数」よりも、
どこそこの宿へ足を運んで、
美味しいごはんを食べて感動してきた人の
発信力のほうが、
だんぜん大きいと感じていました。
──
それは、情報誌をやられている時代から?
では、実際に里山十帖をはじめて‥‥。
岩佐
この宿は、年間、多くても
8000から9000人くらいのお客さましか
受け入れられないのですが、
でも、その数のお客さまの伝えてくださる
パワーのほうが大きいということを、
今、体感しているところです。
──
数十万部の雑誌よりも。
岩佐
はい。
──
今、この宿は、予約でいっぱいですが
2014年5月のオープン当初は‥‥。
岩佐
ぜんぜん、いませんでしたよ(笑)。
でも、オープンから2か月くらいかな、
夏からはもう、
予約で埋まるようになりました。
──
理由は何だったんですか?
岩佐
やっぱり大きかったのは、
いちど泊まってくださったお客さまが、
まわりに紹介してくださったり、
別のお客さまをお連れくださったり‥‥
ですね。
──
ようするに「口コミ」ということですか。
岩佐
はい。

「編集」と「デザイン」の境界線。


編集という言葉とデザインという言葉は
別もののようでいて、
重なる部分も多いと思います。

たとえば、何かと何かを組み合わせたり、
世界観を構築したりについては、
けっこう同じようなことをしていますし、
「空間を編集する」みたいに
代替的に使われていても、
ニュアンスを汲み取れることが多いです。

デザイナーから編集者となった岩佐さんは
そのあたり、どう感じているのでしょう。


岩佐
編集という言葉についていうと、
それの示す範囲が、すごく狭いと思っています。
ようするに、
編集というと雑誌のことばかりになって、
なんで雑誌の編集者が米を売ってるんですか、
なんで雑誌の編集者が宿をやってるんですか、
となり、ぼくの場合はややこしい(笑)。
本当は、それも含めて編集ですよね。
たぶん、編集より「デザイン」といったほうが、
一般的には、通じやすいんだと思います。
小田
岩佐さんご本人が
店頭に立って食品を販売されていたりとか、
この里山十帖だって、
岩佐さんが設計されていたりしますよね。
でも、岩佐さんの立場からすると、
完全にプロデューサーの位置に立つことも
できると思うんですが、
そうしていない理由を教えてください。
岩佐
なんで‥‥なんでしょうかね‥‥(笑)。
単純に言えば
「現場が好きだから」だと思いますけど。
小田
なるほど。
岩佐
現場の「肌感覚」と言いますか、
何事もやってみないとわからないなあって、
いつも思っているんです。
世の中で起きていることに対して
何か「評論する」のは簡単なんだけれども、
でも実際、自分がやったらどうなのか。
それって、
やってみた人にしかわからないですよね。
小田
そうですね、ええ。
岩佐
その「感覚」って、何かものをつくるときには、
すごく重要だと思っています。
ぼくの場合は「雑誌」をずっとやっているので、
その部分に関しては、
プロデューサーとしてやれると思います。
でも、米をはじめとした食品の販売、
さらには旅館の経営という話になった場合には、
自分で現場に立つしかなかった。
──
そうする以外に「理解のしようがない」と。
岩佐
そうなんだと思います。
小田
岩佐さんの経歴を拝見すると、
在学中にデザイン会社を設立されてますね。
でも、その後、
今度は編集の会社をつくっていますが‥‥。
岩佐
たまたま、学生時代に、
グラフィックや空間の仕事をいただけたので、
デザイン会社を立ち上げました。
でも、武蔵美って
4000人くらい学生がいるんですけど、
本当にすごいやつが、学年で数人いるんです。
小田
ぼく、多摩美卒なんですけど、わかります。
いますよね、たしかに。
岩佐
そういう人に勝つためには、
「先行逃げ切り」じゃないですけれども、
早く会社をつくるしかない。
そう思って学生時代に起業したんですが、
「やっぱりダメだな、俺」
みたいなことは、ずっと思ってたんです。
小田
そうなんですか。
岩佐
そう思っていたところへ、
とある知り合いのリクルートの社員の人が、
当時、リクルートのG8ビルにあった
亀倉雄策さん
(1964年の東京五輪ポスターなどを手がけた
 グラフィックデザイナー)の事務所へ
連れて行ってくださったんです。
で、君は亀倉雄策さんのようになれると
思っているのか‥‥と聞くんですよ。
──
ええ。
岩佐
当時、亀倉さんは、
すでにけっこうな年齢だったんだけれども、
たくさんのスタッフを抱えて、
ずっといいものをつくり続けておられる。
それくらいじゃないと、
デザイナーとして人生を全うすることなんか
できないんだぞと、言われて。
──
それって、どういう意味が‥‥。
岩佐
つまり
「君はデザイナーというよりも、
 編集者に向いていそうだから、
 編集者になりなさい!」
と。
──
え。じゃ、それで編集者に?
岩佐
はい。当時リクルートが出そうとしていた
学生向けのPR誌があって、
「君に、それを1冊まるまる任せるから
 やってみないか。 
 その代わり、
 デザイナーは君じゃなくて別の人だぞ」
って(笑)。
──
へええ。
岩佐
それから、編集者になったんです。

佐々木さんは編集長/経営者として、
小田さんは
アートディレクター/デザイナーとして、
わたくし奥野も一人の編集者として
それぞれの立場から、
それぞれに聞きたいことを、矢継ぎ早に。

話題はコロコロ変わってしまいましたが
全体を通じて、岩佐さんの場合は
「編集」も「デザイン」も
「場を作ること=経営」と不可分なんだな、
という感想を持ちました。

後編では、二度の倒産の危機など
決して「順風満帆」ではなかった道程を
振り返りながら、
「効率性とコンテンツのおもしろさ」
についてなど、
経営者らしい話題へと広がって行きます。

<つづきます>

2015-12-07-MON

第1部 三和酒類 篇「いいちこの会社」が「下戸」にも好かれている理由。
第2部 明和電機 篇芸術家+デザイナー+経営者=?