脳研究者の池谷裕二さんと糸井重里が、
教育というテーマを入口に、
ほぼ日の生放送で語り合いました。
その内容をテキストで公開いたします。
そもそもの脳のしくみ、
人が出会うことのおもしろさまで、
話題は予想外の方向に連鎖していきます。
脳も人も同じように、
孤独とつながりを行き来しています。
ふたりのやわらかく広がっていくおしゃべり、
全4回です。どうぞ。

この内容は後日「ほぼ日の學校」で
動画で公開いたします。

>池谷裕二さんのプロフィール

池谷 裕二(いけがや ゆうじ)

1970年生まれ、静岡県出身。
東京大学薬学部教授。薬学博士。
ERATO脳AI融合プロジェクト代表。
研究分野は脳の神経回路に内在する
「可塑性」のメカニズム解明。
2013年日本学術振興会賞および
日本学士院学術奨励賞、
2015年塚原仲晃記念賞、2017年江橋節郎賞。

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第2回

元気よく手を伸ばす。

糸井
こないだ「前橋ブックフェス」という
本のお祭りのイベントを開催しました。
本を持って集まるという、
物々交換のイベントなんです。
事前の会議で、ルールを細かく決めていけばいくほど
複雑になっていく傾向にありました。
最初はただ「楽しくやりましょう」だったのが
決めれば決めるほど
つまんなくなってくるのです。
で、結局はどうしたかっていうと、
「ほぼ日のボランティア」さんを募集して、
「『自分が楽しくいることと、
周りの人たちが楽しくいられること』
だけ考えて、そこにいてください」
ということを、まずはルールにしました。
池谷
なるほど。
それは本質的ですし、
自分も含めて「みんな幸せに」という
意味ですよね。
糸井
そう。そしたら、ほんとにうまくいっちゃって。
ぼくはつまりそのとき、
「モデル」をつくろうと考えたんですよ。
「どういうふうにしてる人が楽しそうかな」
というモデルを、みんなが互いに示せる状況です。

池谷
それはすごいですね。
法律は一旦作ると、どんどん複雑になって
法律の条文でさえ、それ同士が
相互に矛盾が生じてしまっている状況は、
日本だけでなく、世界中で起こっています。
「だったら最初の一歩を踏み出さない」という
一種の我慢でもありますね(笑)。
人間関係でも、うまくいってるときって、
ルールはつくらないほうがいいんです。
私は「ルールバイアス」と呼んでいるんですけど、
ルールを一度つくっちゃうと、
「ルールに違反してなかったら何やってもいいんだ」
というのが横行しちゃうんです。
糸井
恐らく今はみんなが、
それこそビッグデータだとかを駆使して
「もっと複雑なルールをつくれば解決する」
と思い込んでいるのでしょう。
ビッグデータは人が無意識でやってる行動を
調べるときなんかには、すごく有効なわけです。
でも人は、昔ながらの
真・善・美みたいな価値観も持ち続けているから。
池谷
そうですね、
真・善・美みたいなものはやっぱり、
人の心の中にしかないものです。
あと、今のお話を伺っていて
「あ、私がやってたことはよかったんだ」
と思ったことがひとつありまして。
私はいつも薬学部の研究室にこもっていて、
薬が現場でどう使われてるかって、
知る機会があまりありません。
でも私は「見学させてくださ~い」って、
お医者さんが診療してるところや、
学生たちが実験してるところを
見に行っちゃうんです。
これって、現場の医者や研修生からすると
うざったいわけですけど、
実際には、相互に得るものがあるわけです。
糸井
池谷さんらしいです(笑)。
そうですよね、他人のやってることって、
分かりっこないんですよね。
で、分かんないままだと、憶測するじゃないですか。
「憶測する」ってことは、
同時に「邪推すること」でもある。
それをなくすには、
池谷さんのように実際に出かけていくか、
人を「集めちゃう」ということが
いちばんいいのではないでしょうか。
これまでクリエイティブは、
その人ひとりの資質だと思ってたけど、
少なくとも半分くらいは
「こう考えればできるよ」という
共有によって実現してしまうとも思います。
池谷
クリエイティブの半分くらいは
テクニカルなものってことですか。

糸井
そうです。
池谷
それはすごく大きな発明ですね。
糸井
「共有」の必要性は、
ほぼ日をはじめたころから、
うすうす感じていたんです。
いまはほぼ日のみんなが立場を同じくして、
ああでもない、こうでもない、ということを
互いに喋る場を開いています。
すると、全然違う視点から出た人の話や
「初めて聞いた」ということを
共有できるスピードが
圧倒的にはやくなりました。
池谷
たしかに、そももそも人間は
「一緒に作業する」ことが嬉しいようなんですよ。
たとえば喫茶店にひとりでいるよりも、
誰かが隣で勉強や仕事をしてるだけで嬉しくなる。
美術館に行って、ひとりで名画を観てるよりも、
他のお客さんが隣にいるだけで
絵が美しく感じるということも
実験から明らかになってるんですよ。
糸井
あぁ、全くそういうことだ!
池谷
そもそも、脳自体が
「アイデアを交換しながら、一緒に作業する」
ということが好きなんです。
糸井
脳からみても、合ってるってことですね。
僕が、その意見交換の場を
「つくったほうがいいな」と思ったのも
実は池谷さんの研究室で見た
脳の神経細胞の画像がヒントだったんです。
池谷
あれ、すごいですよね。
誰にも言われずに
周りの神経細胞どうしで勝手に結びつく。

▲撮影 河野玲奈 ▲撮影 河野玲奈

▲撮影 小山隆太 ▲撮影 小山隆太

糸井
あの写真、勇気が出るんですよ。
自分があの神経細胞だとしたら、
部屋に閉じこもって、
静かにしてるっていうのはつまんないと思うんです。
池谷
そこまで発想したことはなかったですけど、
でもその通りですよね(笑)。
つながって、手をつないで初めて
変化が生まれる。
糸井
やっぱり、僕らは
「あいつ、しょうがないんだよ」って言いながらも、
元気よくこっちに走ってくる人のことが
好きじゃないですか。
池谷
たしかに、神経細胞って、
伸びてつながろうとしてくるんですよね。
お互いに手を取り合っちゃって。

(明日につづきます)

2023-02-09-THU

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