糸井 | あれはたしか震災から1年経ったときの、 テレビの特番かなにかを みていたときのことなんですけど、 「津波で流された夫婦が、 別々の屋根に乗って流されていきながら 最後に屋根が合体して助かった」 という映像が流れたんです。 この映像はすごいなぁ、と。 |
西川 | 別々の屋根ですか。 |
糸井 | 事務所と自宅が対面にあって、 それぞれに屋根の上で流されていくんです。 |
西川 | へえー。 |
糸井 | ご主人のほうが、潜水を仕事にしてる人なので、 知恵が働いて合体できたんですね。 |
西川 | ご夫婦はご無事で。 |
糸井 | うん。 |
西川 | ああ、すごい。 |
糸井 | そしたら、その映像をみたあとで、 その奥さんから「ほぼ日」にメールがきたんですよ。 |
西川 | えー、それもすごい。 |
糸井 | ぼくが書いた何かの文章に反応して メールをくださったんですけど、 書いてあるメールの内容が、 どうもあの番組の夫婦とそっくりなので、 「もしかしたらテレビで放送されたあの方ですか」 とメールで訊ねてみたら、 「はい、そうです」って。 |
西川 | へえー、そういうやりとりが。 |
糸井 | ええ。 で、そのやりとりのメールに、 「私が大丈夫でいられた理由」 というのがいくつか書いてあったんですけど、 その理由のひとつが、 『夜と霧』を読んでいたことだった、 というんです。 |
西川 | 『夜と霧』。 |
糸井 | 看護学校の生徒だったときに、 必読文献でそれを読んでいたそうです。 |
西川 | 『夜と霧』を読んで、大丈夫でいられた‥‥。 それはどういうことでしょう? |
糸井 | 『夜と霧』は心理学者が、 ナチスの強制収容所での体験を記した作品です。 |
西川 | ええ。 |
糸井 | ものすごいことが行われてたという意味では、 人間が人間にやった行ないですから、 天災以上にいやな世界のはずなんですけど、 そこで描かれてることには、 西川さんがさっきおっしゃったような パンツのゴムがゆるむようなとこがあるんですよ。 |
西川 | へえー。 ちょっと読み直してみます。 |
糸井 | ぼくは今までに二、三度買ってたのに、 なぜか読まずにいたんです。 そのメールをいただいたので、 あわてて新訳というのを買い直して読みました。 で、読んでよかったと心から思いました。 |
西川 | そうですか。 |
糸井 | ぜひ読みなおしてみてください。 収容所でひどい経験をした側にも、 悲しい、苦しいだけじゃなくて、 優しかったり、勇気を持っていたりと、 さまざまな気持ちの人がいたということが 上手に書いてあります。 悲劇が起きたとき、大きな声をあげて 非難してまわる人というのは、 やっぱり自分の中のどこかに弱みがあって、 それを打ち消すために大声を出してるところがある。 |
西川 | はい。 |
糸井 | でもね、『夜と霧』の作者はものすごく静か。 もちろん信じられないほど 辛いところも見てるんです。 起こっていることはものすごいのに、 「どこにいるか分からない家族のことを 想像してるときには心が穏やかになる」 という文章があったりする。 |
西川 | ああ‥‥。 |
糸井 | そのことを思うと、 いま日本で叫んだり怒ったり 告発したりしているのは、 ずいぶん安直なことだなぁと思うんです。 |
西川 | ええ。 |
糸井 | だから、ぼくは自分が叫びそうになったら 『夜と霧』を読むべきだと思いました。 看護学校が必読文献で読ませてるのもいいでしょう。 |
西川 | すばらしい一冊ですね。 |
糸井 | うん、すばらしかったです。 生きるよすがになる本ですよ。 でも、ぼくは西川さんの映画を観て、 同じような勇気を与える ものだと思いましたよ。 |
西川 | ほんとですか? |
糸井 | ほめすぎかしら(笑)。 |
西川 | (笑) |
糸井 | いや、でもほんとうに。 たとえば‥‥ 結婚式でみんなよく「幸せになってね」 っていうじゃないですか。 でもぼくはいろんな結婚式で、 「幸せになるのは義務じゃないからね」 と言うんです。 なかなか説明するのが難しいんだけど‥‥ 西川さんの映画には、 そういうことが描かれている気がします。 |
西川 | ありがとうございます。 ‥‥結婚式は、そうですよねぇ、ほんとに。 「おめでとう」っていうのも、 その日が節目だから、 その日いちにちが「おめでとう」なんですよね。 |
糸井 | そうですね。 |
西川 | むかし女の人が、 「将来の夢はお嫁さんです」 と言っていた時代があったじゃないですか。 でも、 お嫁さんってあの日のことなんですよね。 |
糸井 | あの日だけですね。 |
西川 | ねえ。 だから、そのあとの生活は 女の子の夢ではないんだなぁって、 あらためて最近思うんです。 でも、そのおめでたくない それからの時間というのが おもしろいんですよね、きっと。 |
糸井 | ろくでもないことも含めて すてきなんだよね。 |
西川 | きっとそうなんだと思います、ほんとに。 |
糸井 | そのろくでもなさを愛せよ、と言いたい。 |
西川 | そうですよねぇ。 |
糸井 | ろくでもなかったよぉ、 あの映画に出てくる人たちも(笑)。 |
西川 | ありがとうございます(笑)。 そうそう、そうです。 ろくでもない、みっともない人を なるべく出したいなと思ったんです。 (つづきます) |
2012-09-07-FRI