映画『夢売るふたり』は‥‥  ややこしいから すばらしい。  糸井重里×西川美和監督    試写会からの帰り道‥‥ 「やっぱりあの監督はすごいな」と糸井重里。 文藝春秋から出版される単行本の企画で、 その監督、西川美和さんと3年ぶりの対談になりました。 映画の話題を軸にしながらも、 ふたりのやりとりは不定形に、あちこちへ‥‥。 この対談を「ほぼ日バージョン」でもお届けします。 映画と本と、合わせておたのしみください。 観れば観るほどややこしい。 ややこしいからおもしろい。 『夢売るふたり』は、すばらしいです。
 
第4回 『夜と霧』
糸井 あれはたしか震災から1年経ったときの、
テレビの特番かなにかを
みていたときのことなんですけど、
「津波で流された夫婦が、
 別々の屋根に乗って流されていきながら
 最後に屋根が合体して助かった」
という映像が流れたんです。
この映像はすごいなぁ、と。
西川 別々の屋根ですか。
糸井 事務所と自宅が対面にあって、
それぞれに屋根の上で流されていくんです。
西川 へえー。
糸井 ご主人のほうが、潜水を仕事にしてる人なので、
知恵が働いて合体できたんですね。
西川 ご夫婦はご無事で。
糸井 うん。
西川 ああ、すごい。
糸井 そしたら、その映像をみたあとで、
その奥さんから「ほぼ日」にメールがきたんですよ。
西川 えー、それもすごい。
糸井 ぼくが書いた何かの文章に反応して
メールをくださったんですけど、
書いてあるメールの内容が、
どうもあの番組の夫婦とそっくりなので、
「もしかしたらテレビで放送されたあの方ですか」
とメールで訊ねてみたら、
「はい、そうです」って。
西川 へえー、そういうやりとりが。
糸井 ええ。
で、そのやりとりのメールに、
「私が大丈夫でいられた理由」
というのがいくつか書いてあったんですけど、
その理由のひとつが、
『夜と霧』を読んでいたことだった、
というんです。
西川 『夜と霧』。
糸井 看護学校の生徒だったときに、
必読文献でそれを読んでいたそうです。
西川 『夜と霧』を読んで、大丈夫でいられた‥‥。
それはどういうことでしょう?
糸井 『夜と霧』は心理学者が、
ナチスの強制収容所での体験を記した作品です。
西川 ええ。
糸井 ものすごいことが行われてたという意味では、
人間が人間にやった行ないですから、
天災以上にいやな世界のはずなんですけど、
そこで描かれてることには、
西川さんがさっきおっしゃったような
パンツのゴムがゆるむようなとこがあるんですよ。
西川 へえー。
ちょっと読み直してみます。
糸井 ぼくは今までに二、三度買ってたのに、
なぜか読まずにいたんです。
そのメールをいただいたので、
あわてて新訳というのを買い直して読みました。
で、読んでよかったと心から思いました。
西川 そうですか。
糸井 ぜひ読みなおしてみてください。

収容所でひどい経験をした側にも、
悲しい、苦しいだけじゃなくて、
優しかったり、勇気を持っていたりと、
さまざまな気持ちの人がいたということが
上手に書いてあります。

悲劇が起きたとき、大きな声をあげて
非難してまわる人というのは、
やっぱり自分の中のどこかに弱みがあって、
それを打ち消すために大声を出してるところがある。
西川 はい。
糸井 でもね、『夜と霧』の作者はものすごく静か。
もちろん信じられないほど
辛いところも見てるんです。
起こっていることはものすごいのに、
「どこにいるか分からない家族のことを
 想像してるときには心が穏やかになる」
という文章があったりする。
西川 ああ‥‥。
糸井 そのことを思うと、
いま日本で叫んだり怒ったり
告発したりしているのは、
ずいぶん安直なことだなぁと思うんです。
西川 ええ。
糸井 だから、ぼくは自分が叫びそうになったら
『夜と霧』を読むべきだと思いました。
看護学校が必読文献で読ませてるのもいいでしょう。
西川 すばらしい一冊ですね。
糸井 うん、すばらしかったです。
生きるよすがになる本ですよ。

でも、ぼくは西川さんの映画を観て、
同じような勇気を与える
ものだと思いましたよ。
西川 ほんとですか?
糸井 ほめすぎかしら(笑)。
西川 (笑)
糸井 いや、でもほんとうに。
たとえば‥‥
結婚式でみんなよく「幸せになってね」
っていうじゃないですか。
でもぼくはいろんな結婚式で、
「幸せになるのは義務じゃないからね」
と言うんです。
なかなか説明するのが難しいんだけど‥‥
西川さんの映画には、
そういうことが描かれている気がします。
西川 ありがとうございます。
‥‥結婚式は、そうですよねぇ、ほんとに。
「おめでとう」っていうのも、
その日が節目だから、
その日いちにちが「おめでとう」なんですよね。
糸井 そうですね。
西川 むかし女の人が、
「将来の夢はお嫁さんです」
と言っていた時代があったじゃないですか。
でも、
お嫁さんってあの日のことなんですよね。
糸井 あの日だけですね。
西川 ねえ。
だから、そのあとの生活は
女の子の夢ではないんだなぁって、
あらためて最近思うんです。
でも、そのおめでたくない
それからの時間というのが
おもしろいんですよね、きっと。
糸井 ろくでもないことも含めて
すてきなんだよね。
西川 きっとそうなんだと思います、ほんとに。
糸井 そのろくでもなさを愛せよ、と言いたい。
西川 そうですよねぇ。
糸井 ろくでもなかったよぉ、
あの映画に出てくる人たちも(笑)。
西川 ありがとうございます(笑)。
そうそう、そうです。
ろくでもない、みっともない人を
なるべく出したいなと思ったんです。

(つづきます)

2012-09-07-FRI

 

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