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・「風媒花」って、なんともいいことばです。 風が種子を遠くに飛ばしてくれる。 飛んだ種子が発芽して、そこにまたその植物が育つ。 風に乗って遠くに旅するために、 ふわふわしていたり、プロペラのようになっていたり。 他にも、種子を遠くに運ぶやり方はいろいろあるわけで、 虫に花粉を運ばせて受粉をする「虫媒花」や、 動物の毛にくっついて移動する「動物媒花」、 そして鳥に食べられることによって運ばれ、 種子を糞といっしょに出される「鳥媒花」もあります。 あ、鳥が昆虫のように受粉の手伝いをする場合もあるか。 それぞれにおもしろいなぁ、と、思うのですが、 もうちょっと考えると、気が遠くなるのです。 「風媒花」は風とどこで知り合ったのでしょう。 「虫媒花」は、虫のことをどうして知ったのでしょう。 「動物媒花」は、どの目で動物を見ているのでしょう。 「鳥媒花」は、鳥の好みをなぜ知っているのでしょう。 たぶん、植物たちは、考えたわけじゃないのです。 そして、風の側からじぶんを見ているわけでもない。 風と花は、いっしょに育ったのでしょうか。 いままでどおりの、ぼくの考え方の枠組みでは、 まったくわからないことなのです。 植物が単独で存在しているはずはない。 それはよくわかるのですが、 風も、虫も、鳥も、動物も、植物とは別のものです。 別のものの存在やら行動やらを、 植物はどうして知っているかのように生きているのか。 もう少し考えると、人間の知り方生き方のほうが、 ずいぶん特別だという気もしてきます。 見たり、知ったり、考えたりをするわけじゃないのに、 花は風や虫や鳥たちとうまくつきあっている。 すべては、ほんとうは別々のものでなく、 ひとつのものなんじゃないかとも思えてくる。 このへんのことを考えはじめると、脳がしびれるようで、 けっこう気持ちのわるい快感があるんです。 今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。 金環日食、準備はオッケー? 路線図のさらなる改良も。 |
| 2012-05-16-WED |
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