『知ろうとすること。』という、文庫本が出ました。
文庫本ですが、新しい本です。
最初から、文庫本のかたちで出したのです。
本を出したのは、糸井重里と、
東京大学大学院理学系研究科教授の
早野龍五さん。
ふたりは、2011年3月11日に起こった
東日本大震災の直後、
さまざまな情報が錯綜するなかで、
ツイッターを通じて出会いました。
科学的な立場をまっすぐ貫く早野龍五さんと、
じぶんのできることをしようと
自問自答する糸井重里。
震災後の態度だけでなく、
同じ時代に暮らす人として、
ふたりは互いに興味を持ち、
尊敬し合い、おもしろがり、
2013年の春先には、
「そろそろ会いましょうか」という感じで
はじめて会って話をしました。
(そのときの様子は
『早野龍五さんが照らしてくれた地図』
というコンテンツになっています。)
いまから1年前、
2013年の9月に早野さんが
久しぶりに「ほぼ日」を訪れて、
「これまでの福島での活動を
まとめるような本をつくりたいんです」
とおっしゃいました。
ちょうどそのころ、糸井重里は、
「東日本大震災から3年近く過ぎたいま、
少なくともここまでは確かに言えるという、
最低限の科学的な知識は
きちんと伝えていきたい」
と思っていました。
それで、ふたりはいっしょに本を出すことにしました。
どんな本にするか、長く、何度も、話し合いました。
はじめのうち、それは、あまりにとりとめがなく、
まったく結論へ向かいませんでした。
なにしろ、放射線や事故の影響に関して、
なにをどこまで言うか、ということについては、
「きりがないぞ」という難しさが
つねにつきまといましたから。
それでも、何度も話し合いを重ねるうちに、
すこしずつ、つくりたい本の姿が見えてきました。
たとえば、福島で、ある勉強会が開かれたとき、
中学生の女の子が心配そうにやってきて、
こんなふうに質問したそうです。
「私は、ちゃんと子どもを産めるんでしょうか?」
早野さんは言います。
「そういうとき、私は、
自信を持って『はい、ちゃんと産めます』と、
躊躇せずに、間髪を入れずに、答えたい」
ただ単に、科学的な事実、答えが
ポンと書かれているだけの本ではなくて、
「躊躇せずに」とか「自信を持って」とか
そういう気持ちや姿勢が伝わる本にしたいと
早野さんも糸井も思いました。
科学的に根拠のない不安を抱えた人に
「放射線の影響は認められません」と
無機質に伝えるのではなく、
「間髪を入れずに『大丈夫です』と
自信を持って言いたい。」と、
ある種の悩みや、いらだちさえも含めて、
発する人の内面が表現されている本にしたい。
あるいは、糸井重里がこんなふうに、
テーマを提示したことがありました。
「本屋で積んである雑誌を買うとき、
つい、いちばん上にある本じゃなくて、
何冊か下にある本を買ってしまうんです。
いちばん上の本が汚れてなくても、
下のほうから取ってしまう。
これって、科学的じゃないですよね?
でも、ぼくだけじゃなく、多くの人は、
科学的じゃない判断をしてしまう。
そういったことを、前提として理解しつつ、
それでも、ぼくがこころから思うのは、
ほんとうに大切な判断を
しなければいけないときは、
必ず科学的に正しい側に立ちたい
ということです」
科学的に正しいことのみを
絶対的なものとして列挙するのではなく、
かといって、科学的におかしいことを
曖昧に肯定するのでもなく。
そんなふうにして、本のコンセプトは、
少しずつ、少しずつ、固まっていきました。
そしてそれと同時に、
本をどういうふうに行き渡らせるかについても
考えがまとまってきました。
早野龍五さんと糸井重里は、この本を、
文庫本のかたちで出すことにしました。
安価で、手にとりやすいかたちにすることが、
「少しでも多くの人にこの本を行き渡らせたい」
というふたりの意図に
もっとも適していると思えたからです。
そこで私たちは、
たくさんの文庫本を出版している
新潮社さんに相談しました。
新潮社さんは、本の趣旨に賛同し、
ぜひ出しましょうと言ってくださいました。
おかげで、あちこちの町の本屋さんにも、
本が並ぶことになります。
ちなみに、定価は430円です。
本の表紙は、文庫本にしてはちょっとめずらしい、
撮り下ろしの写真をつかうことにしました。
撮影は、福島県立福島高校の
校舎をつかわせていただきました。
「福島での3年間の活動は、
どちらかといえばマイナスをゼロに
戻すようなことが多かったけれど、
これからはゼロから
プラスを積み上げるような
活動をしていきたい」という意図から、
早野さんは、福島県の高校生に向けて
ときどき特別授業を行っています。
授業がある日に合わせて
糸井重里は福島高校に出かけ、
高校生たちにも入ってもらって写真を撮りました。
「未来にむかう本」にしたかったので、
ぴったりの表紙になったと思います。
(今年の春、早野さんは福島の高校生たちを、
スイスのジュネーブにある
世界最大規模の素粒子物理学研究所、
CERNに連れていきました。
その話も本のなかに出てきます)
分析したデータや測定した数値などを、
本のなかにどのくらい入れるのか、
ということについては何度も話したのですが、
けっきょく、表やグラフといった資料については
本のなかにはほとんど入れないことにしました。
そういった科学的な入門書は
ほかに良質な本がいくつも出ていますし、
「入れないより入れたほうが親切だ」
という考えで物事を決めていくと、
本は、あっという間に、重厚で、
読むのがたいへんなものになっていきます。
ちなみに『知ろうとすること。』は
ぜんぶで192ページ。
とっても薄い文庫本です。
(放射線に関する科学的な入門書としては、
以下の本をおすすめします。
『いちから聞きたい放射線のほんとう』菊池 誠、小峰公子
『やっかいな放射線と向き合って
暮らしていくための基礎知識』田崎晴明
『専門家が答える 暮らしの放射線Q&A』
また、さらに理解を深めるためにこちらも
『原発事故と放射線のリスク学』中西準子)
『知ろうとすること。』という
本のタイトルは、糸井重里がつけました。
これからの時代におそらく必要になる、
「科学を読む力の大切さ」や、
「こころのありよう」を表したものであると同時に、
「素人がすること」という意味合いも、
こっそり込められているそうです。
たしかに、この本のなかでは、
科学の専門家である早野龍五さんに
素人の糸井重里が素朴な疑問をぶつけていきます。
ですが、「早野=先生、糸井=生徒」という
わかりやすい構造に終始しているわけではなく、
早野さんのなかにある「素人」な成分や、
糸井の表現にまつわる「専門性」などが、
会話のなかで互いに引き出され、絡み合い、
両者の関係がくるくると動いていくところが
この本の醍醐味であるといえます。
しかし、最終的な主役は、
やはり、早野龍五さん、その人です。
混乱のなかで事実を積み上げていく冷静さ、
最善だと判断すればすぐに実行に移す行動力、
そして、天性の明るさ。
本のなかはすべてを掲載できませんでしたが、
ジュネーブを拠点にした
反物質の研究を本業としながらも、
お茶や歌舞伎を好み、
糸井との対談の場にも和服でひょいと現れる、
その、独特のパーソナリティー。
早野さんの実力と誠実さと明るさなくして、
この本は生まれなかったでしょう。
本の内容に戻るなら、
現在の早野さんの活動の原点になった
「1973年の東京における
放射性降下物測定の話」、
そして、糸井の素朴な疑問からはじまり、
予想外に早野さんが大きく展開させてしまった
「138億年前の水素の話」などは、
帯や紹介文などには書かれない、
この本の隠れた読みどころとなっています。
ずいぶん、長い説明になりました。
『知ろうとすること。』という本は、
誰にでも手にとってもらえるように、
たくさんの人におもしろく読んでもらえるように、
放射線のことについて気軽な入口になるように、
最低限の基準が自然に伝わるようにつくりました。
じっくり1年かけてつくりましたけど、
重厚さとは対極にある、
ライトでブライトな本に仕上がりました。
ぜひ、手にとって、読んでみてください。
以下に、本の内容を立ち読みできるように、
テキストの一部を見本として抜き出してみました。
クリックすると、読むことができます。