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おととしの秋、あの赤いスケッチブックが
「7万ユーロ」(日本円にして800万円超)で
落札されてから1年数ヶ月、
5カ国に5つの図書館が建ったと聞きました。 |
2011年10月、オークションのときの堤さん(中央)。 |
堤 |
はい、そのことは、すごくうれしかったです。
でも、その一方で、
「あれ? 何かがおかしい」って
ずっと感じていました。
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それは、どういうことですか?
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堤 |
こんなにぜいたくな「あそび」をさせてもらって
心底たのしかったんですけど、
完成したスケッチブックをオークションにかけ、
その収益金が
チャリティへ寄付されたということを
ぼく自身、うまく消化できなかったんです。
なぜなら、もともとチャリティは「後づけ」で、
あの「あそび」をはじめた当初、
そこには、ほとんど意味なんかなかったから。
はじめから「いいことをしよう!」と思って
スタートしたわけじゃなく、
本当の理由は、
「あそび」にくっついてくる「お金の問題」を
取り除きたかったからなんです。
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いつかのメールで
「図書館が5つも建っちゃうみたいで‥‥」
と、半ば戸惑いのように
書かれていたのを、覚えています。
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堤 |
それが、正直な気持ちでした。
あれは「あそび」だったのに、
チャリティの部分で思がけない注目を浴びて
何とも言えない、変に「イガイガ」した気持ちが
芽生えてきました。
罪悪感と言ったら、すこしちがうと思うんですが、
「いいことをしてるわけじゃないのに、
評価されてる‥‥」みたいな、
「ちょっと居心地のわるい感じ」と言いますか。
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そもそも、どう転がっていくかもわからないし
チャリティにしちゃえば
「あそび」に集中できると思ったって、
糸井との対談のときにも、おっしゃってました。
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2011年1月、糸井重里との対談。宮崎駿さんを訪ねる直前のことでした。 |
堤 |
そうなんです。
でも「あそび」の途中で、
これは、かなりの価値がつくかもしれないと
気付いたとき、
あいまいにしていた「チャリティ」の部分を
真剣に考えざるを得ませんでした。
だから、自分たちなりに責任感を持って、
一生懸命に調べて、
いちばん納得のいく「お金の行き先」を
探したんです。
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「イガイガ」を抱えたまま。
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堤 |
はい。
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いちばんはじめに決まった寄付金の行き先は
「ラオス」でしたが、これは‥‥。
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堤 |
今回、ぼくたちは
途上国で
学校や図書館建設のプログラムを実施している
NGO団体「Room To Read」を通じて
寄付してるんですが、
ラオスって「Room To Read」が入るまで
「自国の言葉でつくられた絵本」
が、一冊も存在していなかったそうなんです。
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じゃあ、そのことが、ひとつの「決め手」に?
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堤 |
スケッチトラベルには、
絵本作家も多く参加してくれていましたし、
当然、ぼくたちには
「子ども時代には、絵本がそばにあってほしい」
という気持ちがあったので。
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なるほど。
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堤 |
‥‥とはいえ、正直に言えば
ラオスという国に
はじめから思い入れがあったわけでは、ないです。
スケッチトラベルが
チャリティのプロジェクトになっていった経緯と
同じように、
「なんとなく、偶然」ラオスになりました。
なんとも、いいかげんな話なんですけど‥‥。
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でも、最終的には
ラオス・カンボジア・スリランカ・ネパール・
ベトナムの5カ国に
図書館をひとつずつ建設し、
さらに、それぞれの国で
絵本の出版をサポートすることになりました。
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堤 |
収益金が、思った以上に大きかったんです。
そのお金で、どれだけ図書館が建てられて、
どれだけ
絵本の出版をサポートできるか調べた結果、
その5カ国になりました。
ようするに「たまたま」決まった5カ国でした。
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今回、スリランカとカンボジアへ
できあがった図書館を見に行ったそうですけど
それも‥‥たまたま?
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堤 |
はい‥‥そうなんです(笑)。
たまたま、タイミングとニーズが合ったので。
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ニーズというのは
つまり、現地でのワークショップの件ですね。
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堤 |
図書館の見学がてら、
現地のアーティスト向けの絵本ワークショップを
開いてほしいと頼まれまして。
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堤さんは『あ、きこえたよ』という絵本を
出版されていますものね。
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堤 |
そうなんですが、逆に言えば、それしかない。
おもしろそうだったので引き受けたんですが、
絵本に関しては「ほぼ素人」なんです。
ぼくといっしょに、ワークショップに参加した
ピクサーの監督ローニー・デルカーメンも
アニメの世界の人間ですから、条件は同じです。
そこで、自分たちのできることに素直になって
「絵で物語を伝えること」をテーマにしました。
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ある意味では「チャレンジ」でもあったと。
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堤 |
「Room to Read」がちからを入れているのは
「外国の言葉」でなく、
「現地のアーティストが、現地の言葉で
現地の文化を伝える絵本」
なんです。
だから、
ぼくたちアメリカで仕事をしている人間が
無責任に絵を教えてしまったりしたら、
一歩まちがえたら
大失敗につながる恐れも、ありました。
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現地に行ってみて、どうでしたか?
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堤 |
スリランカでは、首都のコロンボから
山道をクルマで6時間もかけて
図書館を目指したのですが、
近づくにつれ、
だんだん心配になってきたんです。
こんな遠い国で、スケッチトラベルのお金は
ちゃんと使われているのだろうか?
チャリティ団体だってビジネスと同じで、
経営のされかた次第で、失敗してしまいます。
ぼくは、仕事も「あそび」も
120%、本気でやらないと気が済まないので
もし、いいかげんなものだったら‥‥と。
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訪れた図書館に落胆してしまったらって
思ってしまったというわけですか。
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堤 |
本当に、おかしな話ですよね。
チャリティは「後づけ」だったはずなのに、
いざ来てみたら、
ものすごく期待している自分がいたんです。
とにかく、そうやってドキドキしながら、
ようやく山の上の学校に着きました。
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そしたら‥‥?
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堤 |
ちいさな学校の前に、
正装した子どもたちが並んでいました。
炎天下のもと、白い服に汗をにじませ、
ぼくたちが到着するのを
ずっと待っていてくれたんだそうです。
ちいさな女の子が、ぼくとローニーに
花の首飾りをかけてくれました。
そして、子どもたちが
ささやかな楽器で賑やかな音を出しながら
ぼくたちを校舎へ導いてくれました。
学校全体で‥‥といっても50人くらいですが、
ともかく、全員で
ぼくたちを迎えてくれたことに感動しました。 |
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肝心の図書館は‥‥どうでしたか?
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堤 |
畳8畳くらいの部屋に、本棚がみっつ。
そこに、絵本が並んでいる‥‥
それだけの、ちいさな図書館でした。
でも、目をキラキラさせた子どもたちが
先生の読み聞かせる絵本に聞き入っていました。
ぼくたちには眩しいくらい、輝いた空間でした。
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ちいさいけれど、キラキラしていた。
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堤 |
先生がたや「Room to Read」のスタッフが、
図書館を継続していくための
経営のプランを説明してくれました。
数年後には「Room to Read」の支援なしに
図書館を維持できるんだそうです。
「おお、ちゃんと考えられている!」
感動に浸っていた自分のとなりの
「冷静な自分」も、ようやく安心しました。
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続けていけるしくみが、敷かれていた。
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堤 |
学校をあとにするとき、
一斉に「ストゥーティー!(ありがとう)」
とお礼を言われました。
これ以上ない「ありがとう」でした。
「よかった。素晴らしい図書館だった」と、
心からそう思いました。
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よかったですね!
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堤 |
感動で胸をいっぱいにして帰ったんですが、
でも、また疑問が湧いてきたんです。
「自分たちは、
あの『ストゥーティー!』に値することを
やったんだろうか?」
という疑問が。
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以前からの「イガイガ」が、ふたたび。 |
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堤 |
「あそび」ではじめたプロジェクトの
「結果」として、この図書館は生まれたんです。
こんなに感謝されていいのだろうか?
自分の感じていた「イガイガ」は
よりズッシリとした「ゴリゴリ」に変わりました。
でも、そんなことに悩んでるひまもなく、
次の日から、30人ほどの現地アーティストを相手に
絵本のワークショップがはじまりました。
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── |
はい。
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堤 |
10代の若いアーティストから、
60歳を過ぎたベテランまで、さまざまでした。
みなさん、ワークショップを受けるために
遠くからやって来てくれた人ばかりで
美術を勉強したわけではなく、
主に、与えられた物語に沿ってイラストすることを
仕事にしているアーティストたちでした。
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どんなワークショップをしたんですか? |
堤 |
スケッチトラベルの参加アーティストの絵を見せながら、
決まりきったかたちではなく、
自分自身を大切に、
「仕事」でなく「あそび」の感覚でたのしんでほしいと。
2日間のワークショップの最後、
彼ら彼女らのつくったちいさな絵本を見ていたら
すごいポテンシャルを感じました。
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おお。 |
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堤 |
最初は、ウンともスンとも言わずに
ぼくたちをにらみつけていたヒゲ面のおじさんも
最後は「天使になりたかったワニ」という
ヘンテコリンでお茶目な絵本をつくりあげました。
写実的で細かい鉛筆画が得意な女性は
折り紙を貼付けたコラージュで一冊つくりました。
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それらが、素晴らしかったわけですね。
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堤 |
そうなんです。
アーティストたちの表現力、
あの2日間で、飛躍的にアップしたと思います。
「言われるがままの仕事」ではなく、
子どものころみたいに
自由な「あそび」の心で描いてほしいという気持ちを、
うまく理解してくれたのかなと思いました。
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スケッチトラベルの重要な部分ですものね。
「あそび」というのは。
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堤 |
図書館にも、ワークショップにも感動したぼくたちは
後ろ髪を引かれるように
次の国、カンボジアへ向かいました。
心の奥には
例の「ゴリゴリ」がまだ沈んでいたんですが、
それについては
つとめて忘れるようにして、向かいました。 |
<後編へ続きます> |