HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN

entoanのルームシューズ。11月9日(木)午前11時販売スタート

ルームシューズって手軽なものだから、手軽に作られたものが多い。こんなふうに本職が靴屋さんの人が、靴の技法で丁寧に作ったルームシューズは、すごく珍しいものだと思います。 靴磨 山邊恵介さん

entoanのルームシューズを開発中のとき、
「等々靴磨店」の山邊恵介さんがそれを見て、
ちょっとこちらがびっくりするくらい、
感激してくださったことがありました。
それが、タイトルのことば。
ルームシューズというものが「手軽」なものだから、
手軽につくってしまうものなんです。
でもこんなふうにしっかりとつくられたルームシューズが
存在するなんて‥‥と、サンプル品をぎゅっと抱きしめて、
「惚れた!」とまで。
ようやく完成した製品を前に、
あらためて、山邊さんに感想をききました。
どうです? このルームシューズ?

成したんですね!
以前ちらりとサンプルを拝見して、
とてもたのしみにしていたんです。
ああ、つま先の反りもいいなあ、
革の香りもいい。染めの色もいい。
上質な革を使っているんですね。
ぼくは靴磨屋だから、
じっさいに靴を履いた回数は少ないけれども、
靴を見て、触った経験は多いと思います。
その目から見ると、このルームシューズの
「本気」はすごいものだと感じます。

縫い方ひとつとっても、そうですよ。
これは革靴用のミシンを使っていますよね?
布地のスリッパを縫うミシンとは別の。

(はい、その通りです。)

やっぱり。こういう立体感、品質感は、
靴専用のミシンでなければ出ないんです。
しかも、技術が、高級紳士靴のものですよね。
こんなふうに惜しみなく、その技術を使って
ルームシューズをつくった人というのを、
ぼくは知りません。

きっと、既製品として流通しているスリッパや、
いわゆるルームシューズを参考にしていないですよね。
どんな製品にも「元になる部分」があると思うんですけど、
このルームシューズには、そういうものがなく、
「こういうものが作りたい」とか、
「こういう感じのものがほしいよね」
っていうところの部分が、
とても強く感じられます。
今までのスリッパから発想したら、絶対ありえない、
ここまで手間をかけようっていう発想が
まず出てこないですよ。

前回サンプルを見せていただいたときに、
そのことを思ったんです。
「どうして最適解をルームシューズに
求めてる人はいなかったんだろう?」って。
ほどほどのもので満足というか、
汚れたり壊れたりしたら捨てればいい、
というふうに、ぼくらも思っている。
これは靴磨にもそういう側面があって、
磨いてもらうと「ああ、そうか。汚かったんだ」
っていうことに気づくんですね。
同じことで、これを見て初めて
「あ、そうか。ルームシューズにも
『いいもの』があるんだ」
「できるんだ、こういうことが」っていうことを、
いちばん最初に思ったんです。

履いてみて思うのは、
脱げちゃうっていう感じが一切ない。
ものすごくちゃんとホールドしています。
サイズの決め方もこまやかだと思いますが、
革のもともとの性質、毛並みとかの性質を使って
ホールドしているんですよね。
きつい、ということではないんですよ。
‥‥そうか、この裏側や、足の当たる部分を、
こまかくやすりで削って起毛させている。
そのことがホールド感のある履き心地に
つながっているんですね。
しかも、ホールドしているのに脱ぎやすい!
不思議です、まるで乗馬のときに、
馬と意思疎通があって、するっと降りられる、
あの感じに似ている気がします。

そして、歩きやすさです。ホールド感とともに、
シャークソールっていうのかな、この靴底と、
先端のカーブゆえに、「前に送り出す」力が出る。
これはもともと、砂地を歩く用に作られた、
デザートソールの一種ですから、
非常に足場の悪いところでも確実に食い込んで
推進力を作っていかなければいけないんですね。
そもそも靴底でもあまり見ないですから、
ましてやルームシューズで使われることはありません。

こんなふうに言うとまるで
「手間をかけているからすばらしい」
と思われそうなんですが、
世の中には手間をかけていても
手間ばかりが見えてしまって、
結局まったくうるさいものができあがることも
多々ありますよね。
ところがこのルームシューズは、
まったくやかましくない。
‥‥カッコいいんですよね。
これを室内で履いてたら、
さぞやカッコいいだろうと思うんです。

きっと「靴職人がつくりました」
というのがキーワードになるんだと思うんですが、
乱暴に思い切って言ってしまえば、
そんなことはもうどうでもいいぐらい製品が素晴らしい。
誰がどうやって作ったかっていうストーリーって、
とても大事だし素敵なことなんですけれど、
そんなことを忘れるぐらい
製品が素晴らしいこともあるんですね。

うまく言えませんが、このルームシューズは
「最初からこのかたちで生まれてきた」
ものみたいです。
人もそうですけれど、育つときって、
パーツごとじゃなくて
ぜんぶいっしょに育っていきますよね。
ものをつくるときって、細部のことを、
「あとで決めればいいから」なんていうふうに、
全体に隷属するものみたいな形になることがある。
このルームシューズでいえば、糸の始末とか、
そういう部分ですけれど、そういうものが
大きいプランの下敷きになってしまうと、
結局、全体がまとまらないんですよね。
こういうちっちゃい宇宙を持ってるものは、
そういうつくりかたでは駄目なんだろうな。

色の選び方もいいですよね。
メンズとウィメンズと明確に分かれてる靴の世界では、
こういう中性的な色合いを使うことは非常に難しい。
でも、ルームシューズという、
非常にこう何とも言えないモニョモニョした、
土間なのか板の間なのかカーペットなのか、
もしかしたら家でもなければ外でもないような場所で、
男女ではなくサイズ、ということもあるし、
緩衝地帯、中立地点に立っているものということを、
革の色えらびという面においても、
ちゃんと味方に回して、活かし切っていると思います。
こういうのって「ハッキリしてるのがいい」
って考え方だと出てこない発想なんですよ。
はっきり「これは何用です」
「こういうスペックがあります」
と明示する商品ではできないことです。
「生活のたのしみ展」には、これが壁に並ぶんですか?
うわぁ、その姿、きっと、きれいだろうなあ。
ぼくも靴磨の途中に、見に行きますね。

山邊さん、ありがとうございました。
「革靴を磨くプロ」すなわち
「革靴を知り尽くしたプロ」に
ここまで褒めてもらえて、ぼくらも感激です。
この原稿を書いている私(武井)、
じつはこのルームシューズは
ファーストサンプルを購入して2年ほど使っています。
ふだんは部屋履きとして使い、
それを出張や旅行のときにも携行します。
飛行機の中で履き替えて使いますし
(蒸れないし、寒さや暑さの苛々もなく、
長時間のフライトでも、快適ですよ~。
機内のトイレに行くときにも安心感があります)、
ホテルの部屋でも大活躍しています。
靴底って「あんがい汚れるんだよな」
と思っているのですが、
このソール、汚れがつきにくくて、
わりといつまでも白さを維持しています。

そうそう、最近、entoanさんに
修理をお願いしました。
劣化したのではなくうっかり引っかけて
革の端、ミシン目の部分を
破いてしまったからなのですが、
みごとにきれいになって戻ってきました。
靴底の張り替えもできます。
「修理のできるルームシューズ」というのは、
たぶん、とても珍しいと思います。
(今回販売するものも、修理可能です。)

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