サントリー美術館学芸員。
1982年生まれ。
学習院大学大学院人文科学研究科
美術史学専攻博士後期課程単位取得退学。
現代の「絵巻マニア」のひとりとして
六本木開館10周年記念展
『絵巻マニア列伝』を企画。
共著に『かわいい絵巻』(東京美術)がある。
ほぼ日手帳springのカバー「世界の伝統柄 emaki」は、
日本の絵巻物からイメージを広げてデザインされました。
斜めに交わる格子と、その上に浮かぶ雲。
それは、無限に広がっていくような「ある世界」と
その世界を少し上空から俯瞰しているような感覚を
あらわしているかのようでもあります。
このカバーのもとになった日本の絵巻物には
どんな世界が描かれていて、どんなふうにして
昔の人々に親しまれていたのでしょうか。
「emaki」カバーがデビューしたこの春、偶然にも
『絵巻マニア列伝』という展覧会を企画していた
サントリー美術館学芸員の上野友愛さんに
絵巻物の見方と楽しみ方をお聞きしました。
※記事内の写真はすべて『絵巻マニア列伝』展の会場にて、
特別に許可を得て撮影したものです(無断転載禁止)。
【●】マークのものは、会期中全期間展示される作品です。
作品保護のため、会期中展示替えを行います。
プロフィール
上野友愛 Tomoe Ueno
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展覧会案内
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『六本木開館10周年記念展 絵巻マニア列伝』
後白河院から足利歴代将軍、松平定信まで、
絵巻を熱狂的に愛した人物にスポットを当て、
その鑑賞記録などをたどりながら、
絵巻の名品の数々を紹介。
サントリー美術館にて
5月14日(日)まで開催中。
第1回絵巻ってなんだ?
そもそも、絵巻って?
- ――
- はじめまして。
今日は、『絵巻マニア列伝』で展示されている
実際の絵巻を見せていただきながら、
「絵巻物」について教えていただきたいと思います。
- 上野
- はい、よろしくお願いします。
- ――
- ことしのほぼ日手帳springで
「世界の伝統柄emaki」というカバーを作りました。
いわゆる和柄をそのままデザインに使うのではなく、
伝統的な日本のモチーフから
イメージをふくらませていくことで、
いまの時代でもかっこよく持てるような、
モダンなカバーをデザインしていただいたんです。
- 上野
- かわいい手帳カバーですね。
- ――
- ありがとうございます!
でも、よく考えると
「絵巻」って、ふだんなかなか目にしませんし、
何が描かれていて、どうやって見たら楽しめるのか、
あんまりわかっていないと気づいたんです。
- 上野
- ええ、そうですよね。
- ――
- そもそも、絵巻ってどんなものなのでしょうか。
- 上野
- まず、
「巻物」という形状は、屏風や掛け軸と同様に中国から、
奈良時代までに伝わったと考えられます。
- ――
- 奈良時代‥‥今から1300年ぐらい前ですね。
- 上野
- これは風土の問題かもしれないのですが、中国の巻物には
延々と横につながっていくパノラマの景観だったり、
図鑑的な絵の羅列であったり、
あるいは、画面の上と下が2分割されていて、
まるで絵日記のような感じで
上に絵が、下にお経が書いてある
「二段形式」のものが主だったようです。
- ――
- ああ、絵日記みたいに。
- 上野
- 日本にその画面形式が入ってきた後に
どういう変化が起こっていったのか、
現存作品が全然なくて、わからないんですけれども、
日本で発展した絵巻物の形式は、違うんです。
言葉があって、絵があって、
また言葉があって、絵があるんです。
- ――
- 日本に入って、変わったんですね。
- 上野
- はい。言葉があり、その絵が描かれるという
「物語る絵」になっているんです。
さらに、日本では「ストーリー」を描くことに特化した
メディアに成長していったんです。
- ――
- 中国では絵の羅列だったり、
お経が書いてあったりしたものだった巻物が、
日本では、お話を描くメディアになったと。
- 上野
- いま日本に現存する最も古い絵巻は、
国宝の『源氏物語絵巻』です。
この『源氏物語絵巻』の時点では、すでに
中国の巻物とは、まったく違うものに成長しています。
巻物はそもそも
日本オリジナルのメディアではないんだけれども、
日本に入ってから、「物語を描く」というものに
成熟したんです。
- ――
- 変化、成熟するまでに
いろんな試行錯誤があったのでしょうか。
- 上野
- あったかもしれないですね、
「二段形式」ではどうにもならない何かが(笑)。
たとえば「二段形式」では
文章の幅に合わせて絵を描かないといけないんです。だから、
「もっと絵を描きたいのに、
文章が短いからなあ」みたいに思ったかもしれません。
それで何か変化がおこって、日本では、
「詞書(ことばがき)」といわれる文章と、絵との
総合芸術になったんです。
- ――
- 文字も絵も、同じ人が書くんですか。
- 上野
- いいえ、まったく分業なんです。
そもそも、絵巻ははじめから
長いロール状の紙ではないんです。
- ――
- 文字の部分と絵の部分が
別々に作られるということですか。
- 上野
- 絵のうまい人、字のうまい人がそれぞれ書き、
持ち寄った上で、それを貼り合わせて作るんです。
- ――
- その作業は2人でやるんですか。
それとも、誰かまとめる人がいるのでしょうか。
- 上野
- 指示を出す注文主もいますし、
プロデューサー的なことを手掛けていた第三者もいます。
そういう「絵巻マニア」がいたんです。
- ――
- ああ、今回の展覧会に出てくるような
マニアな人たちが。
- 上野
- やっぱり箔を付けるためには、
「あのかたに『詞書』を書いてもらいたい」とか、
「有名な絵師に描いてもらいたい」とか、
いろいろあるわけで。
だからこそ、マニアたちは、
オーダーメイドで発注して、交渉して、手配して‥‥
自分の目指す完璧な絵巻を生んでいったんです。
- ――
- いまでいう、編集者のようですね。
- 上野
- 注文主の依頼内容や意図が
かなり反映されていたと思いますね。
「連続形式」と「段落形式」
- ――
- 日本のものはすべて、そういった
「文字、絵、文字、絵」という形式なんですか?
- 上野
- 絵巻には大きく分けて、
「段落形式」と呼ばれているものと、
「連続形式」と呼ばれているものがあります。
- ――
- 2種類、あるんですね。
- 上野
- 「段落形式」っていうのは、
「詞書」つまり文章に書かれた印象的なワンシーンが
挿絵のように象徴的に描かれているような‥‥
「ある一瞬を描く」という感じですね。
- ――
- はい。
- 上野
- それに対して「連続形式」は、
ほぼ、絵を楽しむための絵巻になっています。
「詞書」はちょろっとしかないもの、あるいは、
言葉がなくなっちゃっていたりするものもあります。
- ――
- 言葉がなくなって‥‥
絵だけで展開するストーリーということですね?
- 上野
- はい。長い文章がないかわりに
絵の横に小さく書いてある文字「画中詞(がちゅうし)」が
入っているものもあります。
これは、今でいうマンガのふきだしですね。
こうやって、ほぼ絵の力だけで進めていくのが
「連続形式」です。
- 上野
- たとえばこれは『放屁合戦絵巻』という戯画で、
平安時代の絵巻を写したものです。
- ――
- こんなにふざけた‥‥といっては失礼ですが、
おなら大会を描くような絵巻もあるんですね。
- 上野
- おならを出すためにお腹を冷やしたり、
みんなでおならを袋につめたり‥‥
いろいろやっています(笑)。
- ――
- でも、すごく表情やしぐさが豊かで
見ているだけでおもしろい。
- 上野
- おならの空気を線で描いたりして、
現代的というかマンガ的ですよね。
わたしたちの視線は、絵の中で
指さされた方向や人物の視線にそって
動いていくんです。
文字がなくても、絵の中で
わたしたちの視線が動き回って、
ストーリーが進んでいくんですね。
- ――
- なるほど。
そして、扇を割って美しく終わるという
エンディングもかっこいい(笑)。
- 上野
- そう、残り香とともに終わる(笑)。
下の人が勝負に勝つ理由もわかりますよね。
これだけ力が入っているし、
ちゃんと的を狙っていますし‥‥。
- ――
- こういうの、小学生の男子が好きそうですね。
- 上野
- ちなみにこの絵巻は、
皇族のかたが最晩年に
楽しんでいたものなんですよ(笑)。
(つづきます)