井上 | 眠れないときは、 眠れないなりに、 対応する技術を持っているものなんです。 |
糸井 | 「何か」をしてるんですね。 |
井上 | 何かをしてるんです。 例えば、徹夜を何晩もするでしょう。 |
糸井 | はい。 |
井上 | そうすると、例えばトラックの運転手が 事故を起こしますね。 証言で「居眠り運転はしていなかった」 なんて言うけど、 じつは、一瞬、秒単位で寝ちゃってるんです。 ですから、主観的に意識は途絶えませんし、 眠ったという自覚はないし、 だけど、脳波で取ってみると、 ちゃんと深い眠りが、 ポッと数秒出てるんですね。 |
糸井 | 犬とか猫とかの眠りと同じでしょうか。 |
井上 | あれは、もう少し長いんです。 動物も、徹底して寝かさないで、 寝るとショックを与えて起こすようなことしますと、 秒単位の眠りがパッパッパッと出てきます。 |
糸井 | 疲れて運転中に起きる秒単位の眠りというのは、 一般的な動物の眠りより ずっと短いってことなんですね。 |
井上 | そうです、そうです。 |
糸井 | そんな眠りがあるんですね。 |
井上 | それで脳を守るんですよ。 そういうことをしてまで、 脳を保護する技術があるんです。 |
糸井 | うわー! 運転手が事故を起こすような問題というのは、 眠りの問題じゃなくて、 仕事の仕方の問題ということでしょうか。 運転をしてはいけないときにしてしまった、という。 |
井上 | それをやってるから なんとかバックアップしてやろうというのでね、 本来持ってる性能として、 それを非常に短い眠りで 脳が壊れないようにするわけです。 ふだんの生活の範囲であれば、 それで大丈夫でしょう、 歩いてたって転びはしません。 だけど、高速道路で運転してたりするとね やっぱりハンドル操作までは フォローできないでしょう。 ですから重大な事故に 巻き込まれることだってあるわけです。 そういう事故が頻発するような社会ができた、 ということも、睡眠に関する、 関心の高まりを生んだのでしょうね。 |
糸井 | いまのお話、井上先生は、 ごく当然のことのように お話ししてくださいましたけど そんなすごいことをわかるのには 睡眠を研究してる方としての歴史があって‥‥、 「いつ頃からわかった」みたいなことが あるんじゃないですか。 |
井上 | あ、それはあります。 |
糸井 | 先生自体も理想の眠りがあるんじゃないかと 思った時代はあるんじゃないですか。 |
井上 | わたくし、若い頃、 全く睡眠に関心なかったんですが、 高校生のときに肺結核をやりまして。 あの頃の肺結核というのは、 言ってみれば死ぬか生きるかどちらかで、 まともな治療法もなく、 ただ寝てるだけだったんですね。 ただ眠れと。 受験勉強なんてまかりならん、 というような、ありがたいような、 自発的じゃなくて、 強制的な不登校時代を送ってるんですよ。 |
糸井 | はっはっは。 |
井上 | そのとき以来、 眠りがいかに自分の役に立っているか、 寝ないといかにもたないかということを知りました。 体力がなかったですからね。 |
糸井 | 実感してたんですね。 |
井上 | 徹夜するよりも、 明日一所懸命やりゃいいんだから、 もう寝なくちゃというんでね、 とにかく寝てました。 寝て、結果として、 生き延びてるんだという 実感はあったわけですね。 ですから、眠りが大事だとか、 眠りの研究をしようとか、 眠りが何をしてるか知ろうとか、 そういった関心じゃなくて、 経験的に、 自分の生命を危険にさらさないためには、 なるべく寝ることだ、という そういう実感がありましたね。 |
糸井 | もう天職みたいですね。 結果的には(笑)。 |
井上 | そうかもしれません。 あとは、永眠するだけだという(笑)、 そのくらいの認識は持ってますけどね。 |
糸井 | やっぱり、大転換だと思うんですね。 現代って、イデーみたいなものに向かって、 なんでも目的とか理想とかというものを描いて、 そこに歩いていけという強迫の形が 一種の時代のパラダイムじゃないかと思うんですよ。 |
井上 | そうですね。 |
糸井 | ぼくは実感的に それが向いてない人間なものですから、 そうするべきだと言われるたびに すごいイヤな感じを得ていた 怠け者だったので、 自己肯定したいために、理屈を考えたいんです。 その意味で眠りの話も、イデーがあって、 目標に向かって、というのじゃない捉え方で、 もっと自由な、眠りも起きてることも、 もっといいことだと思いたいわけです。 そこにいたるには、ぼくは、ぼくなりに、 8時間寝ないと、というのに、 捉われてた時代があったりしてたもんですから、 脱するとどれだけ自由になるだろうか、みたいな 解放されるということを 読者に提示できたらいいなと思って。 いまでもきっと、眠りの本なんかでも、 おそらく、井上先生の大きな意図なり哲学なりと、 出版社が眠りの本を出したいという意図とは、 微妙にズレがあったのではないでしょうか。 |
井上 | そうです。その通りです。 |
糸井 | 「こんなふうに短時間でいい眠りが得られると 働ける、出世できる」という発想の人たちと、 「あなたいままでいい眠りを得てなかったけども、 これを読めば得られるぞ」という、 薬を差し出すような本は、 いくらでも出てるんですけど、 眠りという悩みから解放される方向で話ができたら、 やっぱり、それは一番いいと思ったんです。 |
井上 | そうですね。 結局、そこが一番食い違いでしてね、 そこに、そういう考え方をしないために、 ますます、悩みを深くして、 結局、寝ようと思えば思うほど、 眠れないというのが現代の問題なんですね。 「眠ろうと思う」ということは、 大脳が活動してるということでしょう。 緊張を高めてるということでしょう。 それは覚醒信号なんですね。 寝るほうにいかないんです。 そうすると、ますます起きている。 |
糸井 | そうか、そうか。 |
井上 | 眠りのグルメを追求しようなんていうのはね、 そもそも前提から間違いなんですね。 眠りを気にしない、 眠りは、眠りの脳に任せておくというような、 今日は、どういう眠りがやってくれるか 眠りをコントロールする脳の方が、いわば優位なんだと。 だいたい、人間なんていうのは、浅はかな生き物で、 新製品の方がいいと思ってるでしょ。 ですから、大脳なんて 巨大になっちゃったからと言っていばってる。 他の動物より、大きな大脳を持ってて、 そこで、いろいろ高等なことをやってるから、 高等動物、万物の霊長だと。 新製品というのは、性能は高いし いろんなことやれるけども、 結果として壊れやすいものですね。 うまく、管理しないと、ちゃんと働かない、 それをちゃんと管理してくれる性能が、 睡眠であり、覚醒であるの切り替わる そういうメカニズムなんですね。 |
糸井 | 自分の中に抱えたお天気みたいなものですね。 雨を止ませろと言っても無理なんですね。 |
井上 | そうです。 それに従わないで、 そっちの、性能のいい機械、 つまり大脳を使って 究極の生産性を上げようなんてこと自体が、 もうこれは生き物の進化の流れを 否定してるようなものです。 ちょっとオーバーな言い方ですけどね。 |
(つづきます。) | |
2008-02-20-WED |