鈴木敏夫さんと
深夜の映画館で。
「ダークブルー」の時の
トークを文字で読む。

スタジオ・ジブリのプロデューサー鈴木敏夫さんに会うと、
ふたりとも酒をのまないのに「酒場」な会話になってしまう。
「考えはじめたばかりのナマなこと」を、
とにかく出したくなっちゃうのだ。
つまり、なんというか、まじめにホラを吹くって感じかな。
大勢の観客を前にしても、やっぱり同じだった。
別に、酔っぱらっちゃいないということを、
付記しておきます。

さぁ、お待たせしました。
シネスイッチ銀座での深夜イベントの再録。
あの場にいなかった人にも、お届けできてうれしいです。

第1回 物語は「縛り」から生まれる

第2回 女性とゲイの時代が来ている?

第3回 女の人は、もともと料理をしていない?

第4回 NPOをどう思いますか?


宮崎駿の弁当箱




糸井 アメリカを旅していると
あんまりおもしろくないけど、
ヨーロッパを旅していると、おもしろいです。
飛びこんでくる景色が、
ぜんぶ、ニュースじゃないですか。
長い歴史や時間の蓄積を、
路地のそこかしこに感じるんです。

前にぼくが宮大工の人と会った時にも、
「あ、この長い時間を、オレたちは
 ふだん、計算に入れなさすぎたよなぁ」
という気持ちになるんですね。

その時間軸の中で
生きて死んでいくということが
どういうことなのか、それに興味があります。
ぼくは三木成夫さんという人の理屈が好きで‥‥
人間というのは脳じゃなくて
腸だと言う人なんですけれども。
鈴木 「肚」ですね。
日本には非常に多い考え方ですよね。
肚が座っているとか、肚ができているとか。
糸井 例えば心臓を移植すると性格が変わるだとか、
体調の悪い時に不機嫌になるだとか‥‥
明らかに脳じゃないんですよ。
鈴木 そうでしょうねぇ。

そのことで言うと、
ぼくは常々一緒に仕事をしながらなんですけども、
宮さんにつくづく感心することがあるんです。

ぼくは宮崎に出会って26年目に入っているんですけど、
食うメシが他人と違いますよね。

宮崎駿が何を食べているか。
25年間、変わっていないです。
アルミの弁当箱を持ってくるんですよ。

それで、ごはん、ぎゅうぎゅう詰めなんです。
そこには、卵焼きや沢庵や、ソーセージが
コロッと入っていたり、ハムや揚げ物が入る程度。

それを彼はお昼になると、
毎日ハシでそれをガッとふたつに分けます。
こちら側がお昼で、こっちが夜、と。
ジブリの若いスタッフでさえ、みんなが、
「どこの何がうまい、ここのレストランがうまい」
と言っている時に、そういうものには目もくれずに、
とにかく彼は何十年もそれをやりつづけている。

それって、すごいことですよね。
ぼくは、実はそれが彼の発想の原点なんじゃないか、
と思うんですよ。
だって、揺るぐことがないんですもの。


人間には、必要なものは3つですよね、衣食住。
宮さんは、「衣」にもこだわらないんですよ。
近所のスーパーで充分だという人です。
まあ、「住」の方は、いいところに住んでるなぁとか
いろいろあるんですけど、でも、「食」では、
とにかく25年間、年中お弁当でしょう?

奥さんがたまに旅行に行くと、
自分でごはんを炊いて、
自分で弁当箱を作ってくるんですよ。
おかずも自分で適当に入れてくる。
それ以外のものを、彼は基本的には食べないんです。

大袈裟に誇張して言うと、
宮さんがおいしいものを食べるのは、1年に1回。
誰かに誘われた食事会にいくんですよ。

彼はだいたい、人と一緒に食事をしないですから。
それは何でかっていうと、
彼の食事は弁当箱半分ですから、
1回の食事が5分で済むんですね。


そういう暮らしですから、食事会では、
当然相手は、何かをしゃべりたいと思って
食事に来ているのですけれども、
宮さんにとっては、何しろ食べたことのないものが
1年ぶりに目の前に現れるわけですから、
1個1個、運んできた人に、
「これはいったい何ですか?」
ということを、聞きまくるんです。

聞くと同時に、食べはじめたら
「うまい!」の連発なんです‥‥。
これじゃ、しゃべるヒマは、ないですよ。
糸井 そう言えば、
『千と千尋の神隠し』の中にも
うまいものを食べている人への、
怒りみたいなものがありましたよね。
鈴木 だから、「食う」ということに、
彼は、すごくこだわっていますよね。
日本にも昔は食えない人がいましたけれども、
彼は望んでか望まないでか、
「食」の定点を、守っているんです。
糸井 「ただ単に生きることっていうのはラクじゃないぞ」
という感じが、宮崎さんの作品の中に
いつもあるように見える、そのベースは弁当箱なんだ?
鈴木 ええ。弁当箱です。
あの中にすべての秘密が詰まっているというのが、
ぼくの意見なんですけどね。
だって、おいしいものを食べていないですもの。

たまに、
「今日は鈴木さん、外にメシを食いに行くけど?」
と言うと一緒に行くんですけど、
彼が何を食べるのかと言うと、
スタジオジブリのある東小金井駅前の
立ち食いの牛丼屋なんですよね‥‥。
糸井 それが外食。
鈴木 ええ。
牛丼っていうのは、ご存じのように、
ごはんがあって牛丼が乗っているわけですよね。
しかし、それを別の皿に盛ると、
なんと、すき焼き定食になるんですね。
それがおいしいんですって。
‥‥ぼくには、おいしくないんですけど。

でも、彼とつきあっていて
いつも感心するのは、その五感なんです。
味覚だの聴覚だの、とにかくひとつひとつが
まるで原始人というか‥‥
まあ要するに、ある意味、「前近代」ですよ。
だから、食うことに対しても敏感というか。
糸井 すごい話だなぁ。
何なんだろうねぇ。すごいですよね。
鈴木 なんでそんなことができるのか、
わからないですけどね。
だってぼくのまわりに、
そんな人、ひとりもいないですもの。
糸井 仕事以外の楽しさを、
あの人が求めているとは思えないですもんねぇ。
鈴木 非常にこう、ストイックですし。
糸井 でも、人を驚かすのは好きですね。
鈴木 大好きでしょう。
それが、彼の娯楽ですよねぇ。
人を楽しませるだのなんだのということが。
糸井 シンプルな人ですよねえ。
鈴木 ほんとにシンプルです。
とにかくジブリ美術館の解説文のひとつすら、
自分で手書きで書いてしまうんですもの。
人に書かせないんですからね‥‥。
ワープロで書いたりすると怒るし。
そのくせ、自分の字にコンプレックスを持っていたり。

あ、このことでは、毎回もめるんですけど、
ジブリの宮崎駿の映画の最後には、
かならず「おわり」っていう文字が入るんですね。
しかし、それが毎回うまく書けないんですよ。
「鈴木さん書く?」とかなんとか言って、
毎回そういうことをしていますけどねぇ‥‥。
糸井 さっきの弁当の話、感心したぁ。
宮崎さんは、生きものとしての最低限のことを、
これ以上は下げないというところまでやっているから、
安心なんですね。
鈴木 ゆるがないんです。
糸井 それは、もう、ちょっとした宮沢賢治ですね。
「雨ニモ負ケズ」じゃないですか。
‥‥そう言えば、ついこのあいだまで
個人的な「『北の国から』ブーム」がありまして、
イチからいっぺんに見ていたんですけれども。
鈴木 あ、糸井さんも!
ぼくもいま、見ているんですよ。
糸井 ぼくはぜんぶ見おわりました。
鈴木 ぼくは10巻目まで見たところなんですけどね。
あ、この連休3日間で、あとぜんぶ見ます。
糸井 あれ、イっちゃうでしょ?
鈴木 ええ、あれおもしろいです。
糸井 あれの最初の1話か2話のところで、
明らかにアイヌ出身の友だちがいますよね。
あの人が、歩きながら、
宮沢賢治の詩を暗唱しているんですよ。
「そうか、倉本聰さんは、
 これをベースに作りたいドラマがあったんだ」
と思いましたから‥‥。
鈴木 ええ。
糸井 あれは日本人の倫理観のもとですよ。
ワイドショーを見ていると、みんな
不倫はけしからんと言ってはいますけれども、
ほんとは、いしだあゆみも中島朋子も許してる。
五郎さんの、児島みゆきに対する思慕の情も、
許しているわけです‥‥。
鈴木 あ! そこらへん言わないでください。
いま見てる最中なので‥‥(笑)
糸井 (笑)

(対談は、ここでおわります。ご愛読ありがとうございました)

激励や感想などは、
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2002-12-10-TUE

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