第七十二回配信
キリスト教原理主義 対 9.11陰謀論 その4
政治を動かす方法/陰謀論者の場合(2):
【陰謀論候補者の行方】
前回まで読んでいただいて、
9.11陰謀論者たちはどうしようもない人たちだけど、
そのうち相手にされなくなるよ、
陰謀論で政治なんか動くはずないじゃん、
と思っている方も多いと思います。
確かに陰謀論者のみなさんは、
なにしろ自分で自分が嘘をついているのを
知っているので、
”いっそのこと最後の手段、
テロ活動でアメリカ政府を糾弾しよう!”
という風に真剣に思いつめる可能性はゼロです。
ですから
子供にまでブッシュ大統領の看板を拝ませてしまう
盛大な政治活動と、
教義上許さない相手に対する単発のテロ行為が
事実上セットになっている
キリスト教原理主義と違って
政治的な影響力は全くもってなさそうに見えます。
ところが、
この11月の中間選挙にむけて
興味深いことがおこりました。
フロリダ州のある選挙区で、
「9.11の真実を求める研究者の会」
のメンバーでもある
ボブ・ボウマン博士が
9.11真相究明を掲げて予備選を勝ち抜き、
民主党の正式な下院議員候補になってしまったのです。
とても痛々しいのは、
この人は陰謀論の嘘情報を真に受けて
そのまま広めるタイプの川下陰謀論者であるところ。
彼の選挙キャンペーンサイトの、
" 9.11の政府関与を追及しよう "という主張の中で、
数々のよくある陰謀論を沢山紹介しています。
一例をあげると、
「WTC地下に保管されていたはずの、
数百億ドル分もの金塊は
どこへ行ったのでしょうか?」
なんて書いてます。
この" 消えた金塊 "の話は、
『ルース・チェインジ』の
初期バージョンのなかの嘘です。
エイブリー監督は
冷酷なだけでなく田舎モノでもあるようで、
ニューヨーク連邦準備銀行の地下にある金塊の保管庫を
勝手にWTCの地下にあったことにしてしまいました。
そしてビデオの中で、
" 噂では1670億ドル分あったと言われる金塊が
グラウンドゼロでは見つかっていない。
金塊を盗むためにテロが仕組まれたのではないか? "
とほのめかしています。
(ボウマン博士は数百億ドルとしていますが、
元ネタでは1670億ドルです)
ただし実際には
アメリカ全体の金の保有高が
670億ドル位だそうで、
更に国内の最大の保管庫はフォートノックス。
NY連銀ですらありません。
では"1000億ドル(をこえる)金塊"という"噂"が
どこからでてきたかですが、
テロ事件のどさくさの中、
わるものが連邦準備銀行の地下から
大量の金塊を盗み出すという映画がありました。
映画のなかに「1000億ドルの金塊」という
ありえない台詞がちゃんとでてきます。
「ダイハード3」です。
現実と映画の区別もついていないような
単なる嘘を真に受けているわけですが、
これはボウマン博士の川下陰謀論の
ほんの一例です。
それにしても、
こんなにあからさまな嘘を見抜けない人が
正式な民主党の候補になったんだから大変だと
すずきちは思いました。
共和党側がその気になれば、
例えば保守系の
FOXニュースが博士にインタビューして、
・金塊の保管庫は
連邦準備銀行の地下にあるんですよ。
・あなたが引用している
ビデオ『ルース・チェインジ』の
監督はテロ犠牲者を
平気で冷笑する人でなしですよ
とボウマン博士をやりこめて、
全国ニュースネタにすることだってできます。
そんないじわる質問に対する
ボウマン博士の応対によっては、
“9.11犠牲者を冷笑する民主党”とばかりに
民主党全体に対するネガティブ・キャンペーンの
ネタにされかねません。
どっちの党が議会の過半数を占めるにせよ、
陰謀論で選挙が動くのはとても不健全ですから、
ボウマン博士が民主党候補になってから
すずきちは少し心配しながら様子をみていました。
ところが実際には、
彼は共和党支持者の攻撃の対象にすらなっていません。
彼のことをとりあげている
保守系の政治ブログがまれにあっても、
" 民主党はそこまで人材がいないのかよ!? "
とあきれられて終わり。
このぬるさはなんだろう?
と考えて思い至ったことがありました。
政治の動き方/右からの硬直と左からの腐食:
ちょっと頭を冷やして考えればわかることなんですが、
9.11のテロが本当に政府の自作自演ならば、
アメリカの民主主義はとっくに停止しています。
ということは、
" 9.11の陰謀を暴くために議員に立候補する "
こと自体が端的に矛盾した行為です。
支持政党にかかわらず、
共和党対民主党という
政党政治の力学でものごとを考える
普通でまともなアメリカ人有権者は、
ボウマン博士のそんな矛盾を
直感的に見抜くのでしょう。
彼の立候補自体が抱えている矛盾が
あまりにあからさまで馬鹿げているので、
彼の主張を民主党全般に共通するものとして
一般化して攻撃することにすら思いいたらない。
…ということのようなのです。
特にボウマン博士の場合、
下院議員候補ということもあり
選挙区ひとつひとつが小さく
民主党内での予備選挙の得票数も
15000票に届いていません。
ですから、民主党の予備選といっても
" まぐれでヘンな人が通っちゃうこともある "
レベルのものだったのでしょう。
このように長々と観察してきた感想ですが、
今 アメリカの政治になにが起こっているかというと
キリスト教原理主義が
政治を右から硬直化させている一方で
9.11陰謀論が左から腐食している
…ということのように思えます。
民主主義というのは、
みんなで、がやがやと自由に議論して、
議論の結果それぞれの個人が意見を決めて
多数決を占めた意見がとおる、という仕組みです。
ところが、原理主義のみなさんは、
みんなの議論なんかまったく関係なく
聖書という答えだけをもっています。
議論そのものに意味がなくなるわけですから、
政治的にはどんどん硬直していくことになりますね。
一方、9.11陰謀論者たちですが、
彼らの信じていることが本当ならば
既にアメリカには民主主義はありません。
ということは陰謀論者の政治家が増えれば増えるほど、
" うそつきのクレタ島人 "が増えていくばかり。
リベラル派の反ブッシュ感情の高まりを吸い上げる形で
ボウマン博士みたいな陰謀論候補が増えれば増えるほど、
" アメリカの民主主義を信じていないのに
選挙に出てくる謎の人 "として
マスコミを含めた世の中からは相手にされなくなります。
つまり、その候補が吸い上げた票や支持は
議会にたどり着くことなく、
腐って落ちてしまうのです。
右がどんどん硬直して、同時に左が腐って落ちると…
右しかなくなりますから、
結局、最後に得するのは
ブッシュさんってことになりますね。 |