野球の人。  〜田口壮、21年目の選択〜
 


糸井 今日は、田口さんのブログのなかに
重要キャラクターとしてしばしば登場する、
田口さんの奥様(恵美子さん)も
いらっしゃってるんですが。
恵美子 いえいえ、私は、今日はなにも。
主人からひと言もしゃべるなと言われてますので。
糸井 まぁまぁ、せっかくですから。
恵美子 いえいえ、私は、そんな。
糸井 たとえば、田口さんが、
自由契約になったあと、肩を手術するぞ、
みたいなことを決めるときって
相談にのられたりするわけですか。
恵美子 ‥‥事後承諾です。
糸井 「事後承諾」(笑)。
田口 (苦笑)
恵美子 決定権はぜんぶ彼ですし
まぁ、彼の野球人生なので、
私が口を挟むことではない。
糸井 「それでいいんじゃない?」
っていうところなんですかね。
恵美子 というより、反対しても
聞いてくれないのはわかってるんで、
するだけ馬鹿らしいので。
田口 こらこら。
恵美子 野球に限らず、反対しても、反対しても、
「いや、でも!」ってやられるから
「じゃあ最初から聞かなければいいのに!」
って、いつも言うんです。
田口 答えは、だいたいいつも出てるんですよ。
後押ししてほしいだけなんです。
糸井 まぁ、人って、そうですよね。
恵美子 いつもそうなんで、
結果的に、ぜんぶ、事後承諾です。
糸井 いつもそうなんですか。
恵美子 いっつもそうです。
たとえば、オリックスで
フリーエージェントになったとき、
私は阪神にお世話になるのかなと思ったんですよ。
ところが、アメリカに行くらしいんですよ。
うち、甲子園、見えるんですよ、家から。
糸井 近いんですね(笑)。
恵美子 近いし。
まして、身に余るほどの評価までいただいて。
あと、なんといっても
私、阪神ファンだし!
一同 (笑)
田口 (苦笑)
恵美子 なのにあっさりアメリカって言うし。
今回も正直、私、20年も続けたんだから、
やめるのかなぁなんて思ったら、
なんか、やるらしいし。
糸井 「やるらしいし」(笑)。
恵美子 まぁ、そのへんは、彼が決めることなので。
わたしは与えられた状況の中で
ベストを尽くすだけ、というか。
田口 いや、ちゃうねん、
今回、戦力外って言われたときは、
ほんまにやめようと思ったんです。
恵美子 ちがう! それは、ウソ!
糸井 まぁ、まぁ‥‥。
田口 引退しようって‥‥。
恵美子 ちがう!
(糸井に向かって手を挙げる)
ハイ!
糸井 はい、恵美子さん。
恵美子 それは、ちがいます!
一同 (爆笑)
恵美子 引退しようかなって思ってたんじゃなくて、
「みんながオレを引退させようとするんや」
っていう言い方をするんですよ。
糸井 なるほど。
田口 いや、でも、ぼくは、代理人と、
「20年もやったしなぁ‥‥
 もうそろそろだなぁ」っていう話を‥‥。
恵美子 ちがうでしょ!
「引退しなきゃいけないのかな」って
すねた子どものような言い方で。
糸井 ははははは。
恵美子 で、わたしはもう、ほんとにもう
答えが早くほしいだけなので
「どっちでもいいから決めて!」って。
続けるなら続ける、やめるならやめる。
思い惑う気持ちはわかりますが、
立ち止まり続けるわけにもいかないので、
とにかく早く決めてほしかった。
だけど、この人は、うねうねうねうねうね‥‥。
一同 (笑)
恵美子 あんまり決めないから、まぁ、たとえばの話で、
「20年もやったわけだし、
 引退試合のひとつもしていただいて、
 両親を招待したりして、
 区切りをつけるのも親孝行かもしれないよ」
みたいなこともさりげなく言ったりして。
糸井 大人っぽい提案ですね。
恵美子 わたし、いちおう4歳上なので、
ときどき保護者的にふるまわなきゃ、
と勝手に思い込むこともあります。
田口 でも糸井さん、その大人っぽい提案、
夜中に突然、揺り起こされて
いきなり言われたんですよ!
糸井 はははははは。
田口 「20年もやったわけだし!
 親孝行したらどう?」みたいに。
ぜんぜんさりげなくない!
恵美子 あんまり決めないからです!
でも、そんなふうに言ってみたら、
「べつに引退なんて、
 そんなきれいな形じゃなくてもいい」って。
「勝手に消えていったって、
 べつにかまへんやんか」って。
糸井 すねてるわけですね。
恵美子 すねてるわけですよ。
まあ、たしかに、いろんな行き違いもあって、
八方ふさがりという感じの
かわいそうな状況ではあったんですけど。
で、ある日、車に乗ってたら
「やるっ!」って、いきなり言うんです。
で、ああ、やるんだ、って。
田口 いや、ほんとにね、2日間、
やめるモードだったんです。
自分でも、もう、あかんのやなと思ったんです。
「ダメだ」って、はっきり思ったんです。
で、代理人とも、
「つぎはどんな仕事になんのかなぁ」
っていう話までして。
糸井 あ、そこまで進んでたんですか。
田口 そうなんです。
つぎはどうなるのかって話をして、
代理人が、
「それは責任持って探します」
って言うから、ぼくも、
「そうか、じゃあ近いうちに答えを出すわ」
って言ってたんですよね。
そしたら、その2日後ぐらいですよ。
急に、闘志が、メラメラメラメラぁーーっ!!
一同 (笑)
糸井 車のなかで、急に、闘志が(笑)。
恵美子 車のなかでかけてた曲が
悪かったと思うんですよね。
盛り上がる系の曲だったんで。
田口 オレは簡単か。
糸井 で?
恵美子 そう言われたら、もう、やるしかないです。
家もあっさり、現役続行ムードになって。
でも、さっき、糸井さんも、
金銭的なことをおっしゃいましたけど、
現実問題として、ずっと浪人できるような
貯えとか、余裕があるかっていうと、
うちは、ぜんぜん、
そんな余裕はないんですよ、ほんとに。
田口 そうなん?!
一同 (爆笑)
恵美子 ないない。
いちおう見栄張って
ベンツとか乗らせていただいてますが、
内情的には、いっぱいいっぱいです。
プロの生活は見かけは派手ですが、
一部のスター選手を除いて、
決して内幕は華やかではありません。
サラリーマン家庭で育った私たちにとっては、
いまの生活は夢の中みたいなもの、というか、
もう十分、いい夢をたくさん見せていただいたので、
いつでも現実に戻る準備をしないと。
田口 ‥‥通帳見てみよう。
恵美子 見ないほうがいいと思うよ。
たぶん、仕事探したくなるから。
田口 そうなん?!
一同 (笑)
恵美子 まぁ、でも、いままで、
金銭的なことだけを考えるのであれば、
もっといい選択というのは、
数多、ありました。正直言って。
糸井 うん。そうでしょうね。
恵美子 お金がすべてではないけれど、
プロは金銭で評価される世界でもあります。
もちろん彼の野球人生ですから
私に決定権はないものの、
心のなかでは、もう、
「あっちに行け?!」「あっちを選べー!」と。
糸井 はははははは。
恵美子 なんだかさもしいですが、
お金がほしい! というのとはまた違って、
お金イコール、期待や評価の表れである以上、
いいほうに行け、いいほうに行け、
と思うんですけど、
絶っっっ対、ちがうほうに行くんですよ!
糸井 はははははは。
田口 ‥‥しゃべりすぎちゃうか?
糸井 でも、好きじゃないところへ行って
うまくいくタイプの人じゃないでしょう?
恵美子 そうなんです。
好きなんですよ、彼、野球が。
だから、彼から野球を取ったら、
もう廃人になっちゃう。
糸井 ああ、急にホロリとさせますね。
恵美子 で、そうなったら、私も後悔する‥‥。
というのも、このオフ、2ヵ月だけ、
「野球をしてない田口壮」
というのを経験したんですけれど‥‥
ほんっっとに、なんにもしない人で、
「こんなに邪魔か!」と思った。
一同 (爆笑)
糸井 はははははは。
恵美子 だから、えーと? 熟年離婚?
定年退職の日に離婚を持ちかける
奥さんの気持ちを想像してしまいました。
田口 ‥‥しゃべりすぎちゃうかな?
恵美子 いや、そうですね、いま言ったことは
カットでお願いしたいんですけど。
永田 いえ、載せます。
恵美子 ちょっといい言い方をすると、
なにかをやって燃え尽きた人というのは、
こんなに重いのか、と。
糸井 お、うまい言い方ですね。
「燃え尽きた人はこんなに重いのか」。
恵美子 いまのナイスでしたね。
こっちを載せてください。
永田 両方載せます。
恵美子 なにか、野球以外に、
やりたいことがあればいいんですけどね。
もう、ほんと、旅でも、囲碁でも、
なんでもいいんですけど、彼は‥‥。
糸井 野球なんだ。
恵美子 野球なんです。
で、その2ヵ月くらい、
「やりたいことがない人」が24時間、
ずーっとそばにいる状態だったんですけど、
すごーく、つらくて。
糸井 ああ、はい。
恵美子 で、「仕事がしたい」って言うから
そう、そのとおりって思って。
糸井 人に要請されてないときの
男の人たちの気落ちの仕方っていうのはね。
恵美子 一気によわよわしいですよね、
それまで張り詰めきっていたぶんだけ。
糸井 うーん、でも、それは、
田口さんだけじゃないと思いますよ。
俺も絶対そうなると思いますね。
田口 なんか働こう、って言って、
一回、ものすごく熱心に庭掃除したよね?
恵美子 そう、それで、
すっごい庭はきれいになったの。
糸井 でも、すぐ終わっちゃうんですよね。
恵美子 そうなんです。
田口 しかも、その日、取材が入ってたの忘れて、
ずっと庭掃除してたんです。
恵美子 そうなんですよ。
それで、また
「オレは約束も守れない男なんか」
とか言って落ち込んだりして‥‥。
糸井 ははははは。


(つづきます)

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2012-04-20-FRI

 
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