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辰巳芳子さんプロフィール

辰巳芳子(たつみ・よしこ)

1924年生まれ。神奈川県出身。料理家・作家。
料理研究家の草分けだった母、浜子の傍らで家庭料理を学ぶ。
自然風土の恵みである食材への深い愛情を込め、
本物の食を追求し続けている。
日本料理だけでなく、独自にヨーロッパ料理の研鑽も積み、
人の生きる力を支える食への根源的な提言を続けている。
父の最期を看取ったスープは
全国で多くの人に飲まれ「いのちのスープ」として
静かな感動の輪を広げている。
現在は「良い食材を伝える会」「カイロス会」
「確かな味を造る会」などの会長を努め、
全国の小学生に大豆の種を蒔き育てる「大豆100粒運動」を提唱、
参加校は300校を超えている。
著書に『あなたのために~いのちを支えるスープ~』
『味覚日常』『手からこころへ』『食の位置づけ』『食といのち』
『いのちの食卓』『辰巳芳子の旬を味わう』など、多数。

第1回 手仕事が、文化を作る。

── 辰巳さんの映画を拝見して
印象に残ったことが、ふたつありました。
辰巳 なんでしょう。
── ひとつは、辰巳さんの「手」が
すごく美しいなあ、ということです。
辰巳 ああ、そうですか。
それは、ありがとうございます。
── しそをぎゅうっと絞る手だとか、
ポタージュをへらでかき混ぜる所作だとか、
うめぼしをつまむ指先だとか、
河邑厚徳監督の撮り方も
素晴らしいんだと思うんですけれど、
「この映画は
 辰巳さんの手で、できているなあ」
という感想を持ちました。

©2012天のしずく製作委員会

辰巳 それは、うれしいです。
── 辰巳さんにとって、
「手仕事」とは、どのようなものですか?
辰巳 手の感触をつうじて、なにごとかを成す。
それが「手仕事」です。
── 手の感触。
辰巳 彫刻家の佐藤忠良先生も、舟越保武先生も、
「触感(しょくかん)というものは
 文化を作る」ってね、おっしゃっていて。
── つまり、手仕事とは「文化を作る」もの?
辰巳 そう、「触る感じ」ね、触感が、文化を作る。
なかでも私は、お料理がいいと思うの。

毎日のことだし、とても大切なことだし、
「触る」だけじゃなくて
「五感」を総動員するものでしょう?
── はい。
辰巳 五感というものも、ただ感じるだけじゃない。
つまり、五感を使うときは、
知識や経験、その裏付けがあってこそなのね。

そうやってはじめて、
五感が「気づき」というものを与えてくれる。
── とすれば「知識や経験」と「手の仕事」とは
表裏一体のもの、ということですか。
辰巳 そうですね。補い合うもの、でしょうね。

だから、はんたいに言えば
「知っているだけ」というのは、憐れなもの。

「知識を持っている」だけじゃあ、駄目です。
実際に、なにごとかが、できなければ。
── いわゆる「あたまでっかち」では。
辰巳 「知っているだけ」とは、じつに貧弱。

知ることと、できることの両方が備わってこそ、
人は、人らしくなっていくと思います。
── あの、お料理には「温度」があるというか‥‥。
辰巳 ええ。
── 今は、いろいろ便利な機械がありますけど
そういうものを使うのと、
たとえば「手で、すりこ木をする」のとでは
お料理の出来というのは、違うものなのでしょうか?
辰巳 よく、言われるんですよ。

「こんなにも便利なミキサーがあるのに、
 何だってね、
 わざわざ苦労して、すりこ木ですって、
 裏ごしをするんですか」って。
── ミキサーでいいじゃないか、と。
辰巳 でもね、ミキサーというのは
どこまでいっても、単なる「粉砕」なの。
── 粉砕。
辰巳 そう、ただただ、細かくするだけ。

でも、すりこ木ですったり、
裏ごししたりするのは、
何というか‥‥一種の「融合」なんです。
── 融合、ですか。
辰巳 そうです。
── ‥‥まるきり、はんたいですね。
辰巳 ええ。

©2012天のしずく製作委員会

── それは‥‥融合というのは、
ものの本質が変わるような感じ、でしょうか。
辰巳 そうかもしれない。

とにかく、
便利な機械でやる「均一的な粉砕」とは、
全然、別のものです。

あなた、ガスパチョ召し上がるでしょう?
スペインの、トマトのスープ。
── ええ、はい。
辰巳 スペインの人たちは
あのお料理を、すり鉢でもなく、裏ごしでもなく、
ひたすらに乳鉢みたいなものでつぶして
スープにするんですけれど、
ミキサーという機械が出てきたときには
みんな、すごく喜んだんです。

あっちでもこっちでも、ブンブンはじまったのね。
── ええ、ミキサーの音が、ブンブンと。
辰巳 でも、そうやってつくったガスパチョを
飲んでみたら
ぜんぜん、おいしくなかったらしいの。

そして、だんだん、だんだん、
そのブンブンの音が
聞こえなくなってしまったっていうのね。
── 元のやりかたに、戻ってしまった?
辰巳 そう。

だからね、すりこ木でする、裏ごしをする‥‥
それらは一種の「融合」なんです。

ミキサーの「粉砕」とは、大いに違うものです。
── 融合という言葉で思い出したのですが
辰巳さんのお鍋のなかで
黄色いポタージュが
かき混ぜられているシーンを見ていたら
何といいますか
「ここに、辰巳さんの世界観が
 詰まっているんだな」と、感じました。
辰巳 鍋のなかもね、ひとつの世界だから。

©2012天のしずく製作委員会

── いろんな野菜や穀物が溶け込んだ、世界?
辰巳 私、いつでもみんなに言うんだけど、
美しくない鍋、
美しい景色を持っていない鍋で作った料理は、
おいしくないんです。

それは、絶対に、おいしくないわね。
── 「美しい鍋」というのは、どのような?
辰巳 そうね‥‥簡単に言えば、
野菜などが「あるべき姿」をしていること。

そうすれば、鍋は、美しい。
── あるべき姿、ですか。
辰巳 つまりそれは、
野菜が、
あるべき姿でいられるように扱ってもらった、
ということだから。
── なるほど、
そこには人の側の姿勢が、映し出されている。
辰巳 そのとおりです。

©2012天のしずく製作委員会

<続きます>
2012-11-02-FRI

天のしずく
辰巳芳子 “いのちのスープ”

©2012天のしずく製作委員会

NHKのディレクター時代に
『がん宣告』『シルクロード』『エンデの遺言』
『チベット死の書』など
数々のドキュメンタリー番組で国内外の賞を獲得した
河邑厚徳監督が
2年半の歳月をかけて構想・撮影した
料理家・辰巳芳子さんの「愛の形」を表現した映画。
庭のしそを摘む、うめぼしを漬ける、
ポタージュの鍋をかき混ぜる、畑に大豆を蒔く‥‥。
それらすべて、
辰巳芳子さんの手によってなされる「手仕事」が
とても美しく画面に映ります。
日本の自然や食材も、すごくきれいです。
辰巳さんが信頼を寄せる野菜の生産者、
緩和ケア病棟の医療従事者、保育園の子どもたち‥‥
登場人物が、みんな「いい顔」をしています。
映画は、辰巳さんが、ずっと作り続けてきた
「いのちのスープ」のことから
「生きること」や「愛」にまで広がっていきます。
ひとつひとつのシーンが印象的で、
すごく静かなのに
なぜだか「目が離せない」というような
そんな映画だなと思いました。(ほぼ日・奥野)

11月3日(祝・土)より
東京都写真美術館ホールほか全国劇場ロードショー

全国の公開劇場など詳しくは
映画のホームページでご確認ください。