矢吹申彦さん、仲畑貴志さん、浅葉克己さんに訊く 土屋耕一さん の 食・顔・文字。
 
浅葉克己さんに訊く、土屋耕一さんの「文字」  前編 オトコ大根。
── タイポグラフィの第一人者として
ながく「文字」に関わってこられた経験から、
浅葉さんは、
「文字」とはどういうものだと思われますか。
浅葉 やっぱり「何かを人に伝えるため」の、
「祈り」をこめた‥‥。

「絶体絶命」みたいなところあるよね。
── 絶体絶命?
浅葉 「このことを、伝えたい!」という
強い気持ちが乗っているもの、というか。
── それはもちろん「手書き文字」ですよね。
浅葉 手書きです。

たとえば
むかしの侍の手紙がやっぱり、すごいよ。

「絶対に届け!」という
おそろしいほどの「気魄(きはく)」を
感じますから。
── それだけ、すごみのあるもの。
浅葉 このあいだも、
辻井喬さんに原稿をお願いするために
筆で手紙を書いたんです。
── おお、辻井さんに、筆で。
浅葉 やっぱり筆で書くと、気持ちが入るんです。

コピーあったかな? ‥‥ああ、これこれ。
── うわあ、すごい‥‥!
浅葉 こういうのが届いたらイヤでしょう?
「血判状」みたいで(笑)。
── はー‥‥。
本当に、ほれぼれしてしまう文字です。

ちなみに土屋さんの「文字」のことは
当然、ご存知でらっしゃいますよね。
浅葉 やわらかい、きれいな文字ですよね。
わかりやすいというかな。

土屋さんが書くコピーとおんなじで
温度があってね、あったかいよ。
── 文字もコピーも
お人柄をあらわしてらっしゃる‥‥と。
浅葉 造形的に言ったら「うまい字」ですね。
正統的な「達筆」だったと思います。
── なるほど、なるほど。
浅葉 それに、土屋さんって
文字だけじゃなくて、スケッチもうまい。

ヌードデッサン、やってたそうだし。
── え、そうなんですか?
浅葉 「コピーライターは
 絵も描けなきゃダメなんだ」って言って。
── 浅葉さんは、
土屋さんが自作していた「カレンダー」を
もらっていたと聞きました。
浅葉 うん、土屋さん、コラージュうまいでしょ。
展覧会やるくらいだから。
── ええ。

土屋耕一さんのコラージュ作品「墨」
浅葉 だから、コラージュだったり手描きだったり、
毎月のカレンダーをつくってたの。

ご自分の予定を、書き込んだりするためのね。
── それを「もらって」いらした。
浅葉 そうそう。

ひと月終わったら
「土屋さん、いいですかこれ」って言って。
── それはつまり、
「もらいたくなるようなもの」だったから?
浅葉 あれを捨てちゃうんじゃ、もったいなくて。

‥‥でね、こういうものがあるんです。
── うわあ‥‥すごい。
浅葉 これ、なんか「土屋耕一っぽい」でしょ?
── はい、文字とイラストが、びっしりで‥‥
これは、浅葉さんの日記ですか?
浅葉 そうです。
── つまりその、プライベートな日記。
浅葉 うん、発表するつもりはなかったんだけど
「21_21 DESIGN SIGHT」で
「祈りの痕跡。」という文字の展覧会を
やったときに、内田繁さんと藤本晴美さんに
会場の構成を頼んだんです。

そしたら、白い壁が空いちゃったというんで、
ふたりから脅されて、
「なにか持ってるだろう、出せ」と。
── それで、このすごい日記を。
浅葉 「おまえのカバンは
 いつもパンパンに膨らんでいるじゃないか。
 そのなかの日記帳を出せ」と。
── でもたしかに、
土屋さんがハワイやフランスへ行ったときの
スケッチ
がありますけど
どことなく、似ているような気がします。
浅葉 もしかしたら、
いちばん土屋さんの「影響」が出ているのは
この「日記」かもしれないな。
── 浅葉さんにとって
土屋さんは「先輩」でらっしゃいますが‥‥。
浅葉 先輩というか、もう広告の「先生」だよね。

ぼくが
ライト(パブリシテイ)に入ったのが24で、
土屋さんは、そのころ
30代なかばで、すでにスターだったから。
── ずっと、おふたりで
東レの広告をやってらっしゃたんですよね。
浅葉 うん‥‥ずいぶんやった。10年以上。
── 土屋さんって、どのような「先生」でしたか?
浅葉 そうだね、いろいろあるんだけど
ひとつには「観察する人」だったと思います。
── はー‥‥観察。
浅葉 観察が大事なんだぞって、いつも言ってた。

土屋さんご自身も、いろんな細かいところを
ちょこちょこ見てましたよ。
── 具体的なエピソードって、何かありますか?
浅葉 オトコ大根。
── ‥‥と、おっしゃいますと?
浅葉 ええとね‥‥これこれ。この広告。
── おお、かっこいい!
浅葉 でしょ?

この広告を見て、眞木(準)さんが
コピーライターを目指したらしいんだけど。
── あ、そんな逸話が。
浅葉 この広告をつくるときに、
土屋さんが、まず「オトコ大根」と書いて、
「ほら、いるだろ、
 うちの暗室に足の太いのが」って言うの。
── うちというのは、ライトパブリシテイの。
浅葉 そう。で、暗室係に「マジマ」ってのがいて、
そいつの足が太かったんです。

そこで「おまえモデル」って指名して(笑)。
── あ、じゃあ「マジマさんの足」なんですね?
この男らしい、りっぱな足は。
浅葉 マジマです。マジマの足。太いよね。

つまり、そういうところを
ちゃんと「観察」してるんです、土屋さん。

すれちがいざまかなんかに。
── はー‥‥。
浅葉 だってもう、即答だったもん。

ぼくが「モデルどうしましょう」と聞いたら
「いるだろ。暗室に。
 野球のキャッチャーやってたやつ」なんて。
── それが「暗室係のマジマさん」だった。
浅葉 そう。
── で、その広告を見て、眞木準さんが‥‥。
浅葉 コピーライターになろうって、決めたらしい。

<つづきます>
 
2013-05-29-WED
 
 
(C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN