- ──
- 芥川比呂志さんや伊藤雄之助さん、
伊丹十三さんなどの書いたエッセイを読むと、
素晴らしい俳優さんって、同時に、
素晴らしい文章家だなと思うことがあります。
- 山﨑
- ええ。
- ──
- 山﨑さんも、そのひとりだと思います。
舞台『リア王』に取り組んでおられた時期の
山﨑さんの日記を書籍化した
『俳優のノート』は、
本当におもしろくて、何度も読み返していて。
- 山﨑
- ああ、そうですか。
- ──
- 俳優のみなさんって、
小説家や物書きのかたとは、また別の方法で、
言葉と向き合ってらっしゃるから‥‥。
- 山﨑
- うん、結局、ぼくらの商売というのも、
「言葉の商売」だと思いますね。
優秀な脚本家の書いたホンを読んだり、
役柄のために資料を読んだり、
文章に触れる機会が、多いんです。
だから、やっぱり、
ぼくらも言葉の商売なんだと思います。
- ──
- 文章に触れて、
台詞という「言葉」と、向き合って。
- 山﨑
- ぼくは、書くのが好きなんです。
- ──
- はい、たいへんな読書家であることは
存じ上げていましたが、
書くほうも、お好きなんですね。
山﨑さんの書き文字、すごく素敵です。
- 山﨑
- 妻に言わせると、
俳優の仕事の準備をしてるときよりも、
作文してるときのほうが、
なんだか楽しそうだって言うんですよ。
- ──
- 山﨑さんの文体に、あこがれがあります。
一文一文が短くて、無駄がなくて、
だから、わかりやすくて強いと思います。
で、その強さのなかに、
お人柄なのか、
厳しさと柔らかさが同時に存在していて、
ものを書く人がふつう選ばないような
言葉の選び方をしてらっしゃるというか。
- 山﨑
- そこは、意識してるんです。
- ──
- あ、そうですか。
- 山﨑
- うん。だから、演技といっしょだね。
通り一遍に演ったって、おもしろくない。
どこか「変」じゃなかったら、
お客さんだって、退屈しちゃうでしょう。
- ──
- なるほど。
- 山﨑
- だから、ひとつの言いまわしにしてもね、
ふつうだったら、
こんなふうに言うだろうなってところを、
うんと省略しちゃったり、
飛ばしちゃったり、
なんとか「はずしてやろう」っていうね、
そういう気持ちはありますね。
- ──
- 山﨑さんには『柔らかな犀の角』という、
単に「読書日記」と言ってしまうと
魅力を伝えきれない、
素晴らしいエッセイ集もありますが‥‥。
- 山﨑
- うん、あれも、書くのは楽しいんだけど、
本を探す作業が、きつかった。
だって、月に1回、1回に3本でしょう。
- ──
- 大変なことです。
- 山﨑
- 1カ月に3本、新刊本で書くというのが
決まりだったんです、一応の。
もちろん、そんな約束破ってますけどね。
- ──
- はい(笑)。
- 山﨑
- 1本半で終わらしちゃったり、
4本になったりしたこともあったけども、
とにかく、本探しが大変でね。
- ──
- きちんと最後まで読んでから、
今月はこれで書こうと決めるんですか。
- 山﨑
- いや、だいたい帯の文をちらっと見て、
ぱらぱら拾い読みして、
で、いけるかなあとかって、カンでね。
で、読み出してから
「ああ、これはしまったな、だめだな」
と思っても、一行‥‥たった一行でも、
おもしろい一行があったらね、
それで、何かしら書けるんですよね。
- ──
- そうなんですか。
- 山﨑
- だから、どんなにつまんない本でも、
そこから入っていける一行が、
どこか、あるかもしれないんですよ。
- ──
- 諦めちゃいけないんですね(笑)。
- 山﨑
- そう(笑)。でね、メンバーがいるでしょう。
立花(隆)さんとか、池澤(夏樹)さんとか、
他の読書日記のメンバーが。
そうすると、自然と、
だいたい、本の傾向が決まってくるんですよ。
- ──
- はい、それぞれの守備範囲というか。
- 山﨑
- そうそう、そこで、じゃあ、ぼくは、
自分をどのあたりに置いたら、
他の人と抵触しないかなあと考えたりしてね。
まず、いちばん年上だから「老人」ね。
- ──
- ええ。
- 山﨑
- それから、
他に俳優はいなかったから、まあ、俳優。
つまり、老人と俳優をシンボルにして、
本を選んでいたんです。
だから、一回目はモリカズさんにしたの。
- ──
- 一冊目は、画家の熊谷守一さんのことを、
写真家の藤森武さんが書いた本でした。
- 山﨑
- 老人から入ったんです。
俳優だから役を意識するんだね、やっぱり。
- ──
- 乱読は、若いころからですか?
- 山﨑
- そうでもない。高校までは読んでなかった。
高校の後半くらいかな、読み出したのは。
- ──
- そしたら、はまっちゃって?
- 山﨑
- それからもう「中毒」みたいなものです。
活字の中毒。
ジョギングなんかに凝りはじめると、
一日一回走らないとって、あるじゃない。
- ──
- なんだか気持ち悪い、というような?
- 山﨑
- そう、あれと同じで‥‥
ああ、ジョギングにもはまったことがあった。
あのときは、撮影やってても、
1時間や2時間、待ち時間があったりすると、
家へ帰って、それで走ってた。
- ──
- わあ、撮影の合間の時間でジョギングですか。
それって、どれくらい走るんですか。
- 山﨑
- いや、時間的には、
20分とか30分くらいだったと思います。
まだ上野毛のほうに住んでいたころで、
ちゃんとコースが決まってて、
アップダウンがあって、
そこを走んないと気持ち悪いんだけど、
どうして、あんなことしてたのかなあ。
- ──
- ご自分でも、不思議ですか(笑)。
- 山﨑
- だいたいぼくは「ものぐさ」ですから、
身体を動かすのが大嫌いでね。
外へ出るのさえおっくうだし。
まあ、草野球は、やってましたけどね。
- ──
- ええ、そうですよね。
- 山﨑
- それ以外は、なんだかめんどくさくて、
散歩も苦手なくらいだから。
- ──
- でも、よく山﨑さんのエッセイには、
多摩川まで歩いて、
ブルーシートの住人に声をかけるんだけど
今日も相手にしてもらえない‥‥
みたいなくだりが、出てきますよね。
- 山﨑
- うん、あの多摩川散歩もね、
ある時期に、なぜだか、はまったんですよ。
でも、なんで、ああまで走ってたんだろう。
- ──
- その‥‥毎日ジョギングされていたのって、
いつくらいのことなんですか。
- 山﨑
- 30代じゃないかな。
- ──
- じゃ、40年か、50年くらい前ですね。
- 山﨑
- そんな昔になるんだなあ(笑)。
<つづきます>
2018-05-18-FRI