1101
「臨時もの広告」の醍醐味。

臨時編集長の田中宏和さんの勤める広告代理店には、
新聞の「臨時もの広告」を扱う業務があるそうなんです。
緊急が日常になっている、救急病院のような職場で、
そのお仕事の醍醐味を、うかがってきましたよー!!!

<広告代理店の中のER>

田中 新聞局のAさん、Bさん、
今日はインタビューをお受けいただき、
どうもありがとうございます。

「ほぼ日刊イトイ新聞」という
インターネット上の日刊新聞のサイトがあります。
糸井重里さんご自身が書かれてるページです。
ただ、この年末年始、糸井さんが、
お休みをとってご家族と南の島へ行くらしく、
「今年は臨時編集長っていうのをもうけます」
と、12月30日の担当として、
なぜかぼくにお声がかかりまして‥‥。
「一介のサラリーマンがやるのがおもしろい」
ということで話をいただいて、
そこで、いろいろな方から
お話を聞かせていただいている最中なんです。

臨時編集長と聞いて、
「あ、そう言えば臨時ものっていうと、
 うちの会社の新聞局の話はおもしろいはずだ」
と思ったんです。
ほぼ日刊イトイ新聞の臨時の日に、
新聞局の方から臨時ものの
スリリングなお話をしていただくと、
「ほぼ日」読者の方もおもしろいのではないか。
そう考えたんです。
臨時もののお仕事について、お話しいただけますか?
ええ。いいですよ。

そうですねぇ‥‥。
ぼくたちの臨時ものの仕事の中では、
「黒枠(くろわく)」っていうのが、
いちばん、読者の方にわかりやすいと思います。
つまり、死亡広告です。

新聞のいちばんの特性って
毎日刷っていて、前日の夕方までが
翌日の広告を出す間にあうギリギリだ、
ってことでして、この臨時ものというのは、
広告というよりも非常にニュースに近い、
という意味で、臨時ものと呼ばれています。

テレビやラジオでは、今日のニュースを
明日広告にするということはできない、

という意味で、
非常に特性のある新聞の広告商品です。
要するに、「臨時もの」広告には、
死亡広告も火事も災害もぜんぶ入っていますから、
なんだかうちの会社の取締役たちには、
あのう、こんな話をするのは申し訳ないんですけど、
何か臨時ものに関わる事件が起きると、
「あの臨時もの広告、取ってきた?」
と思わず訊ねてしまうようなDNAが入ってますね。
「あ、火事だ!‥‥臨時広告はどうした?」
みたいな。あわただしいんですよ。非常に。

ぼくの今ままでの経験で
いちばん大きい臨時ものは、
昭和天皇が亡くなった時ですね。
その前4か月ぐらいからは、
ぼくらのいる局では毎週土日に当番を決めて、
いつ何が起きても
入稿できるような態勢でいまして‥‥。
亡くなられたのは、土曜の朝だったよね。
朝6時ぐらい。
ぼくはその日スキーに行く予定でしたが、
急遽とりやめでした。
土曜9時ぐらいの時点で
7割ぐらいのメンバーがいまして、
午前中にはほとんどの新聞局員が出てきて、
臨時もの広告に対応する作業をやったんですよ。
いろいろな会社が、追悼の意をあらわしたり、
日程変更のお知らせを流したりということで。

その時、NHKか何かが取材に来たんだよね。
日本中のイベントが全部中止になり、
お店も出すのはやめるだとか、とにかくこう、
街中がひっそりと静まりかえったところで、
「こんな中で商売をしている広告会社がある」
みたいな、そんな取材があったような気がします。

阪神淡路大震災の時にも、
やっぱり同じような状況になりました。
金融機関がいつからATMを稼働するか、
通帳がなくてもハンコがなくてもお金がおろせます、
臨時の金融機関出張所を出します、
そういったお知らせの臨時広告が、どんどん入る。

新聞局の臨時もの担当ということで言うと、
これは仕事のほとんどの部分がスピードなんです。
とにかく一分一秒を争うものですし、
他の広告会社も狙っていますから、
何か有名な方がお亡くなりになったり、
企業でおわびしなければいけないトラブルが
起きたら、もうとにかく直接現地に行くんですよ。
広告表現としてのクリエイティブがどうだ、
とかそういうことはない世界です。

ぼくが黒いネクタイをして行ってみると、
明らかに総会屋さん対策のような、
とにかくデカいおじさんが出てきて、
非常に低姿勢なんですけど
ものすごく怖くて、有無を言わさず返されたり、
そんな目にもだいたいみんな遭ってるわけです。
とにかく、「どこよりもはやく行く」
っていうのが、まぁ、臨時ものの基本ですね。

ここ1年はとにかく、
いろいろな企業の不祥事がありますから、
不祥事の時には、クライアントから
「こういう広告を出そうと思うんですけど」
という場合もあれば、こちらから、
「こういう形でやったらよろしいんじゃないですか」
と提案する時もあります。

インターネットでのおわび広告は、
まだあまり出ていませんね。
ですけれど、次のようなことは言われています。
「実は企業は、おわび広告をあんまり出したくない。
 だけど、監督官庁からは出せと指導が出ている。
 だったらどこの媒体に出すかと言うと、
 インターネットに出した形跡を残せばいいのでは?」
ま、インターネットだったら広告掲載も
非常に安くできるわけで、
だからそういう方向もあるかもしれませんが、
いまのところは、わからないですね。
リコール(欠陥商品回収)についての広告は、
インターネットで流すようになって、
最近は、あまりなくなっちゃったんですよ。
おわび広告があんまりにも多くなったことも
あると思うけどねぇ。
ほぼ日 当直とか日直とか、
そういう当番があるって聞いたんですけど。
日直と当直とか、学校みたいなんだけど(笑)。
一応、毎日夜の8時までは当直というのがある。
これは夕方5時半から2時間半の間の
「臨時もの」発生に対応するためのものです。
基本的には8時なんて
みんな他の社員も普通にいるんですけど、
でも、ま、そういうものが毎日必ずひとりいる。
夜8時を超えると、
翌日の朝刊の入稿には間にあわない。
だからそれ以降は意味がない。
ほぼ日 あ、なるほど。
土日は、日直ってのがいて。
これは10時から4時までかなぁ?
でも実際に作業が発生すれば、
ギリギリ間にあう7時や8時まで
やったりするんですけど。
営業にも、当番が全社にひとりいますね。
営業と新聞局が、正月も含めて
セットで必ずいるんですけど‥‥。

ま、例えば、誰かが亡くなられて
黒枠取りに行かなきゃいけないってことになれば、
それはもう営業が取りに行って、で、
新聞局は会社に残って新聞社に連絡して
原稿を作ったり掲載する場所を取ったりとか。
そのへんの要員として残るんです。
新聞社の営業がお休みでいない時に
外から「臨時もの」の電話がくると
新聞社内の広告整理部っていう
新聞の割付を担当する部に、代表から
その緊急の電話がまわってくるわけですよ。
たまに、新聞社のほうでさえ、
「あの広告会社にかけてくれ」
って言って、こっちにかかってきたりする。
他の会社には日直とか、ないからね‥‥。
田中 黒枠広告を作るっていう時は
そうそう簡単に枠を作れなかったりします?
いや、臨時ものなので、作れるんです。
だいたい臨時ものってのは、
基本的に社会面に載ってると思うんです。
だけど、社会面がいっぱいになると、
他のページにまで、あふれてくんですよ。
社会面に指定で載せるわけじゃないの。
ただ、そこが
いちばん融通のきくスペースだからね。

社会面が、いちばん最後まで載せられる。
記事のしめきりが遅いんですよ。
ほぼ日 あ、そうなんですかー。
田中 原稿の制作会社とか、決まってるんですか?
ウィークデーは製版屋さんに直接です。
要するに、うちがクライアントから
引き受けてくれば、うちが原稿を作って
製版屋に頼んで製版してもらったものを
原稿として入れるんだけど、
当然、土日なんかはそうじゃなくなる。

あと、広告のできあがった時間によっては、
もうそんなことを言ってられる時間はない、
となると、生原稿をもらってきて、
で、新聞社のほうで組んでもらって、
ゲラを出してもらって、
それをクライアントに出してOKだとか、
そういうのを手配してもらいまして。
地方紙なんか、そうしないと間にあわないね。
田中 この前聞いて
すごいなぁと思ったのが、
大規模なお悔やみ広告やお祝い広告とかを
プロモートされる時にこう、いっせいに
壁に模造紙かなんかを貼りつけて
ガッとプロモート作業をするという‥‥。
あぁ、そりゃあ、最近では、
愛子さまの1歳の誕生日だとか、
高円宮さまの時だとかが、そうだったね。

特に我々の場合は、
いろんな新聞がね受け皿としてあるのに、
「いや、ウチは中央紙だけでいい」
とかってクライアントから言われると、
じゃ、あの新聞にはどうするんだ、
載せるんだとか、そういうことがあるからさ。
一覧表にして作業しないと、わかんなくなる。
たとえば、その時に、
同じ業種のライバル企業どうしが、
「あいつのところは出すのか?」
と訊かれたり‥‥。
臨時に追悼やおわびやお祝いを出す時、
どこにどう出すべきなのか、
完璧にわかっている企業はないからね。

「あそこは同じような不祥事の時に
 あんな風におわび広告を出している。
 ウチは出さなくていいの?」
そういうことを訊かれるケースが
非常に頻繁に起きます。

われわれのほうも、
当然、売り先はいっぱいあるわけだし、
売る臨時もの商品も
とてもたくさん抱えているわけですから、
大きな紙に書くわけです。
そうしないと、把握できない。


模造紙に、
「いま何が決まってますよ」
みたいなことを書いたりして、
みんながそれを見ながら、
「こんなところが決まってますけど、
 おたくはいいんでしょうか?」
っていうような情報を共有する‥‥。
そのために、壁にバッと
貼りだしてやるっていうことはあります。
企業の方たちは、やっぱり横並びを
みんな意識するので、とにかく情報を共有して、
できるだけ判断材料を豊富にそろえておくの。
昭和天皇の崩御の時には、すごかった!
ほんとに壁一面、模造紙がダーンとなって。

模造紙には、
「どこが決まった、ここが決まった」
ってことも書かれますし、
たとえば阪神淡路の時には、ゲラも壁に貼って‥‥
あの時、10メートルぐらいの
模造紙になったんじゃないかなぁ。

金額的にも非常に大きかったんですけど、
作業的にもすごかったですね。
アタマを使うわけじゃあないんです。
とにかくスピード命。それと情報だね。

いかにアンテナを広く広げて、
臨時もの広告を取れるかっていうことが、
われわれの仕事の中でも基本中の基本だから、
それはほんとに最初に強く刻み込まれますね。
だから、会社の幹部の方々なんかも、
やれ、大きな事件が起きたりすると、
「あそこには行ったのか!」
「黒枠、今日のはうちの会社だろうな!」
と、まあ‥‥いろんな人が陣頭指揮取っちゃう、
みたいな感じですよね。
ほぼ日 (笑)すごい話だ‥‥。
田中 例えば日直で、
若いのがたまたま大事件に当たってしまって
オロオロするケースとか、
そういうのってやっぱりあるんですか?
いや、当然それは、当然ありますよね。
本人ひとりで全部できないんで、
媒体担当が電話をして、ヘルプを‥‥。
社内関係で外には出せないんですけど、
マニュアルがあるんですよ。
ほぼ日 なるほど。
それでもマニュアルを見れば
すぐできるかっていうと、そう簡単でもない。
しかもコトは一刻一秒を争うっていう時が、
かならず、あるんですよね。
そうするとやっぱり、慣れた人間が
フォローするっていう態勢を取らないと。
とにかく、次の日の新聞に
載っけなきゃいけないんだからね。
ほぼ日 すごい忙しい職場ですねぇ‥‥。
「臨時もの広告」の仕事をすることの
醍醐味って、どういうものですか?
さっきも言ったように、
臨時ものには、別にアタマを使うだとか
そういう話じゃないから、すごい短い時間で
パッと瞬発力で動いたものが、
そのままお金になるっていうことがあります。
自分が他社よりちょこっと速く動くだけで、
ものすごいお金になるという話じゃないですか。
終わってみると、大きな規模では、
数日で何億円とかになるんですから‥‥。
ほぼ日 ふつうの会社では、そんな売りあげを
数日で出すのは、ものすごく大変ですよ(笑)。
だけど、
そういう売りあげに直につながるとなると、
やっぱりそこでの達成感はありますね。
やってる時はすごいドタバタなんですよ。
一刻一秒を争って、終わってはじめて、
「そんな売りあげになってたんだ‥‥」と。

だいたいまあ1日で作業が終わりますから、
仕事の種類として、次の日には持ちこさないね。
ほぼ日 (笑)さっぱりしてる。
江戸で火事が起きて、消したらホッとする。
そんな感じですよ。「あー載った載った」と。
臨時ものが発生してからしめきりまでの
ギリギリの間に、何社集められるのかだとか、
そういう、おシリが決まっている仕事ですよ。

ふつうの広告って、おシリがないじゃないですか。
クリエイティブがよくなかったらやり直すでしょ?
でも、臨時ものは
必ず翌日に載らなきゃいけない。
その制限の中で
どれだけきちんとやるかということが、
まぁ、言わば醍醐味なのかもしれないなぁ。

ほぼ日 地方ごとの「臨時もの」の差ってありますか?
地方に行くと例えば黒枠は、
コミュニティに対してのお知らせなんで、
「ぜんぶ黒枠」みたいなページも
あったりするわけなんですよ。
そこの新聞社にとっては、
「それが当たり前」みたいな話ですね。
沖縄とか北海道とかでは
黒枠が、非常に多いですね。
田中 それも社会の風習だと。
ええ。
徳島新聞なんて
90%近いシェアを持っているから、
そこに広告を出せばみんなに伝わったり、
地方ごとの特色はありますね。
田中 告知効果を考えると、まだまだ、
「臨時もの」はインターネットで
代用できるものではないなぁと思いますね。
新聞の特徴は、到達率が非常に高いこと。
それからなおかつ読者がその情報に対して
信用しているということですね。
その特性を使うということなんですけど。
おわびとか死亡ものっていうのは、
インターネットでやってますって言っても、
「ふざけてるのか」という話になりますからね。
「本当にわびてるのか?」「姿勢がなってない」
‥‥だけどインターネットに向いた
臨時もの広告もあって、
例えば、当日券あり、みたいなものはそうですね。
なんかやっぱり、新聞の臨時ものには、
ウェット感があるんだよね。
それが伝わるんじゃないか。
臨時ものが載る上には、
だいたい上場企業常務以上の訃報が載る。
だいたい企業人は、人事と生死っていうか、
そこを基本的にチェックして
礼儀を欠かさないようにしていますから、
そう言った意味で、
読者の求める情報が近いわけだよね。
田中 「神妙な面持ち」っていう情報スペースですよね。
そうそう。
だいたい、社会面の記事には、
ATMが壊されたとか、
ろくでもないことばっかり書いてあるわけだよ。
人が一般に興味があることって、よくもわるくも、
「人の不幸は蜜の味」みたいなところがあって、
だから、社会面っていうのはみんなが見る‥‥。
暗い記事が載ってるところの下に、
暗いことが載っている。
わびてるか死んでるかどっちかと。
ほぼ日 うわ‥‥「詫びてるか、死んでるか」。
とにかく、忙しそうな仕事ですね。
だいたい臨時ものが発生するのは、
夕方ぐらいだからね。
そこから1時間とか2時間とか、
ものすごい時間で集中して作業して、
ほんとに救急病院みたいな感じだよ。
そう。
うちの会社が病院だとしたら、
新聞局はERみたいな感じ。
トレンディドラマなんかで
広告代理店勤務の人が出るものなんかは、
だいたい年に1回ぐらいあると思うけど、
だけど、うちみたいな
こういう殺気立った作業っていうのは、
地味だし出てこない(笑)。
そもそも、格好よくないし‥‥。
なんか人間的なドラマも
交えればいいんじゃない?
‥‥いや‥‥ちょっと暗いよ。
ほぼ日 暗い!(笑)
田中 ちょっと恋の話とか交えるといいですね。
恋‥‥生まれないよなぁ。
男ばっかりだから。
しかも日直は女はしないもん。男ばっかだもん。
そもそも、臨時ものの騒ぎの中に恋はないよな。
田中 よくイベントがきっかけで結婚した、
みたいな話ありますけど、なさそうですね。
ない!(笑)
うちでそんなエピソードあったら、
ぜひ聞きたいよ。
田中 超ド短期イベントですもんね。
2時間1本勝負のような。
‥‥ただ、
「終わった後に焼肉でも食いに行こうか」
って気持ちには、なるよね。


(おわり)

このページへの感想などは、
メールの表題に「田中宏和さんへ」と書いて、
postman@1101.comに送ろう。

2002-12-30-MON

HOME
ホーム