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筆跡診断をする際のチェックポイントを
いくつか教えていただきましたが
総数では、どれくらいあるんでしょうか?
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根本 |
横棒に頭がどれくらい突出するか、
偏とつくりの間の間隔、右払いの長さ‥‥など
文字そのものについては
50種類くらいの診断ポイントがあります。
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── |
たくさんの人に会い、その人の文字を見て
それぞれに
ひとつひとつ意味付けをしていった結果。
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根本 |
もうひとつの診断の軸として
「レイアウト」つまり「文字の配置」という
ポイントも、20種類ほどあります。
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── |
配置、というのは?
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根本 |
たとえば、ハガキに住所氏名を書くとき、
「天」ようするに
「ハガキの上端ギリギリ」のところから
書きはじめる人がいるんです。
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── |
ええ、ええ。
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根本 |
これを「天つまり」と呼んでいるんですけど、
そんなふうに書くのって
ヤル気に溢れた、意欲的な人が多い。
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── |
へぇー‥‥。
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根本 |
ボクシングでいえば、
とにかく接近戦に持ち込んでブン殴りたい
という性格なんです。
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── |
‥‥つまり、イケイケであると。
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根本 |
そして、その逆を「天アキ」と呼んでいますが、
こちらは
一歩引いて見定めようという慎重型に
多く出る傾向があります。
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── |
言われてみれば、なんとなく、そんな感じが。
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根本 |
もちろん、文字には個人内変動と言いまして
周囲の環境や体調・心境などによって
同じ人であっても、さまざま筆跡は変化します。
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── |
ですよね。単に「腕が痺れた」とかでも。
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根本 |
ですから、われわれは、
単に「文字の形状」というよりも
文字の表面から読み取れる「運筆」に
より、注意を払っているんです。
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── |
ウンピツ?
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根本 |
ええ、筆記の際の「腕の動かし方」のことです。
単純に「一」という横棒一本でも、
「斜め上からグイッとひねって書きだす人」
「まっすぐ、水平に書く人」
「全体的に、ゆるい山なりで書く人」‥‥など
腕の動かし方は、人それぞれなんです。
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── |
それが、文字にあらわれる?
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根本 |
表面的な「個人内変動」にとらわれず、
文字の画線の特徴から
「筆記の際、どのような癖があるか」を
見極めるということですね。
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── |
そのような点に注目しながら
「同一人物が書いた文字かどうか」を判断するのが
筆跡診断に対し「筆跡鑑定」なわけですよね。
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根本 |
文字の異同を調べるだけでなく
「文字の書き手を識別すること」が
最終的な目的ですけれど。
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── |
ここで、もうひとつの質問なんですが
その「筆跡鑑定」の「科学性」と申しますか‥‥。
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根本 |
ええ。
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── |
裁判などにおける
筆跡鑑定書の証拠能力については
どう考えられているんでしょう。
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根本 |
たとえば「DNA鑑定」などであれば
科学的に
かなり高い証拠能力を持ちますよね。
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── |
はい。
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根本 |
筆跡鑑定に、そこまでの証拠能力はない。
つまり、最終的には
鑑定人の経験的ノウハウによるものですから
100%の科学性・客観性は持ちえません。
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── |
それは結局、鑑定しているのが
コンピュータではなく「人間だから」ですか?
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根本 |
ある意味では、そうです。
これは、警察本部の科捜研が行う筆跡鑑定も、
われわれ民間が手がける鑑定も、同じ。
とにかく、
筆跡鑑定の科学性・客観性には限界がある。
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── |
そうですか。
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根本 |
たとえば、ふたつの文字を見くらべて
同一人物によるものかどうかを鑑定する際、
Aさんという鑑定人は
「ある特徴的な部分が一致している」ことを
何箇所も発見し、
結果「同筆性が高い」と、見たとします。
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── |
同筆性とは、同じ人が書いた可能性のこと。
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根本 |
しかし他方で、Bさんという鑑定人が
「バカ言っちゃいかん」と。
この部分が、決定的に違うじゃないか、と。
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── |
Bさんは、同じところではなく
異なる部分に重きを置いて判じたわけですね。
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根本 |
結論を左右するポイントが
鑑定人の経験や考えかたによって
ちがってくるんです。
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── |
どんな考えに依拠しているかが異なっていては
そりゃ、同じ鑑定にはならないですよね。
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根本 |
どのポイントが、どのポイントに優先するのか。
統一的な基準が存在しないわけです。
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── |
それは、つくることはできない‥‥のですか?
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根本 |
体系化するのは、きわめて難しいと思いますね。
データ自体が膨大なことに加えて、
鑑定には、データのみには依拠しきれない、
人間的な判断も混じりますから。
経験則からくる直感が手がかりになることも
ありますし。
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── |
たしかに、パソコンによる画一的な鑑定では
例外的なケースに対処できなそうな‥‥気が。
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根本 |
もちろん、一定以上の水準の鑑定人ならば
ある程度、
結果は一致してくるものなのですけれど。
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── |
でも、筆跡鑑定では
100パーセントの科学性を担保できないのは
わかるんですが、
それでも、信頼性を高めてきたからこそ、
裁判などでも
判断材料のひとつとして
提出が求められたりするわけですよね。
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根本 |
そうですね。
ですから、できるかぎり科学的であるために
さまざまに工夫を凝らしています。
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── |
それは、たとえば?
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根本 |
ひとつには、
筆跡鑑定を確率論的に捉えたりとか。
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── |
確率論。
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根本 |
たとえば「東京都」の「都」という文字がある。
このなかに、横棒の角度でも
偏とつくりの間隔でも、何でもいいんですが
「5人に1人くらいはこう書く」
という特徴があったとします。
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── |
そういう「割合」が、決まってるんですか。
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根本 |
ええ、筆跡の鑑定ポイントには
それぞれ
どのくらいの頻度で出現するかの割合が
経験則から求められています。
たとえば
「ハネを書かない」のは「2人に1人」だったり、
「偏とつくりの間隔が広い」のは
「5人に1人」だったり‥‥というように。
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── |
なるほど、なるほど。
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根本 |
で、先ほどの「都」という文字に戻ります。
資料Aと資料Bのなかの「都」について
「5人に1人」の特徴が
「3種類」、どちらにも見つかったとします。
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── |
はい。
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根本 |
「5人に1人」とは「20パーセント」ですから
それが「3つ重なる確率」は?
「0.2 × 0.2 × 0.2」で「0.008」ですね。
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── |
つまり‥‥「1000人に8人」?
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根本 |
そう、1000人に8人。
それくらいの確率では
資料Aの「都」と、資料Bの「都」とを
同一人物が書いたと断定できません。
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── |
つまり、多すぎる?
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根本 |
多すぎます。
1000人のうち8人も書くようでは
同一人物の文字だとは断定できないです。
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── |
じゃあ、どれくらいなら断定できるんですか?
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根本 |
「5人に1人」の特徴が、
もうひとつ見つかっても‥‥「0.0016」です。
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── |
ええ。1万人に、16人。
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根本 |
それでもまだ、難しいでしょう。
他の条件もあってケースバイケースですけど、
ふつうの民事事件では
「1万人に1人」程度まで絞り込めたら
同一人と特定できる水準でしょう。
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── |
共通する筆跡の特徴を積み上げていって
そこまでの確率まで絞り込めたら
同一人物だと判断でき、
そこまで追い込めなかったら、できないと。
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根本 |
私は、そういう基準でやっています。
もちろん、特定しきれずに
「同一である可能性が高い」という表現に
とどまる場合も、多いですけど。
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── |
みなさん、そうされているんですか?
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根本 |
いや、そこまで突き詰めている鑑定人は
あまりいないのが現状ですね。
そもそも、こうして数値化せず
いまだに、経験則だけで鑑定している人も
けっこういるようですから。
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── |
そのあたりは、鑑定人によるんですか。
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根本 |
科学性・客観性を重要視しない鑑定人は
残念ながら、
まだまだ多いと言わざるを得ません。
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── |
そうなんですか。
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根元 |
でも私は、同一人物だと判じるのであれば
誰もが、そう納得できる根拠を、
別人だと判じる場合でも
同じように説得力のある根拠を
提示する必要性が、あると思っています。
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── |
ええ、ええ。
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根元 |
フランスなどでは難関の国家資格なのですが
現状、日本には
「筆跡鑑定人」という資格は、ないんです。
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── |
そうみたいですね。
取材の前にいろいろ調べていたときに知って
ちょっと意外でした。
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根本 |
だからこそ、
どんな人にも納得してもらえるように
業界全体で、できうる限り
科学性や客観性、
高い倫理性やプロとしての技術の向上を
追い求めていかなければとならないと
強く感じています。 |
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<つづきます> |