ある映画の冒険の旅。 映画プロデューサーは 走り回るよ。 |
<映画祭に出すだけならOKよ!> 「ミラマックスあたりが世界配給権を 買ってくれれば完成させられたんだけどねぇ・・・」 いかにもマンハッタンにオフィスを構えて企業弁護士やってます、 って風情のジョン・アイブスがタメイキをついた。 99年は、サンダンスだけでなく、カンヌでもベネチアでも、 「なんとなくオリエンタル」な映画が 世界中どこへ行ってもウケていて、 この数年前から北野武の「HANABI」 それから今村昌平の『UNAGI』など、日本での興行は イマイチでも国際的な評価はとっても高い、 アジアの映画が頑張っている年だった。 世界的な映画のトレンドとは全く関係なく、 アメリカでは、 いま「家族の再生」がバンバン叫ばれているご時世。 クリントンが不倫して大騒ぎになっても、 「離婚よ!」などと口に出さないヒラリー夫人を見てると、 国民のお手本になるってことは、大変なんだなぁ、 と感心してしまう。 昔は離婚が家族のお手本!みたいな国だったのに。 『うちへ帰ろう』も 「かつてアメリカの家族の1/2から2/3は離婚した・・・」 というナレーションで始まるくらいですから。 そんなアメリカで、まさに「家族の再生」をテーマに、 なにも新しいことは描いていない、 それでもとてつもないリアリティをもって、 アメリカの家族の現状をとてもていねいに描いている 『うちへ帰ろう』に、せめて「観客賞」はとって欲しかった、と思う。 だってあれだけのスタンディング・オベーションよ。 総立ちの! しかし、映画界で吹き荒れる、 オリエンタルな追い風にはアメリカ人にとっては “まんまアメリカンな”ファミリー・ドラマも 太刀打ちできなかったのだろう。 それが理由かどうかはわからないけど、 とにかく「The Autumn Heart」はサンダンスで売れ残ってしまった。 ところで、『うちへ帰ろう』は、 ボケっと見てると聞き逃してしまいそうになるが、 なかなか音楽の使い方がイキなのです。 三姉妹が20年ぶりに弟と再会して、 ダンシング・オールナイトで盛りあがり、 "家族の絆を改めてかみしめる"シーンでは、 そのものズバリ、「We Are Family」がかかっているし、 なにしろクライマックスでかかるダー・ウィリアムスの 「February」の透き通った 歌声は、秋の高〜い空を思わせるすがすがしさ。 ところが!もしパルコがこの映画の権利を買って、 日本で公開したくてもこの音楽は 使った本編は上映できない、という。 映画の中で使われている 「We Are Family」や「February」などの楽曲は、 映画で使うときにアーティストに印税を払わないといけない。 それは私も知っていた。 ただ、映画祭に出品する段階では、 その権利をすべて取得していなくても、上映してもいいらしい。 それは知らなかった。 映画祭事務局のディレクターに 台本が気に入られて出品が決まった『うちへ帰ろう』は、 映画祭での上映ギリギリに作品が完成し、 使用している楽曲の権利を取るのが間に合わなかった。 しかもそれは、有名な曲なのでかなり¥高い。 で、この映画祭で、アメリカかイギリスなどの大きな会社が 権利を買ってくれて、さらに(これはよくあることなのですが) 作品にちょっと手を加えて、よりヒットしやすいものに作りなおす、 そういった契約がなされれば、 音楽の権利もなんなくクリアできたという事情らしい。 要するに、 「映画祭に間に合うようあわてて完成させたはいいが、 小さな製作会社が身銭を切って作った映画、 サンダンスにプリント1本出品するまでで、息も絶え絶え、 製作予算をすべてつぎ込んでしまった」というワケ。 音楽の権利を取得していない映画を、 営利目的で公開すると罰金を払わされる。 よって世界へ送り出すことはできない…というテンマツなのでした。 「ハァぁぁ、こんなにいい映画なのにもったいないねぇ」と私。 一応、向学のタメに、値段の相場を聞いておこうかな? 「ところでその音楽の権利ってだいたいいくらくらいするの?」 「だいたい???ドルくらいかなぁ」 (スミマセン、こればっかりは金額言えません) 「え?それなら日本エリアだけの配給権の額くらいで賄えちゃう じゃないの!それじゃぁ、日本の配給権をウチが買うから、 そのお金で音楽著作権クリアすれば?」 「う〜〜ん」うなるジョン。 突然の展開にとまどうジョン。それでいいのか? と即座に損得勘定するあたり、さすが企業弁護士なジョンである。 とりあえず彼は、 いったん「それでホントウにいいのか?」どうか、 持ち帰って落ち着いて考えることにした。 当然、パルコってどんな会社?ということもリサーチするだろう。 そのために、我が社の企業案内を渡しておいた。 本業は映画じゃないから怪しまれるかな? 翌朝、私はパークシティを発たなければならず、 ジョンとは電話&メールでやりとりすることになった。 あとで知ったことだが、この時点でもう1社、 日本の配給会社からオファーがきていたらしい。 結局、1ヶ月くらい待って、ジョンからOKの返事が来た。 ヤッタ! なぜ、パルコが選ばれたのか、私は今でも理由を知らない。 その日から今日まで、「死にたいほどの忙しさ」が続いています。 今日くらい暑くて脳が溶けそうな夏は2回、巡ってきました。 どんなに好きで買ってきた映画でも、 夏休みを返上して2回もこの暑い季節を乗り越えるとなると、 「もういいっかな?」と後ろ向きになることもあるのです。 だって暑いと思考回路が完全停止。 アイデアを沢山出さなきゃいけない時にかぎって 脳が水あめみたいになっちゃう時ってありますよね? でもその「夏」の次にくるのは、「後悔の季節」――秋なのです。 <つづく> |
2000-08-24-THU
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