アートとマーケの幸福な結婚。
ポストペットの八谷さんと、
彼の船出。

第4回 あきらめは早いです(笑)

八谷和彦さんのお話をきいている最中です。
作家になるつもりはなかったとおっしゃる八谷さん。
今回は、八谷さんの発想のしかたについて。
八谷さんと組んでいたかたの、
ライト/デプスという謎の彫刻も出てきます。

糸井 学生のときは、作品をつくる
可能性のある勉強をしていたんですか。
八谷 それは一応してましたね。
授業で。真鍋さんと一緒の学校で。
写真の授業とかビデオの授業とか
コンピュータの授業とかがあるんですけど、
ほんと言うとそのときに、
学園祭で1番最初にやったのが、
SMTVの原型で。
真鍋 実験テレビ。
八谷 実験映画ってあるでしょ?
あれが嫌いで、何ていうか上映するという
スタイルがかび臭いというか。
すごく生意気ですけど、若かったんで。
で、実験映画ではなく、
実験のテレビをやろうということで。
学園祭に何やろうかというときに、
ちょうど電波を飛ばす機械が
あったんですよ、学校に。
真ん中に木があって、木の上のほうから電波飛ばして。
そういうのを学生のときやってて、
けっこうおもしろそうだからやってみようと。
最初に実験テレビのロゴみたいなのを
真鍋さんにつくってもらって。
真鍋 実験くんという絵を描いて。
八谷 変なキャラクターを(笑)。
  
八谷さん直筆の実験くんと、正式な実験くん
真鍋 模擬店にいてインタビューに出て
レポーターもやってたんですけど。
糸井 八谷さん、めし食うネタが
マーケッターだったっていうのは、
それを勉強した時期は、あったの?
八谷 それはなかったですね。就職した会社が、
CIとかをやる会社だったので、そのうちに。

その学校って、結局デザインと技術をやるんですけど、
両方やらないといけないから、
一つの技術はそうレベルとしては深くない。
割とぼくらのまわりはデザイナー目指してましたけど、
デザインで勝負したら、
武蔵美とか多摩美の人には勝てないだろうと。
糸井 すぐ、勝てないだろうって思うのね。
早い時期に。
八谷 あきらめは早いです(笑)。修行が嫌い。
太い道と細い道があると必ず細い道行きたがる。
糸井 うん、何か、感じる。
八谷 それで、たぶん特技は、
いろんなことかじっているとこかな、と。
デザインもわかるし・・・。
糸井 見る目は持ってるんだよね、
負けるってわかるということはね。
八谷 別に何かで勝てなくても、
勝ちやすいところで勝てばいいじゃんと。
それはぼくが器械体操を
やっていたからかもしれないけど。
器械体操ってやってるひと少ないから、
すぐ全国大会とかに行けるんですよ。
野球だとやっぱり、層が厚いじゃないですか。
糸井 ぼくの知りあいで、
重量挙げの選手をやってたという
料理屋の親父がいるけど、
おんなじこと言ってた。
「重量挙げは知的なんだよ」
とか言ってたけど、早い話が、
1番になるには細い道がいいと。
八谷 そういうことですね。

SMTVロゴ

SMTVをやったあとに
展覧会やらないかっていう話があって、
ただ、レントゲン芸術研究所っていうのは、
美術のギャラリーなんですけど、
深夜営業もやっていたんです。
ワンナイトエキシビジョンっていうのを
やっていて、年に2〜3回くらい、
夜中6時から朝の4時までみたいな
展覧会をやっていたんですよ。
そこに「やらない?」と誘われて、
「ああやります」と。

SMTVのときは二人組だったんです。
ぼくともうひとり
松尾晴之さんというひとがいたんですけど。
展覧会のときにも、
ひとり1点ずつ、レントゲンは2階建てというか、
正確に言うと3階建てでまんなかが倉庫というか。
1階と3階に展示室があって、
上のほうは、ぼくがやるよって。
その当時もう既に松尾さんとぼくって、
仕事をやってる場所が、別になっていて。

松尾さんは当時博多に帰っていたんですよ。
松尾さんは、最初産業デザイン振興会といって
グッドデザイン賞とか出してたりするところに
いたんですけど、そこを辞めた直後で。
で、松尾さんのほうは
福岡で作業することになったんです。



スケートボードで乗るパブリックアート。
松尾晴之氏(ex.SMTV)との共同製作作品。
「スケーターであるぼくたちに
 必要なパブリックアートが欲しい」
 という欲求からつくられたため、
最初の作品であるにも関わらず、
パブリックアートとして製作された
ミニランプ型彫刻。
当然スケーターが使うことが出来る。
1996年に再制作され、その際には
当初の予定通り、海の映像が表示され、
波の高さががスケートボードの動きによって
切り替わるようにつくられた。
写真は1999年、韓国、慶州の
FancyDance展のときのもの。
(photo:Jong -Soo Lee)
↑こちらのお写真、文章は、
八谷和彦さんのホームページ
http://www.petworks.co.jp/~hachiya/
から抜き書きさせていただきました。



これが写真ですけど、
松尾さんがやったのは、
ライト/デプスという彫刻です。
松尾さんとぼくは大学生のときに、
スケボー部だったんですよ。
松尾さんが2こ上くらい先輩で。
作品はスケートボーダーのためのミニランプです。
そのとき、ぼくは3階用に視聴覚交換マシンをつくって。
糸井 あ、もうぜんぜん違うね。

(つづく)

2000-04-07-FRI

BACK
戻る