荒木さん。


第2回 励まさないでくれ。
糸井
ぼく、荒木さんの写真で
最初に「プリントがほしい」って思ったのは
階段に写った荒木さんの影が
「こぶしの花」を抱えてる写真なんです。
荒木
ああ、あれ。
糸井
自画、自写像っていうんですか、ああいうの。
とにかく驚いたのを覚えてます。
荒木
うん。あれ、いいよね。
自分で「いいよね」って言うけど(笑)。
糸井
でも「いいよね、いいよね」って
すでに現像する前に思ってるわけでしょう?
荒木
うん。もう撮ったときに「んん」と。

写真行為っていうのは
撮ってるときからはじまってるから。
で、現像して
誰かに見せるときまでが写真なんだ。
糸井
なるほど。
荒木
相手の前に立って、
俺がどう感じたか、どう見たかってのを、
わかってもらったほうがいいじゃない。

で、撮ってるときは、
相手と通じてるような気がするんだよな。
糸井
恋の歌みたいなものですかね、和歌の。
荒木
そう。もう、完全にそう。
糸井
「わたしは、こう思ったんです」と。
「見せる」までないと、完結しないんだ。
荒木
だから、スマホとかデジタルなんかだと、
せっかち過ぎるんだよ、俺には。
糸井
モニターで見ながら
「こういう写真になる」ってわかってて、
撮ってますもんね。
荒木
そう、そう。
糸井
荒木さんのことで、すごく憶えているのは
さっきの「こぶしの花の写真」と、
もうひとつは、
奥さまが亡くなったあとで、
みんなが
荒木さんを励まそうみたいな会をやったの
憶えてます?
荒木
憶えてる。
糸井
あのとき、最後のあいさつで荒木さんが、
「俺はいま、
 せっかくいい感じで悲しんでんだから、
 励まさないでくれ」って言ったの。
荒木
あ、そうだったっけ? へぇ。
糸井
いいこと言うでしょう?
荒木
うーん、昔から詩人なんだなぁ(笑)。
糸井
そう、そう(笑)。

で、「励ましちゃ悪かったかな」とまでは
みんな思わないんだけど、
「ああ、その考えかたあるなぁ」みたいな。
荒木
あるよ。
糸井
荒木さん、あのとき、
「俺はいま、ものすごくいい感じなんだ」
って言ったんですよ。

「もうしばらく、このままで行きたいから
 励まさないでくれ。
 これがなくなっちゃうと、寂しい」って。
荒木
へぇ‥‥。
糸井
ぼく、それ聞いて、すごく感心したんです。
もう、しょっちゅう思い出すくらいに。
荒木
そんなこと言ってたのか、俺。
糸井
憶えてないですか。
荒木
それは憶えてない。
糸井
その場にいた全員が
「あ、そういうことかもしれないな」って
納得したんですから。

最近、ぼくも友だちが亡くなったんで、
思い出したんです、そのこと。
元気になりたくないんです、ちょっと。
荒木
そういう気持ちは、あるよね。
糸井
ぐずぐずしたりとか、めそめそしたりね、
そこまで含めて自分だから、
陽気にふるまってみたりもするんだけど。

いや、こういう自分には
なかなか出会えないですから、ふだんは。
荒木
男にとっては
毒とか悪に匹敵する要素だよ、それって。

「そういうもの」がないとさ。
糸井
そうですよね。
荒木
最初の写真集のタイトルは
『センチメンタルな旅』だからね、俺も。
糸井
あ、そうか。
荒木
その次の沖縄の写真、知らないでしょ?
『続センチメンタルな旅 沖縄』って。
糸井
え、それは知らないです。
それは、まだ電通に勤めていたときの?
荒木
そうそう、沖縄の本土復帰前でね。

ようするに
「復帰したらいい時代が来るぞ!」
みたいな、
そういう写真を撮ってくれと言われて。
糸井
へぇー‥‥。

あの、今日の「裸ノ顔」という連載は
毎月毎月、やってるわけでしょう?
荒木
うん。
糸井
荒木さんって、男が持ってる
「ここは隠しておくか」って部分も
なんだか知らないけど
うまく脱がせちゃうじゃないですか。
荒木
ああ(笑)。
糸井
見てると、みんな、自分の思うようには
撮られてないと思うんですよ。

ようするに、みんな、
荒木さんの思うように撮られてる(笑)。
荒木
いや、そう。

ほら、写真って「エゴとエロ」だからね。
そういう気持ちで撮ってるから。
糸井
エゴと、エロ。
荒木
写真にエロは入ってなくちゃならないし、
写真って結局、撮る側のエゴだし。
糸井
そうですね。
写真家の思うがままなんですよね。
荒木
でも、それは、被写体が発してるんだよ。
俺はそれに従ってるだけ。
糸井
ふぅん。
荒木
いや、今日だってさ、
イトイのほうから「発信」してるわけよ。
俺は、それを複写してるだけでね。
糸井
そうなのかなあ。
荒木
ところが、俺のは「三面鏡」だから‥‥。
糸井
あ、そうか!
本人に見えていない部分が写るんだ。
荒木
そう。
糸井
いやあ、たぶん、撮られた全員が
「こんなはずじゃない」と思ってますよ。

三面鏡の両サイドの像が写っちゃってる。
荒木
だからね、いつも自分では
「お、いけた!」って思ってるんだけど
「ちょっとマズかったかなあ」
とかね、
「もしかしたら、
 気に入ってもらえないかもしれないな」
とかって、チラっと思うんだよ。
糸井
ふふっ(笑)。
荒木
‥‥あはは(笑)。
糸井
末井(昭)さんもよく知ってるけど、
この末井さんは、知らないもんなあ。

<つづきます>
2015-11-06-FRI