荒俣 だんだん時間がなくってまいりました。
ここからはどんどん、いきましょう。
── お願いいたします。
荒俣 それでは、こちらの作品。
── これまたハリー・ポッターかなんかに
出てきそうな‥‥。
荒俣 愛書家がつくっておりますので、
自分ちの紋章などを刻印しているのです。

ちなみにこれは
フランスの貴族が持っていた本ですね。
── われわれ、大抵のことでは
あんまり驚かなくなってきました。
荒俣 あ、ちょっと下に、アレを入れなきゃ。
── アレ?
雄松堂 先生、はい、どうぞ。
── 出た! 愛書家グッズ!
荒俣 この本は、オランダのアルベルト・セバという、
薬種商であり、
有名な博物学コレクターでもある人物の
コレクションを1冊にまとめたもの。
── 個人のコレクションを、本に。
荒俣 じつはセバのコレクションは、これが2回目。

彼が1回目に集めていたコレクションは
ロシアのピョートル大帝
「ちょうだい」と言って買いに来たんです。

彼のコレクションを全部ね。
── はーっ、かのピョートル大帝が。
荒俣 ですから、
ここに載っているコレクションの前のものは、
現在は、
ロシアのピョートル大帝の博物館
収められているんです。
── すさまじい由緒のものですね‥‥。

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荒俣 肝心の中身はというと
延々と「ヘビの図」が描かれています。

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── まるまる1冊、ヘビの本ですか?

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荒俣 全5巻のシリーズの中の1冊なのですが、
この巻は「オール・ヘビ」です。
── 祖父江(慎)さんが喜びそう‥‥。

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荒俣 この本が素晴らしいのは
ただ漫然とヘビを描いているわけでないところ。

ご覧ください、このレイアウトの妙、
装飾性の高さを。

ヘビを花綵(はなづな)模様に見立てて、
ひねったりしておりますね。
美しいハチドリとセットにして描いたり‥‥。
── はい、たいへん美しいです。
荒俣 ちなみに、他に「貝類の巻」などと合わせて
全5巻なんですが、
つくるのに膨大な時間がかかるため、
オーナー自身、
第3巻目ぐらいで死んでしまってるんです。
── 愛書家の本をつくるというのは、
人の人生をかけた一大プロジェクトなんですね‥‥。
荒俣 こうした本を個人がつくろうとした場合、
だいたい途中で資金が焦げ付き、
契約不履行、あるいは材料費の払いができずに
告発をされ、裁判にかけられ、
なかには
犯罪に手を染めて牢屋に入れられ、
あるいは
残された奥さんが引き継いで
みずからの手で図鑑をつくり続けたり‥‥。
── 壮絶です‥‥。
荒俣 個人が手を出すと、どエライことになるのです。

19世紀に
「バードマン」すなわち「鳥人」の異名をとった
ジョン・グールドという図鑑製作者が
ビクトリア女王のもとで
「鳥の図鑑」シリーズをたくさんつくりましたが、
成功したのはこの人くらい。

他はほとんど悲惨な死を遂げています。
── な、なるほど。
荒俣 さて、世界で最も古い水族館のひとつは
ナポリの海洋博物館であります。
── ナポリの、ええ。
荒俣 1884年くらいから
その海洋博物館が刊行しはじめた図鑑があって、
そのなかのひとつが、
わたくしの大好きな図鑑なのです。これです。
── これは‥‥。

荒俣 驚くなかれ、
なんとイソギンチャクの図鑑なんですよ。
これがまた、すさまじいのです。
── うわーーーーっ‥‥。

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荒俣 きわめて珍本のため、古本屋にもあまり出ません。
── なんか、気分がゾワゾワする‥‥。

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荒俣 18世紀末に、ドイツで発明された
クロモリトグラフという「石版多色刷り」で
カラー印刷されております。
── 楳図かずおさんのマンガ世界のようです。

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荒俣 このように、イソギンチャクが
きちんとイソギンチャクに見える図鑑
というのは、世界的に見ても数少ない。

しかし、この作品は
さすがは海洋研究所がつくった図鑑だけあって
まことに素晴らしくできている‥‥。
── 素人目にも、すごさが伝わってきます。
吸い込まれるような力がありますね。

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荒俣 まさにイソギンチャク図のマスターピース‥‥。
── そこまでの品ですか。
荒俣 まるで崖の斜面に生えた枝ぶりのよい松にも
見えてまいります。
── なるほど、そういうところが
愛書家の目の付けどころなんですね。
荒俣 さて、お次は
フランスの有名な啓蒙思想家・作家である
ドゥニ・ディドロの『百科全書』
── あ、名前は何となく知ってます。
歴史の教科書に出てくるような本ですよね。
荒俣 20年以上もの歳月をかけ、
フランス革命の時代の知識を総合した
歴史的な本であります。

こういった挿絵が入っています。
── はい。

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荒俣 どうです、ヘタでしょう。
── え? あ、これはキリン‥‥ですよね?
荒俣 ええ。
── ‥‥にしては、顔が妙に人間っぽいというか、
目が森進一さんにちょっと似てるような‥‥。
荒俣 でもホラ、きちんと縮尺が書いてあるでしょう。
この本のすごさは、こういうところ。
── こんどは、ライオンとトラですね。

‥‥こちらも若干、顔つきがヘンですね。
とりわけトラのほうが。

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荒俣 おそらく、この1760年代当時の人々は
生きたトラなど見たことなかったんでしょう。
剥製を参考にして、描いたのではないかと。

でも足元を見てください。
わざわざ影なんかを入れているんです。

たいへんな努力ですよ。
少しでもナチュラルに見せようという。
── これは、ヤマアラシですかね。

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荒俣 こちらは有袋類。ナマケモノです。

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── へーっ、お腹に赤ちゃんがいる様子も
きちんと描かれてる!
荒俣 不気味なサルです。

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── ほんとだ‥‥。
荒俣 ホラ、こんどはクジラが笑っていますよ。

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── ‥‥笑ってる。
荒俣 有名なディドロの『百科全書』の中身を
ご覧いただいたわけですが、
モノクロですから
あんがい安くつくっていたんだな、
ということが
これで、おわかりになったかと思います。
── あ、そういったまとめでしたか!
<つづきます>


2011-02-11-FRI