第3回 船乗りシンドバッドの冒険
まだ見ぬ巨万の宝物を求めて、
七つの海をかけ巡った「アラビアン・ナイト」の英雄、
シンドバッドの物語りは、
中世のアラブの船乗りの自慢話をもとに
できあがったといわれています。
今日はそのシンドバッドのふるさとでもある
紅海に沈む神秘のアラビア船についてのお話です。
アラビア船といえば、何といってもダウです。
ずんぐりとして頑丈にできた木造の船体に、
太くてながいマストと三角のラテン・セールを張った船、
それが今でもアラビア海やインド洋で活躍するダウ船です。
シンドバッドの船も、ダウであったはずです。
さて、紅海のエジプト沿岸ぞいにある
サファーガ港の近くに、
サダナ島という小さな島があります。
ここからシナイ半島の南端までは、もう鼻と目の距離です。
この島のサンゴ礁に寄り添うように
一隻のアラビア船らしき巨大船が沈んでいました。
見つけたのはアメリカの水中考古学者らのチームです。
この船は長さがなんと50メートル、
幅が19メートルもあり、
しかも900トンもの品々を積める、
とてつもなく大きな貿易船だったのです。
その難破船から、中国製の陶磁器や
ヨーロッパ製のガラス容器、
はては、イエメンやインドを原産地とする
コーヒー、ココナッツ、こしょうなどを含む
たくさんの積み荷が、ゾクゾクと発見されたのです。
数えきれないほどのヨーロッパ製のガラスの器には、
ワインが入っていました。
回教徒の国々では、戒律により
ワインを口にするのは禁じられていたようですが……。
ムムッ! さては密貿易では???
この貿易船のユニークな品物のひとつに、
日本の伊万里焼が含まれていました。
いままでに世界中でたくさんの沈没船から
引き揚げられた陶磁器の型やデザインは、
すべてヨーロッパ向けのものでした。
でも今回のものは、明らかに
中近東を意識したデザインでした。
ほかにも、象牙でできたチェス駒や
可愛い〜いカットグラスの香水入れなども
見つかっています。
シンドバッドもオーデコロンとして
乳香を愛用していたのかもね。
さてさて、チームにとっての一番の心配のタネは、
知らないあいだに盗賊がやってきて、
海中の宝をハチャメチャに盗まれてしまうことでした。
現に、チーム一行が調査のために到着したその日でさえも、
どこからともなく小型のボートが現れ、
チームの警告を無視して、実に10日以上も
あたりかまわず潜水をくり返す始末です。
すでに多くの人たちが、
チームがなんのためにやって来ているのかを知っていて、
その沈没船の積み荷を手当たりしだいに拾っては、
我が家に持ち帰ってしまうのです。
そこでチームは、沈没船のまわりに砂をかけて
目立たないようにカモフラージュを試みました。
シーズンの終わりには、エジプト沿岸警備隊による
定期的なパトロールをおこないました。
しかも海底には、プラスチックでできた板の上に、
英語とアラビア語の二か国語で書かれた
「警告書」を置いて行くことにしたのです。
それには、こんな風に書かれています。
「この難破船遺跡は、
国の法律によって守られているダニな。
盗掘その他違反した者は、1〜3年の懲役刑
もしくは50,000ドルの罰金刑に処するものナリ」。
シンドバッドは、心地よい貿易風に乗って、
インド洋の船旅を楽しんだのでしょうか?
それでは、アラーのご加護を!
インシャーラ!
井上たかひこ(水中考古学研究家)
(参考にした図書)
森本哲郎・片倉もとこ・NHK取材班
「NHK海のシルクロード第2巻
ハッピーアラビア/シンドバッドの船」
1988年、日本放送出版協会
Cheryle W.Haldane,
“Sadana Island Shipwreck Excavation 1995”
The INA Quarterly, vol.22, no.3, 1995
「水中考古学への招待」
井上たかひこ著 成山堂書店
2000円(税別)
ISBN4-425-91101-6
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